発酵文化の 多様性のひみつ。 ー 発酵文化人類学 第二部第20回
2019.06.06 UP

発酵文化人類学 発酵文化の 多様性のひみつ。 ー 発酵文化人類学 第二部第20回

FOOD

ただいま渋谷ヒカリエ8Fの『d47 MUSEUM』で47都道府県のローカル発酵文化を紹介する展覧会を開催中。全国津々浦々を訪ねた旅の結果、日本の発酵の多様性の凄まじさを実感したよ。さて日本の発酵文化のひみつとは、これいかに……?

食材の多様さ

今回の旅では、味噌や酒、醤油など全国どこでもある発酵食品ではなく、その土地に根付いた、地元の人以外には知られていないものを多数訪ねた。そのなかでまず気づいたのは、発酵させる食材の多様さ。宮崎県の日南地方に伝わる「ムカデノリ」はトゲキリンサイという海藻を寒天状にしたものを味噌に漬ける。北海道東の標津町ではサケの腎臓を発酵させた「めふん」、胃袋は発酵させた「ちゅう」という内臓の塩辛の文化がある。ほかにも在来の不思議な野菜、深海魚のアラ、クジラの軟骨までありとあらゆるものを発酵させる。例えばヨーロッパの地方の発酵文化も豊かなのだが、食材の種類に関してはブドウ(ワイン)、牛乳(チーズ)、小麦(パン)などある程度限定される。対して中国や韓国をはじめとする東アジアでは発酵させる食材が多岐にわたり、日本でも独特の多様性が生まれた。

過酷な気候と肉食の禁止

「日本には豊かな四季がある」と言うが、これは現代人のロマンであり、昔の人の感覚でいうと「季節の変化が激しすぎて過酷」ということになる。北の土地では一年の半分以上が畑に霜が降りて耕作不能になるし、日本海沿岸の港の多くは冬季の潮の流れが強すぎて漁に出ることが難しい。さらに頻繁に地震や水害、台風などの天災や疫病、飢饉がやってくる。一年中安定して農作物を収穫することができない日本では、常に食物を発酵技術によって保存・備蓄しないと生き延びていけなかった。

さらに。日本では宗教の関係で原則的に肉食が禁じられた。栄養を消化吸収しやすい家畜の肉と乳を摂取することができなかったため、魚介を発酵させて食中毒のリスクを減らし、野菜を発酵させて消化吸収の効率を上げた。栄養摂取のショートカットができなかった日本人は、発酵という「迂回路」を取らざるをえなかった。

制限から生まれる創造性

しかし。考え方を変えてみるとだな。ショートカットの道は1つしかないが、「迂回路」は無数にある。ラクすることができなかったために、文化の多様性が生まれたとも言えないだろうか? いつでも望むものが自由に手に入るならば、人は工夫などしないはずだ。「無い」ものを「有る」ようにするために知恵をしぼってさまざまなレシピを発明してきたのだ。

例えば。冒頭に取り上げたムカデノリは、長いあいだ海藻を食べ続けることで腸内の微生物叢が変容し、海藻の繊維からでも栄養を摂取できるようになった日本人ならではの食文化と言える。食材の欠乏がなんと! その環境にいる人間の体質まで変えてしまったのだ。制限された環境のなかでこそ新たな可能性が生まれるという、日本的クリエイティビティのお手本だ。その土地土地の発酵文化を体系化してみると、それは単なる物産カタログを超えた、数百年、あるいは1000年をゆうに超える市井の人々の創造性の履歴が見えてくる。微生物や気候といった見えない自然と、どう向かい合ってサバイバルしてきたのか。その記憶は、あなたのまちのお味噌やお漬物のなかに刻まれているのかもしれないよ。

※ある特定の環境に生息する微生物の集まりや、集合体のこと。

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2019年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

キーワード

小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』(木楽舎)、最新刊は『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)。