緊急事態宣言下
2020.08.26 UP

連載 | 標本バカ | 98 緊急事態宣言下

DIVERSITY

ユーチューバーの気持ちが、少しだけわかるような気がした。

 COVID-19の影響により、東京都と接する各県に外出自粛が指示された4月7日以降、僕の職場のある茨城県つくば市はエリアから外れるため普通に出勤していた。ただし、来客はできるだけ控えるようにとのお達しだったので、標本観察に来る予定だった学生さんにはかわいそうなことをしてしまった。また、4月に予定されていた博物館のイベントもすべて中止か延期。もうこんな状況なら作業室でひたすら標本作製に尽力するしかないと、冷凍庫にたまっていた亡骸を次々と解凍して標本を作っていた。幸いにも僕の自宅は職場から自転車で数分の所にあって、コンビニに行くよりも近い。作業室は僕にとっては快適だが独特の臭気があるので訪問する人もいない。3密を避けながら作業ができるだろう。

 ところが4月17日になって茨城県も特定警戒エリアに含まれることになってしまった。さすがに僕も在宅勤務になり「優先継続業務」として位置づけられる仕事以外は自宅でやりなさい、とのこと。ついに作業室での標本業務から撤退する必要性が生じてきた。一方で、閉館中の国立科学博物館で展示を見られない方のために、自宅でも楽しめるコンテンツをYouTubeの「かはくチャンネル」で公開するとのことで、何か映像を提供してほしいという依頼がきた。これはおもしろそうだ。

 在宅勤務となる前日、作業室で最後の標本処理を終えた後、手持ちのデジタルカメラで、2、3日の間作業した乾燥中の骨格標本と仮剥製を撮影してみた。展示室や標本庫に整然と並べられた標本を見るのとは、また違った趣がある。大型の液浸標本瓶には少し前にアルコールで固定したオオアナコンダが入っている。よく見ると体内から浸み出した脂がアルコールの中を琥珀色の玉となって浮きも沈みもせず漂っている。これはなんと美しい光景かと思い、撮影して担当者に渡したところ本当に公開してくれた。「かはくチャンネル」で動画を確認すると1000人以上の方が見ているようだから、うれしいものである。ユーチューバーの気持ちが少しだけわかるような気がした。

 すぐ調子に乗るのが僕の長所であり短所。もう少しちゃんとした動画を作ろうと思い立った。在宅勤務中にできることといったら、モグラの頭骨標本を作るくらいであろうか。ちょうど昨年捕獲したモグラのアルコール漬けがあったので、自宅のベランダで標本を作製することにした。フィールドで小哺乳類を捕まえた際には、その場で毛皮を剥いて仮剥製標本を作製する。毛皮は傷みやすく、冷凍する手段もない場合は迅速に処理しないと毛が抜けてしまうからだ。そして残りの部分は70パーセントのエタノールに浸けて、後日全身骨格を作製する。海外調査等ではキャンプ地の焚き火で湯を沸かして、頭部を煮てから肉をはがすという作業を行い、出来上がった頭骨標本を計測して現地の研究所に置いてくるところまでがお仕事だ。この様子を再現してみよう。

 このような感じで在宅勤務とはいえ、標本作業に従事していると心が休まる。この話が読まれる頃には世の中はどうなっているやら。

文●川田伸一郎
題字・金澤翔子
illustration by Fumihiko Asano

キーワード

川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。