たいよう
2020.08.25 UP

連載 | こといづ | 98 たいよう

SUSTAINABILITY

「おめでた、ですね」。予想していたドラマチックな言い方ではなく、さらっと先生が告げた。ちょっと間があって、僕たち夫婦はお互いの驚く顔を見つめ合って、ぱあっと花が咲いたように喜んだ。「わあ、よかった。やったあ」とうれしくなったのも束の間、この命がこれからどうなっていくのか、うれしさと不安が入り混じった全く知らない世界に放り出されて、ぎゅっと妻の手を握り締めた。

 ここまで、とても長い道のりだった。妻と一緒になってから丸10年、ずっとずっと待ち望んでいた。妻から不妊治療の病院に通ってみたいと言われたころ、僕はまだまだ真剣ではなかったのだと思う。病院で検査してもらうと、お互いに弱い部分があって、少し妊娠しにくいほうだと診断された。自然に妊娠できないことはないけれど、病院でできることをやっていきましょうと、気がついたら不妊治療がはじまっていて、それが当たり前の日々になっていった。女性にはいろいろと対症療法があるみたいで、薬を飲んだり、注射を打ったり、横で見ているだけで辛くなるくらい妻は頑張らなければいけなかった。それに比べて、男はというと、腫れ物にでも触るように「ストレスがないようにしましょうね。漢方を出しておきますね」と、優しく扱ってもらえた。先生もああ言っているし、いつか妊娠に辿り着くんだろうなと軽く受け止めていた。

 ところが、2年経ち、3年経ち、人工授精や顕微授精を何度試しても、いっこうにうまくいかない。それどころか、ゴールにたどり着く「手応え」や「気配」みたいなものが感じられない。情報を手に入れては、やったほうがいいと思われることを手当たり次第試した。病院も替えてみた。ある病院では、「男にはやれることがあまりないけれど、女性ホルモンを注射すると改善されたっていうデータがあるので試してみますか」と、よく分からないままに毎日自分でお腹に注射をした日々もあった。注射を打てば打つほどお腹にしこりができて痛く、ホルモンのせいか、心が不安定になって続けられなかった。妻はこんな大変な注射を何度も打ってたのかとようやく気づき、僕もできることはなんでもやろうとだんだん必死になっていった。

 同じく不妊で悩んでいた友達夫婦に赤ちゃんがやってきて、いいなあと話していると、「うちらも何でできひんのかなって悩んでたんや。奥さんも僕も元気やし。それで細かく調べてもらったら、僕のほうに精索静脈瘤っていう病気が見つかって。手術してな、ほしたら妊娠したんよ」。わあ、いいこと聞いた。自分にも思い当たる節がある。病院で検査してみたら、やっぱり静脈瘤が見つかった。手術を勧めてくれた友人からは「あっという間に治るよ。次の日から動き回ってリハビリしたし。軽い軽い」と聞いていたのに、麻酔が切れた瞬間に痛さでのたうち回って、別のがくっついているかのようだった。こんな躰でもうピアノなんて絶対に弾けないだろうし、このまま普通に戻ることもないのかもしれないと焦った。横で妻が「ごめんな。こんなことになるなんて思ってなかった。ごめんな」と泣いていた。1週間でようやく歩けるようになったけれど、手術痕が残るお腹に違和感があって、以前のように激しいピアノが弾けなくなった。お腹に力が入らず、腰が立たなくて、くにゃっと猫背になる。コンサートが特に大変で、なんとかその場その場で新しい方法を探ろうと努めたけれど、やっぱり以前のようには弾けなかった。「あの人、姿勢が悪いから、そんな人のピアノは聴きたくない」という感想が耳に届いた時には、「そうやんな、ピアノも人生もどうしたらいいんか、僕にはもう分からへん」と心底自信を失ってしまった。

 時間だけが過ぎていき、年齢も40歳目前。周りの夫婦には赤ちゃんが次々とやってきて。なんとなく、僕たち二人は、これから先、思っていたのと別の人生なんだろうなと、思い詰めるでもなく、受け入れようと二人とも自然になっていった。僕は家の窓を開けて、山の生き物たちと一緒にピアノを弾き、妻はその日の心の変化や目にした生き物たちをじっくりと見つめて、書のような絵を描くようになった。以前がわちゃわちゃと自分で忙しい世界にいたならば、たっぷりとした広い世界で二人だけで生きているような、親密で余白のある暮らしに変わっていった。このままこれが続いても幸せやねと、ちゃんと思えた。

  「漢方薬の先生がカウンセリングしてくれるみたいやから行ってみない?」、妻が誘ってくれた。もう散々いろいろ試してきたのだから、気楽に受けてみた。ところが、先生の話がはじまるや、ふっと「予感」の風が吹いて、ああ、これだと、二人ともはじめて手応えを得た。先生の話はシンプルで「二人とも、基礎力が足りていません。まず、底力を全体的に上げましょう。もうひとつ、命を迎えるんですから、もう一人分、余分がないと。いまは、二人とも自分一人で精いっぱい。余裕をつくりましょう」。それから毎日、欠かさず漢方薬を飲み続け、汗ばむくらい躰を動かすようになった。調子がすこぶるいい。不妊治療も新しい病院に替えてみた。入った瞬間に、ここだったら大丈夫だと感じた。なんというか、普通だった。特有の変な緊張感もないし、不妊を意識しなくてよかった。みんな、ここで子を授かって家に帰るのだという空気が当たり前にあった。不妊じゃなくて、妊娠しに来てるのだと。新しい先生に会うなり、「いままで何をやってたの。ずいぶん時間経ってるよ。待ったなしでやるよ」と勢いがあって、なんだか、作曲できる時と同じように、もう実現することに包まれていて、後はやるかやらないかだけだなと、本当に不思議なくらい自信が湧いてきた。誰かから「今度、赤ちゃんが生まれるんです」と報告があると、「いや、うちも来るんですよ」と言ってしまいそうなくらい、絶対にそうなると、確信のなかで毎日を過ごせた。そうしたら、やっぱり、体外受精も順調に進み、受精卵もぱつぱつに輝いていて、はちきれそうな星みたいだった。命だあ、この子だ、来てくれたんだと思った。ちいさな星が、ふわっとあたたかな妻のお腹に着床した。「おめでた、ですね」。「おめでとう、おめでとう、おめでとう」。さっき、妻がお風呂から真っ裸で上がってきた。お腹が太陽みたいになってきた。

文・高木正勝
絵・たかぎみかを

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高木正勝

たかぎ・まさかつ
音楽家/映像作家。1979年生まれ、京都府出身、兵庫県在住。長く親しんでいるピアノで奏でた音楽、世界を旅しながら撮影した“動く絵画”のような映像、両方を手掛ける。細田守監督最新作『未来のミライ』の映画音楽をはじめ、CM音楽などコラボレーションも多数。2018年11月、この連載をまとめた初の著書『こといづ』を木楽舎より上梓。 www.takagimasakatsu.com