坂の町へ移住した夫婦が営む古民家カフェ「燈家」ができるまで
2020.09.05 UP

坂の町へ移住した夫婦が営む古民家カフェ「燈家」ができるまで

LOCAL

栃木県から長崎県に移住してきた赤坂さんご夫婦。斜面地の空き家でギャラリーカフェ「燈家」を開業し、地域に愛されるお店になりつつある。長崎に移住し、2人のお店ができるまでの物語を辿った。

長崎の斜面地に移り住んだ夫婦の物語

長崎の夜景

あなたは世界新三大夜景をご存知だろうか?香港、モナコ、そして長崎がそれに選ばれている。なんと言っても、斜面に建ち並ぶ民家や町の灯りが、長崎の壮大な夜景を形作っているのである。日常に寄り添う一つ一つの灯りが、多くの人を魅了する夜景となる。とてもロマンチックな話だ。

一方で、長崎市が抱える課題にも目を向けてみよう。斜面は眺めるには良いが、暮らすには少々不便さが伴う。若者の県外流出は止まらない上に、坂の町を降りて平地で暮らし始める人が増えると、斜面に建てた家はそのままに。空き家となり、夜景を織り成す町の灯りが一つ一つ消えていく。このまま衰退の一途を辿れば、長崎が誇る世界新三大夜景は一体どうなるのだろう。

赤坂さん夫婦

そんな長崎の夜景スポット・稲佐山の中腹にある江の浦町に、栃木県の那須高原から移住してきたのは、赤坂伸子さん・建史朗さんご夫婦。2019年10月に移住し、2020年4月からは「Cafe+G 燈家 AKARI-ya」を営む。空き家になっていた築60年の民家を改装した、2人の住まい兼小さなカフェ。斜面地の涼しい風が通り抜け、時間がゆっくりと流れる静かな空間が心地いい。

お店を構えるのは、観光地・長崎らしく人が賑やかに行き交う場所ではなく、坂の上の住宅地のど真ん中。中心部からバスに乗って15分ほどで着くこの町には、その見晴らしの良さから、広がる住宅地の途中には多数の観光ホテルがある。一体どんなご縁があってこの場所に?赤坂さん夫婦の移住の物語をご紹介しよう。

燈家から見える風景

どうして江の浦に移住したのですか?

2人が以前暮らしていた那須は、どこかに行くには車で20〜30キロを走らなければならないほど、自然に囲まれた長閑な場所。東京の仕事に通える、一番遠い田舎暮らしをしたくてその地を選んだ。次第に、建史朗さんは仕事で東京にいる時間が多くなったり、伸子さんは那須の仕事が増えたりといった生活に。お互いに多忙な生活を続けて15年ほどが経った頃、建史朗さんが病気を患い、声を失った。建史朗さんはグラフィックやイラストの仕事を自営で行っていたため、病気によって仕事や今までと同じ生活が出来なくなり社会との繋がりが希薄になる恐れが出てきた。加えて、歳を重ねれば、那須の気候も寒くて体に堪える。

コーヒーを淹れる建史郎さん

この生活を変えなくては。

やがて2人はそのように思い至った。建史朗さんの出身地が熊本県ということもあって、「熊本や九州で暮らすのも良いかもね。」そんな話が出るようになった。そこで、忙しくて何年も行っていなかった旅行に出かけることに。伸子さんはてっきり熊本かなと思い込んでいたが、建史朗さんの発案で長崎が目的地となった。伸子さんの歴史好きや独特な文化に惹かれる性分を知っていたからだろうか。2人はこの旅行がきっかけで長崎に惚れ込むばかりか、移住への道を一歩踏み出すことになるのである。2018年の夏のことだった。

斜面の家々

長崎に足を踏み入れれば、視界に飛び込んでくる見たこともない景色。山の上の方までびっしりと家屋が立ち並んでいる。町の中には、地域に根付いた独特な文化の面影。会う人は皆大らかで親しみやすい。8日間の旅で毎日1日中歩き回り、長崎の魅力を思う存分味わったのだった。

県庁も最近建て変わったらしいから、ついでに新しい庁舎を見に行ってみよう。旅の最後に、そんな軽い気持ちで長崎県庁に立ち寄った。何やら移住相談窓口もあるらしい。パンフレットだけでも貰って帰ろうか。そうして窓口を訪ね、担当者が対応してくれた。ところが、ちょっと寄り道するつもりが図らずも話が盛り上がってしまった。長崎を満喫していた赤坂さんは、気づけば担当者と2時間も話し込んでいたのだ。

赤坂伸子さん

この8日間の出来事、暮らし方、町の魅力。親身になってたくさん相談に乗ってくれた。連絡先も交換し、次また長崎に来る時は市の移住担当者も紹介してくれることに。それから2人は長崎を後にして、那須高原へと帰ったのだった。

文・写真:Kyosuke Mori

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