8年越しの思いを叶え、家族で新潟へ。Uターン移住で実現した、“理想の子育て”とは。
2020.09.08 UP

8年越しの思いを叶え、家族で新潟へ。Uターン移住で実現した、“理想の子育て”とは。

LOCAL

 「子どもが生まれたら地方へ移住したい」――そんなふうに考えている人も多いのではないでしょうか? 地方移住を検討する人にとって、そのきっかけのひとつにもなる「子育て」。今年3月に新潟市へUターン移住した木村愛子さんも「いずれは新潟で子育てがしたい」と思い続け、8年越しでその思いを叶えました。実際に移住を決断するまでの道のりや、新潟での現在の暮らしについて、お話を伺いました。

サンプル
木村愛子さん●1984年生まれ、新潟県新潟市出身。大学進学と同時に新潟を離れ、都内の企業に就職。大・中・小のベンチャー企業での経験を経て2019年に独立したのち、2020年3月に家族4人でUターン。現在は、新潟市で株式会社Pepoを設立し、ご主人とふたりで、企業の業務システム開発やソフトウェア導入支援などの事業を行う。

子育ての中で意識した、新潟へのUターン。

 新潟市出身の木村愛子さん。大学進学と同時に地元を離れ、そのまま東京の企業に就職し、結婚。東京出身のご主人とともに、都内での生活を続けていました。そんな中で、新潟へのUターンを意識し始めたのは、一人目のお子さんが生まれた頃だったといいます。

木村さん「子どもが生まれるまでは、新潟へ戻ることは全然考えていなかったんです。でも子どもが生まれたらすごく大変で、頼れる人が近くにいてほしいという気持ちが強くなりました。一人目を生んだあとは、連休があればすぐに新幹線で新潟へ帰ってましたね。子どもを育てていくうえでは、やっぱり親の近くにいるほうがいいのかなと思い始めていました」

新潟の風景

 そんな気持ちを抱きつつもすぐに移住に踏み切れなかったのは、東京と同じように新潟で働けるイメージがつかなかったからと振り返ります。ご主人も新潟への移住に関して前向きに考えてくれていたものの、仕事の目処がつくまでは「いつかできたらいいな」という、あくまで理想のようなものだったそう。

“働き方”を見直し、夫婦で起業、そして新潟へ。

 しかし現在は新潟で会社を立ち上げ、ご主人と二人三脚で業務にあたっています。木村さんが新潟での起業に至ったのは、なぜだったのでしょうか?

木村さん「二人目を妊娠したときに、夫も私も仕事について考えるタイミングがあって。私は出産や子育てに追われる中で、今後の“働き方”について考え始めていました。新潟に戻りたいという気持ちもあり、別の会社に移ることや、当時勤めていた会社のサテライトオフィスを新潟に作れないか、なども考えていて。いろいろ考えた末に、自由な働き方を求めるなら、自分でやったらどうかという結論に至ったんですよね。会社の社長にも相談したら『いいじゃん』と背中を押してくれて。それで、当時やっていたシステム開発の仕事で独立することを決めました」

すべり台と桜。

 もともと新潟オフィスを開設する話も出ていたという流れも手伝い、職場からの後押しを受けた木村さんは、独立を決意。ご両親も夫婦で自営業をされていたこともあり、木村さん自身も夫婦で一緒に働く生活が理想だったといいます。そうした流れの中で、ちょうど同じ頃、ご主人も退職することに。そんなタイミングも相まって、いよいよふたりで働く準備をスタートさせました。

木村さん「背中を押してもらって『よしやるぞ』となってから、とりあえず個人事業主としてやってみようと思い、東京で1年間の準備期間を設けました。その間に夫も仕事を離れることになったので、私がもともと勤めていたシステム開発の会社で、営業職の見習いみたいな感じで働かせてもらうことにしたんです。そこでふたりで仕事をするイメージを具体的にして、ある程度かたちを作ってから新潟に移りました」

 そんな1年間の入念な準備期間を経て、今年3月、満を持して新潟市へUターン。移住後、新潟で「株式会社Pepo」を設立し、業務システムの開発やソフトウェアの導入支援等の事業を行っています。事前にイメージしていた通り、木村さんは主にシステムの開発を、ご主人は営業担当として、それぞれ業務を分担しながら働いています。現在は、独立前に勤めていた会社から来る仕事をベースにしつつ、徐々に新潟でもクライアントが増えてきているそう。

打ち合わせ
現在、新たに進んでいるシステム開発の案件で、新潟市内で打ち合わせ。

 地元へのUターンを意識し始めてから、ここまで8年。当初抱いていた仕事への不安をすべてクリアにするためにここまで時間がかかった、と木村さんは振り返ります。

Miho Aizaki

  • 1/2