35歳で福岡に移住し人脈ゼロからの独立。特殊造形・特殊メイクアップアーティスト、末次健二さん
2020.09.13 UP

35歳で福岡に移住し人脈ゼロからの独立。特殊造形・特殊メイクアップアーティスト、末次健二さん

WORK

いかにも美味しそうなみずみずしいイチゴ…ではなく鼻!?あの毛穴に汚れが詰まった状態を指す「いちご鼻」から着想を得て生み出された作品だ。手がけたのは、特殊造形・特殊メイク工房「ツクリモノ」代表の末次健二さん。東京で修業後、独立のため福岡へ移住し、現在は映画やテレビ、広告業界で活躍している。東京に比べ需要の少ない地方で、業界の人脈もほとんどない中、どうサバイブしてきたのか。末次さんに話を聞いた。

好きな仕事だからこそ、好きな場所でしたかった

特殊造形・特殊メイクアップアーティストとして、福岡市を拠点に映画・テレビ・広告などの現場で活躍する末次健二さん。特殊メイクというと映画などに登場するゾンビの顔を想像しがちだが、末次さんはそのようなメイクだけでなく、セットの一部に使われる造形物や被り物、広告のグラフィックのベースとなる立体物なども制作し、その仕事は多岐に渡る。また冒頭の写真のように、自身のライフワークとしての作品制作も行い、展示会などにも出展している。

末次健二氏
末次健二さん。左の作品は「小さいおじさん」(2012・自主制作)写真提供:ZUNDARE MAGAZINE (c)YUICHI UMEHARA

末次さんは佐賀県に生まれ、幼少期から大人になるまで、親の転勤で神奈川や大阪、福岡など、各地を転々としていた。特殊造形・特殊メイクの仕事を志したのは、福岡市の大学に通い、美術サークルで立体的な作品を制作していた頃だ。
「子供の頃からそういう仕事があることは知っていて、でも本当に仕事にしようとは思ってなかったから普通に就職活動もしてたんです。ただなんとなく、『人生を決める仕事に就く前に、この世界をのぞいてみたいな』と思っていて。そんな時に東京の工房がスクールを開講していることを知り、これだと。それで卒業後すぐ東京に出て、バイトしながら工房に通ってましたね」。
しかし実際に仕事の現場を見ると「世界をのぞく」だけでは満足できなくなり、1年のスクール修了後にはアシスタントとして手伝わせてもらうように。そして10年が過ぎた頃、独立を決める。
「東京でやろうというのは最初からあんまりなかったですね。何年か前からぼんやりと福岡に住みたいなと思っていて。そもそも東京に行きたかったというより、特殊造形・メイクの仕事を学べる環境があったから上京したので。独立するなら、好きな場所でやりたかった」と、当時を振り返る末次さん。都心にも田舎にもアクセスが良い、福岡市の適度な街の規模感が好きだった。なにより、この世界を目指すきっかけを与えた街が、福岡だったということもある。
「失敗したらその時に考えようかなと。色々考えちゃうと怖くて動けないし、『失うものはない』くらいの勢いでしたね。ただお世話になった師匠にはしっかり時間をかけて話しました」。ダメでもともと、とにかく行かなきゃ始まらないと、2013年に福岡市へ移住し、準備期間を経て2014年に開業した。

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現在、福岡市内に借りている工房。独立から数年は自宅で作業していた。

需要も人脈も実績もないアウェーからのスタート

しかし、特殊造形・特殊メイクが必要とされる映画や番組の制作そのものが、東京に比べると福岡は圧倒的に少ない。しかも、大学へは佐賀の実家から通っていたという末次さんには、学生時代にできた友人・知人以外の人脈はほぼゼロ。需要と人脈がない完全にアウェーの環境で、どのように仕事を生み出していったのだろうか。
東京時代はアシスタントで実績があるわけでもなく、制作会社などへ売り込みや営業にいくこともすぐにはできない。
「まずは自分が何を作れるのか人に伝えないといけないし、自分自身の力量を知るためにも、とにかく作品制作に励んでました。作品は撮影してホームページに載せたり、あとは、学生時代の友人に聞いた業界関係の人がよく来るバーに、作品を置かせてもらったりもしましたね」。

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独立当初の作品「NIWAKA」(2014・自主制作)。福岡県民にはおなじみ、伝統芸能・博多仁和加の「にわか面」をリアルな肌の質感で表現。(c)Kenji Suetsugu

そもそも需要の少ない福岡の映像・広告の制作において、特殊造形や特殊メイクに予算を使おうという発想をしてもらうには、「なんか面白いことできるヤツがいるな」と、クリエイティブ業界で働く人たちに印象を残す必要があった。その点で、ポートフォリオを持って制作会社や広告代理店を訪ねるというセオリー通りの営業活動を行うよりも、業界人が集う店で存在を知ってもらったことが功を奏したのかもしれない。こうした地道なPR活動が実を結び、ある時ホームページで作品を見た広告代理店の担当者から、CM撮影での特殊メイクを依頼された。こうして実績を重ね、「あのCMのアレを作った人」と認知されるようになり、少しずつ仕事も増えていった。

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「背中で語る」(2014・自主制作) 2014年に開催した個展『特殊造形×haco』への出展作品。背中の毛を剃る面白さと真面目なメッセージの対比を特殊造形で表現した作品。(c)Kenji Suetsugu

無いものを生み出す仕事で、どう爪痕を残すか

「本当に、運と巡り合わせには感謝してますね。ほとんどの場合は『へーこんなの作ってるんだ』で終わるんだけど、僕の作品を見てすごく好きになってくれて面白がってくれた方が、仕事を依頼してくださることが多いです」と末次さん。クリエイター達が企画を考える際に、「そういえばあの人がいたな」と思い出してもらうために。毎回依頼された案件の中で、どう爪痕を残すかにかかっている。
特殊造形・特殊メイクの仕事は、そもそもこの世に存在しないもの、形のないものを作って欲しいと言われることも多い。
「要望を形にすることは難しいけど、それが一番のやりがいですね。特殊造形や特殊メイクは主役ではなくて、映画やCMの中でどう溶け込んで、監督やディレクターが思い描いている映像を実現する手助けになれるかが大事なので。その役に立てた時は本当に嬉しいです」。
作るものに決まった形はないため、毎回作業フローは異なり、制作期間もなかなか定まらない。
「だから基本的に2つの案件の同時進行はやらないようにしています。トラブルに対応できず迷惑をかけてしまうこともあるので」と末次さんは言う。量産できる仕事ではないからこそ、一つひとつのクオリティが重要になる。
「だからこそ、依頼してくださった方の期待以上のものを出したいし、次にまた声がかかるように、とにかく毎回必死こいてやってます(笑)」。

Photographs by Kenji Suetsugu, YUICHI UMEHARA
text by Noriko Nishi

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