緊急事態のギフト経済
2020.08.24 UP

連載 | 発酵文化人類学 | 31 緊急事態のギフト経済

FOOD

 2020年初頭に世界を一変させてしまった新型コロナウィルス(COVID-19)。緊急事態宣言下の東京で僕のお店『発酵デパートメント』はオープンし「何かの罰ゲームなのか……?」と打ちひしがれたのだが、このような状況のなかで1か月半発酵食材のお店を営業して、いくつかわかった大事なことがある。

短いサプライチェーン

 発酵デパートメントで扱っている商品は、仕入れが滞ることがほとんどない。その要因は、商品がつくられて届くまでのサプライチェーンが短いことだ(もちろん配送会社さんの頑張りもある)。その土地の原材料や水を使い、その土地の蔵でつくったローカル発酵食品、例えば味噌や醤油や漬物は遠くから調達した材料や添加物を使う必要がないので、緊急時でもものづくりに支障がない。そして出来上がったものは商社を通さず、直接僕の店に運んでもらってきているので関係性がシンプルだ。

 平常時ではローカルかつシンプルなサプライチェーンの商品を扱うのは、原料も製造も国産のため価格が高くなる。さらに仲卸を通さずにつくり手と小ロットの注文を直接やりとりするので、コミュニケーションの手間もかかる。お金と関係性づくりのコストを合理化した、グローバルで複雑なサプライチェーンは混乱する緊急時においてはびっくりするほど脆い。サプライチェーンをローカルかつ短くすることで得られる持続性は、これから社会の共通認識になっていくはずだ。

ギフトとしての消費

 緊急事態になり、地元の人に愛されるお店が次々と休業。映画館を救う「ミニシアター・エイド」などの基金をはじめ、多くのクラウドファンディングが店主ではなくお店のファンによって起こされ、リモートワークしている人たちは休み時間になると近所の飲食店のテイクアウトランチをわざわざ買いに行く。新型コロナウィルスによって「お金を使うことの責任」が問われる時代になった。自分が使うお金が誰かを支える投資になる。そういう考えが切実な時代になったのではなかろうか。

 で、そういう自分の生活に関係のある産業や文化を支える購買行動では、「関係性が見えるモノ/サービス」が優先される。その時にもこのサプライチェーンの短さは有利になる。「どの土地の誰のためにお金を使うのか?」が明確になるからね。つまり何かを買うことが、単なる「消費」から「ギフト」になってきたんだよ。

 僕自身、小売りを本格的にやってみて「原価率70パーセントって非効率的なビジネスだな」と不安になったんだけど、考えてみると商品が1つ売れるたびに売り上げの7割はものづくりをしている人たちのところに渡る(直取引なので)。経済原理でいうと非効率だけど、そこにはギフトの感覚がある。これは悪くない。書籍版『発酵文化人類学』の中心となるトピックの一つが、フランスの文化人類学者マルセル・モースの「贈与」の概念だ。ローカル&ショートチェーンの小売りを「ぐるぐるまわすこと」自体に、単純な経済効率では括れない価値が宿る。ギフトを回すことによって、その土地、ものをつくる人、ものを使う人の関係性が形成されてくる。緊急事態宣言下において、平常時の「出し抜く価値観」の危うさが露呈し、映画館の基金やクラウドファンディングのような「分かち合う価値観」が支持される。盲目的に自分の取り分だけを追求する経済活動にいったん待ったがかかったのは、危機のなかでの救いだ。
 

文・イラスト●小倉ヒラク

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』(木楽舎)、最新刊は『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)。