海からの贈り物ー 標本バカ 第八十話
2019.06.17 UP

海からの贈り物ー 標本バカ 第八十話

DIVERSITY

拾ってきた貝殻は一晩水にさらして塩抜きし、乾燥させるだけできれいな標本になる。

某県立博物館に勤める友人の話では、小学生が自然史に関心を持つきっかけとなる動物は昆虫と貝が大多数なのだという。僕は子どものころは昆虫少年で、大学で本格的に研究を始めるまでは昆虫学者になりたいと思っていた。同様に昆虫趣味が高じて研究者になった人は多いと聞くので、昆虫というのはよくわかる。貝については興味を持ったことがなかったのだが、最近この魅力に取りつかれるようになった。小学校1年生になった次男の影響である。

何しろ息子たちはよく生き物の名前を覚える。そして彼らのモノ集めに対する物欲たるや目を見張るものがある。貝にはまった次男はもともと危険生物が大好きだったが、その中でも危険な毒針を有するイモガイの仲間、アンボイナに“恋”をしたのがきっかけだったようだ。この貝は僕も子どものころから知っていた。自己防衛であろうか、「危険」という文字は子どもの好奇心や冒険心をくすぐるのに、これまたうまく作用する。次男の趣味から始まったことであるから、イモガイやタカラガイといった少々ミーハーなグループに興味が湧くのはご愛敬。本を見るだけでこれほど多様な種が存在していて、関東地方でもさまざまな色や形の貝殻を集められることを学んだ。夏休み前、小学校1年生は「貝の自由研究をやる」と宣言して、学校から掲示用の模造紙など一式を持ち帰ってきた。有言実行、もうやるしかない。

そこで2018年は海通いが多い夏となった。同僚の友人からめぼしい場所を教えてもらい、家族で海岸を散策する。水着を着て波遊びする人たち、砂浜に寝転んで紫外線を楽しむ人たちの間を縫って、我々は砂上を凝視しながら人気のないほうへと行進していく。見たことがない姿の貝殻はできるだけ回収していく。2時間ほどでごっそりと収穫物を得て調査は完了である。

拾ってきた貝殻は一晩水にさらして塩抜きし、乾燥させるだけできれいな標本になる。100円ショップで購入した仕切り付きのプラスチックボックスに脱脂綿を敷いて、同種と思われるものを次々と陳列し、採集日と場所をラベリングすれば美しい貝の標本箱の出来上がりである。ざっと色と形で区別しただけでも数十種の貝が含まれていると見積もられ、図鑑を頼りに家族で議論して種名を書いた紙を添付していく。大好きなタカラガイも10種程度が含まれていることが分かる。これはおもしろい。なるほど、貝の魅力というのは収集しやすさ、標本作製の簡単さ、そしてその多様性のなせる満足度の高さといった面で、自然史研究の入り口として素晴らしい機能を持っている。これに加えて、場所が替われば出現する貝殻の種類も替わるし、本によれば寒い時期になるともっとさまざまなものが拾えるようになるのだという。

このような成果を貝研究者の友人に報告したところ、そんないい場所に連れて行ってもらえる息子たちは恵まれすぎている、と至極もっともなコメントをいただいた。しかし僕も妻もすでに貝の魅力に取りつかれているので、次はもう少し南へ遠出しようか、と息子たちのさらなる研究材料の収集に夢を膨らませている。貝は、すごい。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

本記事は雑誌ソトコト2018年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。