最終兵器ー 標本バカ 第八十七話
2019.06.06 UP

標本バカ 最終兵器ー 標本バカ 第八十七話

DIVERSITY

なんて便利なものなのだろうかと思った。標本作製に超便利な代物ではないか。

3月から始まったテレビ朝日系の「騎士竜戦隊リュウソウジャー」は恐竜がモチーフの戦隊もので、欠かさず拝見している。ヒーローものが大好きなわが家では食後の楽しいひと時である。子どもたちと戦隊ものについて語っていて、僕が子どもの頃は「秘密戦隊ゴレンジャー」を見ていて、敵を倒す最後の必殺技が大変ユニークなのだと話したところ、興味を示したのでDVDをレンタルして見た。これが大好評。戦隊ものに必須のユーモアが満載だ。順を追って見ていくと、当時は知りようもなかった重要な要素に気づいた。

ゴレンジャーの敵「黒十字軍」は、戦隊ヒーローものでは初代といえる悪の組織であるが、打倒ゴレンジャー、そして世界征服のためにさまざまな手段を講じ、また新兵器を開発する。彼らの化学班は大変優秀な頭脳を持ち合わせているらしい。その彼らの将軍「ゴールデン仮面大将軍」の指導の下に開発された、おそらく生物兵器と思われるものに「細菌ガスZ」と称するものがある。これはすごい。噴出されたガスにさらされた人は、あっという間に白骨化してしまうという恐ろしいもの。一方、これが試薬だとすると、なんて便利なものなのだろうかと思った。標本作製に超便利な代物ではないか。

僕が骨格標本を作製している時、しばしば困ることが起こる。通常70度のお湯で3週間程度処理すれば、およその軟組織は完全に分解されて骨だけが残るのだが、そうはいかない場合がある。こういったケースでは処理の過程でホルマリンが付着したものと思われる。ホルマリンで一度固定されてしまうと、皮膚や肉などの部分は簡単に分解されない。ひたすら水に漬けていても腐らない。ホルマリンは大変優秀な保存液なのである。収蔵庫にはかつてホルマリン液浸標本だったもので、ビンが割れるなどして乾燥したものもいくつかある。こういったものから、せめて頭骨だけでも救出しようと思うのだが、処理が難しい。

実はこんな場合のために僕にも最終兵器がある。それは、ご家庭でもおなじみのキッチンハイターである。主婦の皆さんはこれをかなり薄めて使用するだろうと思うが、僕は2〜3倍の希釈程度で、どうにもならなかった骨付き肉を漬けておく。するとカチカチに固定された肉部はどんどん溶解し、最終的には骨が残るのだが、やりすぎると骨まで一部溶けてしまう。この辺の頃合いを見ながらやるのがポイントだ。小型の骨なら入れ歯洗浄剤を使用するのもよい。この場合は、入れ歯をきれいにするときより数倍の濃度で使用するのがポイントである。

とはいえ、こうした手段で処理した頭骨標本は一部未分解の軟組織が残ってしまい、美しいとは言えない。骨が溶けない程度に処理しなくてはならないので、微妙な頃合いが難しいのだ。映像で見た「細菌ガスZ」の処理の具合は、肉だけでなく襲われた人の衣類まで溶かし、脂分も抜けた真っ白な骨になっていた。ホルマリンで固定した標本にも効果はあるのだろうか。一度、「黒十字軍」に相談したいところだ。でも「細菌」と名がつくものだから、腐りもしないものだと無理かな。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

本記事は雑誌ソトコト2019年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。