悲しみも全力で味わう。世界を旅したフードスペシャリストの歩みと信念【松井佑有・中屋祐輔対談】
2020.09.01 UP

連載 | 体験にはいったい何があるというんですか? | 14 悲しみも全力で味わう。世界を旅したフードスペシャリストの歩みと信念【松井佑有・中屋祐輔対談】

PEOPLE

物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。

今回は香川県でフードスペシャリストとして活動をしている松井佑有(ゆう)さんとの対談記事をお届けします。

お笑い業界・ワーホリ・世界一周…多様なバックグラウンドを持ったフードスペシャリスト

BRIDGE KUMAMOTOと一緒に企画したワークショップのイベントにて
BRIDGE KUMAMOTOと一緒に企画したワークショップのイベントにて

中屋 松井さんとの出会いは昨年の12月。僕が理事を務めているBRIDGE KUMAMOTOのメンバーに、「香川県に面白い活動をしてる人がいるよ」と松井さんを紹介してもらったのが始まりでしたね。今の仕事やこれまで行ってきた活動についてお伺いしたいです。

松井 現在はホテルのフロント業務(※電話対応からチェックイン、SNS発信のサポート、観光案内まで多岐に渡る)、イベントの企画などを行いながら、個人としてもケータリングや食空間をプロデュースするフードスペシャリストの活動をしています。

元々は短大で栄養学を学んでいたんですが、卒業後はお笑い業界で3年働きました。その後オーストラリアへワーキングホリデーに行き、世界一周を経て、地元でもある香川県の高松市に帰りました。帰国後は飲食店の仕事を掛け持ちし始めたのをきっかけに、『笑と夢と愛溢れる食空間』をコンセプトにした『hidamaree(ひだまり)』を作り、週1回のカフェ営業を始めたんです。他にもリゾートバイトやポルトガルでワーホリ、ユーラシア大陸の横断を経験したのち、今の仕事に就くことになりました。

中屋 経歴のボリュームがすごい(笑)。経歴に沿って、気になったことを伺っていきますね。まず、お笑い業界で働いた後、なぜ旅に出ようと思ったのですか?
松井 会社の先輩たちが、いろいろな場所に行って面白い経験をした方ばかりだったので、私も先輩たちみたいに人生経験が豊富な人になりたいと思ったんです。それまでは海外への興味がなかったんですけど、「若いうちに好きなことをしたり、海外に行ったりした方がいいよ」とアドバイスをもらい、旅に出ることを決意しました。
 

英語は話せなかったけれど、ワーホリでオーストラリアへ

オーストラリアでファームジョブをしていたときの様子
オーストラリアでファームジョブをしていたときの様子

中屋 海外への興味がなかったのに、先輩からのアドバイスを受けて旅に出ようと思ったんですね。英語は話せたんですか?

松井 話せなかったんですが、特に勉強はせず、学生時代に授業で学んだことを思い出しながらオーストラリアへ行きました。

中屋 度胸がすごいですね。英語が話せない中、オーストラリアに行くなんて生活は大変そうに感じます。

松井 最初は本当に大変でした。空港から街へ行く際のバスの乗り方も分からないし、どのバスに乗ったらいいのか聞くこともできなくて、1時間くらい空港の中を右往左往していたんです。なんとか目的地までの行き方を聞くことができて無事にバスに乗れたんですけどね。

スーパーに行っても水を買うのに苦労しましたし、両替の仕方も分からなかったんですが、1週間くらい経って日本人のグループと仲良くなり、生活する上でのアドバイスをもらえて。慣れるのは結構早いタイプなので、1〜2週間くらいで馴染んだと思います。

中屋 早いですね。万全の準備をしてから渡航する人が多いと思うんですけど、準備期間なしで行くのには驚きました。ワーホリではいろいろな仕事に挑戦してみたんですか?

松井 最初は英語力が足りなくて、日本人マネージャーがいるマッサージ屋さんで働き始めました。1か月くらい働いた後に、ファームジョブ(※農場での仕事)をするため田舎町へ引っ越しをして、新しい生活が始まりましたね。
 

食の原点である農業を学ぶため、ファームジョブに

「hidamaree」での活動の様子
「hidamaree」での活動の様子

中屋 農業や食に興味を持ったのは何かきっかけがあったんですか?

松井 お笑い業界で働いていたときに、最初はデスクの仕事をしていました。次々に行われるお笑いイベントの企画書を見ることができたため、自分でも企画を考えていたんですが、面白さでは同期の企画するイベントに勝てないと思って。お笑いではなく違う分野で頑張ろうと思い、自分には何ができるのか考えていたんです。昔からご飯を作ったりお菓子を焼いたりするのが好きだったこと、短大で栄養学について学んだことを踏まえ、食のイベントなら自分の強みを活かせると思い、勉強を始めました。

そこから食の知識や技術を身に付けて、卒業時に取得したフードスペシャリストの資格を活かせるようになりたいと思ったんです。また、料理を作るだけではなく、作物ができるまでの流れや生産者さんの想いも知りたいと、農業に興味を持ちました。

中屋 海外での農業は、育てるものや量も日本とは違うと思うんですが、初心者から始めてみて大変なことはありましたか?

松井 仕事自体は単純作業が多かったのですぐに慣れましたが、肉体労働が多く体力的にはきつかったです。なすびをピッキングする仕事をしていたんですが、日本のサイズと全然違って。その違いを自分の目で見て知れたのも良かったですし、他にもオーストラリアには知らない野菜がいっぱいあったので、新しい発見があってとても楽しかったです。
 

喜びだけでなく、悲しみも受け止められる心の広さを持っていたい

世界一周中にペルーを訪れた際の写真
世界一周中にペルーを訪れた際の写真

中屋 ワーホリが終わった後は世界一周の旅に出たと思うんですが、どのようにして世界を回ったんですか?

松井 オーストラリアへ渡航して初めて住んだシェアハウスに、カメラマンをしている日本人のお兄さんがいて。その方が世界一周をしていたんです。ブログや写真を見せてもらって、それに習うようにオーストラリアからカナダに行き、その後は自分で行き先を決めながら約30カ国を訪れました。

中屋 世界一周をしてみて、価値観が変わった体験や気付きはありましたか?

松井 ヤギ農家で1か月くらい滞在したり、ブラジルで自給自足の生活をしたり、ベトナムでは友人が働く有機農場で農業の体験をさせてもらいました。現地の食べ物を見て、食べて学ぶのはオーストラリア時代から変わらずあって、世界中の食に関することを知る体験ができて良かったです。

価値観が変わった出来事としては、コロンビアに行ったときに英語が全然通じなかったことです。英語が通じない国があることに衝撃を受けました。でも、英語が分かる人に電話を掛けてくれたり、英語が話せる人を探してくれたりと、コロンビアの人はみんな親切にしてくれて。言葉が通じない異国の地で人の温かさを感じられた体験が心に残っています。言葉は通じなくても心が通じ合うと、こんなにも嬉しいんだと思える瞬間がいくつもありました。

中屋 言葉や価値観が違う国でも、困った人を助ける心の温かさは変わらないんでしょうね。これから旅に出たい人に向けて、何かアドバイスしたいことはありますか?

松井 「自分の命さえ守れればダメージが大きくてもいいんだよ」と伝えたいですね。旅をする中で、喜びと悲しみの感情を抱くことがあると思うんですけど、悲しみを知るからこそ、嬉しいことがあったら全力で喜べる。私は悲しい気持ちも大事にしているので、「喜びやポジティブだけが正義じゃなくて、悲しい、苦しい、辛いという感情も全部受け止めていいんだよ」と、これから旅に出る人に伝えたいですね。

中屋 実際旅をしていたら辛い思いをすることや、日本の常識が通じなくて大変な思いをすることもありますもんね。松井さんが、どのようにしてダメージを受け止められるようになったのか、お伺いしたいです。

松井 たとえば、小さな器に水がいっぱい入るとこぼれるじゃないですか。それを何回も繰り返しているうちに少しずつ器が大きくなって、受け止められる水の量が増えてきた感じですね。悲しいことがあったら泣くし、落ち込んだりもするんですけど、美味しいものを「美味しいね」と共有しながら楽しく食べると元気になるし、楽しいことがあったら前向きな気持ちになっていきます。喜びと悲しみの感情と上手く付き合いながら、生活することが大切だと思います。
 

旅から帰国後、香川を拠点に会社員とフードスペシャリストの活動に挑戦

瀬戸内0円キッチンとのコラボで開催した「香川0円キッチン」イベント時の様子
瀬戸内0円キッチンとのコラボで開催した「香川0円キッチン」イベント時の様子

中屋 世界を旅した後、日本に帰ってきてどんな気持ちでしたか?

松井 日本に帰ってきたのが2015年くらいなんですけど、まだいろんなことを知りたい、吸収したいと思った時期でした。何かしたいという闘志がメラメラしていたから、新しいことや面白そうだなと思ったことは、とりあえず何でも挑戦していた気がします。旅の報告会を行ったときに香川の人と知り合って、その方が人の輪をどんどん広げてくれていろんな人と繋がっていったんです。旅をしているときから飲食に関わる仕事をしたいと思っていたので、最初はカフェと飲食店で働き、その半月後に『hidamaree』の活動を始めました。その中で何度か「ケータリングはできますか?」と問い合わせをいただきましたが、最初のうちは実力と自信がないのでお断りをしていて。

ポルトガルでのワーホリを終えて、だんだん自信がつき始めた頃にケータリングを依頼されたのを皮切りに、現在は、パーティーや懇親会、企業セミナーなどでのケータリングやテーブルコーディネート等、信頼できる方が繋いでくださったお仕事にお応えしています。

中屋 チャンスをいただいても行動に移せないことがありますが、その行動力を見習いたいものですね。ホテルのフロント業務という、今の仕事を始めたのは何かきっかけがあったんですか?

松井 帰国後も、ワーホリや旅でいろんな国に行っていたのですが、ユーラシア大陸を横断していた際、香川に『世界の若者に旅を』というコンセプトの新しいホテルができると知って、ドイツから履歴書を送ったんです。

すぐに人事の方からメールが来て、帰国後面接に行きました。パート採用に応募していたんですが、「最終面接をします」と連絡があって面接に行ってみると、「正社員として働きませんか?」と提案をいただいて。私が今まで旅をしていたことや個人で仕事をしている経験を話したら、「会社だったら予算も規模も広がるから、もっと大きなことに挑戦してみませんか?」と言われたんです。その言葉が響いたので、この会社で働いてみようと思い、会社員になることを決めました。

中屋 実際にホテルの立ち上げから行っていたと思うんですが、会社員として働きながら個人の活動も続けていたんですか?

松井 はい、続けています。ただ、今年の2月くらいからコロナウイルスの関係で、個人での仕事がなくなってしまいました。ですが、小規模なら今の時代でもできるので、今までとは違った仕事の話をいただくことや、「こんなことできませんか?」と相談していただくことも増えています。
 

自分が暮らす街を心地良いと思える環境にしていきたい

松井さんが仲間と共に企画・主催した「co-『 』takamatsu project」イベント時の様子
松井さんが仲間と共に企画・主催した「co-『 』takamatsu project」イベント時の様子

中屋 独立性があっていいですね。世界を旅した経験を今後の活動にどのように活かしていこうと考えていますか?

井 旅をしている中で、自分の得意なことや苦手なことは何か、自己分析を繰り返していたんですけど、自分自身がリーダーになってチームを引っ張ったり、チームをまとめたりすることに向いていないと気が付いて。私は想いを持って挑戦している人のサポートや、組織の力をより強くする手助けが向いていると思ったんです。個人として活動しながらも、今は組織や各チームの中で私ができる最大限の力を発揮しながら、より良い環境を作ることを目指しています。

コロナウイルスの影響で制限がある中ですが、周りの人たちがやりたいことや困っていることを見つけて、どうすればその課題が解決できるか一緒に考えながら、少しでも役に立てたらいいなと思って日々を過ごしています。

中屋 過去の経験があったからこそ松井さんの今に繋がっているのかなと思いました。香川を拠点にして挑戦したいことや次の目標は何かありますか?

松井 街を歩いていると声を掛けてもらえる関係の人たちがたくさんいるような、みんなで自然と支え合い助け合える環境を作っていきたいと思います。ずっと香川にいるかは分からなくて、人生の最期をどこで過ごそうかをいま真剣に考えています(笑)。

海があって晴れの日が多くて、人との距離感が心地良い町がいいなと思っていて。自然や人の美しさ、仕事の在り方、食べ物とか、いろんな分野で美しさを感じることができる街に身を置いていたいです。ただ、この先場所が変わっても、そこで同じような活動をするんだと思います。
 

松井さんが働いているホテル『We base高松』と高松丸亀町商店街、香川大学の学生らで行った祝祭『SHIPS CAT + kame3 2019祝祭 -おいでまい 高松丸亀町商店街-』の様子
松井さんが働いているホテル『We base高松』と高松丸亀町商店街、香川大学の学生らで行った祝祭『SHIPS CAT + kame3 2019祝祭 -おいでまい 高松丸亀町商店街-』の様子

中屋 僕もいろんな地域に行かせてもらっていますが、高松は小さな町だけど松井さんのように熱量がある人が多くて楽しい街だと思うし、海や島や自然もたくさんあって豊かな地域ですよね。

松井 本当にいい街だと思います。帰れる場所というか、大きな家族みたいな。

中屋 松井さんならどこに行っても、人に会って行動する中で自分がやりたいことや得意なことを見出して、エネルギッシュに活動されるんだろうと思います。

松井 旅をしているときに、明日死んだとしても後悔しない生き方をしたいと思ったんです。そのために一日一日を全うしようと思っています。「いつもポジティブでなくてもいいと思うし、落ち込んだらまた次に進もう、トライアンドエラーを繰り返していこう」。そう思いながら日々を生きていますし、これからもそのマインドは変わらずに持ち続けていくと思います。
 

体験には何があった?

ポルトガルワーホリ中にカミーノ(※巡礼)をしていた際の写真
ポルトガルワーホリ中にカミーノ(※巡礼)をしていた際の写真

お笑い業界にいた松井さんは、先輩の言葉をきっかけにワーホリへ挑戦。世界一周の経験を経て、地元である香川県で食に関わる仕事をしています。異国の地で体験した人の温かさや優しさ、悲しみや苦しみなどのネガティブな感情も、全部受け取めて前を向いていこうと思える松井さんだからこそ、支え合いや助け合いを行い、より良い街を築いていきたいと思えるようになったのではないでしょうか。

自分の目で見て学んで体験することを大切にしている松井さんの行動力や、新しいことに怯まず挑戦していく姿勢に勇気をもらえる人も多いと思います。

新しい場所や環境に足を踏み入れることは勇気が必要ですが、まずは一歩行動してみるところから始めてみませんか?

文・木村紗奈江

【体験を開発する会社】
dot button company株式会社
 

キーワード

松井佑有

フードスペシャリスト
1990年愛媛県生まれ、香川県育ち。
武庫川女子大学短期大学部食生活学科卒
栄養士、フードスペシャリスト
卒業後よしもとクリエイティブ・エージェンシーでの勤務を経てオーストラリアワーホリへ。その後もバックパッカーで世界中を旅しながら、農家への住み込みや現地料理を教わったりと、食べ物が育って食卓に並ぶまでの一連の流れを身を持って学ぶ。
2016年からhidamareeの屋号を掲げ、フードケータリングやテーブルコーディネート等食を学べる機会のプランニングを中心に高松を拠点として活動。現在はWeBase高松でゲストをお迎えしつつイベントを企画運営している。
青い海と空が近くにある街で暮らす、うつくしい人になりたい。

中屋祐輔

体験を開発する人。
シナジーマーケティング株式会社にて「復興デパートメント」リブランディング、東北の若手漁師集団「FISHERMAN JAPAN」のファンクラブ担当、熊本地震の復興クリエイティブチーム「Bridge KUMAMOTO」理事。ほっとけないどう事務局。2017年4月よりdot button company株式会社を設立。

木村 紗奈江

dot button company株式会社・エディター、ディレクター。大学を卒業後、ピースボートで初海外・世界一周の旅に出る。帰国後は日本中を約2年半旅しながら働く生活を送る。映像クリエイター、ライター、カメラマン、料理人など、多彩な顔を持つ旅を愛する自由人。
自らの体験が人生を変えたように、今度は自分がワクワクする体験を開発したいと思い日々奮闘中。