駅舎の2階に泊まります。『m3 HOSTEL』。
2020.09.05 UP

駅舎の2階に泊まります。『m3 HOSTEL』。

SUSTAINABILITY

瀬戸内海が見えるまち、広島県尾道市。
まちの玄関であるJR尾道駅、その2階に、『m³ HOSTEL』というホステルができました。
駅に宿泊するという新しい旅の過ごし方をご紹介します。

古いものを愛するまち、尾道に生まれた新駅舎。

 JR尾道駅の2階に『m³ HOSTEL』が誕生したのは、2019年3月のこと。耐震補強を兼ねて駅舎全体が建て替えられることになり、その際にJR西日本が展開する「せとうちパレットプロジェクト」の一環として、駅の中に魅力ある宿泊施設や尾道らしいショップを開設することになったのだ。その企画・運営を担ったのが『TLB』。尾道市にある会社で、地域の宿泊や飲食を伴う事業を幅広く展開しているが、尾道の隣の福山市で造船・海運業などを営む『常石グループ』のグループ企業でもあった。「福山の企業が尾道で、しかもまちのシンボルである駅舎の建て替えに携わることができたのは、それまでに尾道を拠点にした事業に関わり、尾道市民の信頼を得ていたからだと思います」と、駅舎事業部の熊谷舞さんは話す。6年前に開業した、サイクリスト御用達の宿泊施設やレストランが人気の『ONOMICHI U2』もその好事例だ。サイクリストが集う「しまなみ海道」の起点である尾道に設け、閑散としていた駅の西側に人の流れを創出したことで高い評価を得た。JR西日本が新駅舎の企画を『TLB』に依頼をしたのも、「その実績が大きな理由の一つだったと思います」と熊谷さんは振り返る。
 駅舎と店舗のデザインを監修したのは建築設計を中心に活動する『アトリエ・ワン』。古き良きものを愛する尾道市民の思いを反映させ、1891年に営業を始めた初代・駅舎のおもむきを新駅舎の外観に取り入れた。瓦風の大きな屋根と深く張り出した軒先は、北に仰ぐ山並みから南の尾道水道へ続く勾配を受け止め、尾道のまちになじんでいる。その大屋根の下に『m³ HOSTEL』がある。
 カードキーで扉を開けてなかに入ると、ラウンジが。壁には、駅改修の際に地下から発掘された初代駅舎の基礎に使われていたレンガが再利用され、同じく地下から掘り出された「鉄道局指定茶壜」と書かれた珍しいガラス壜も窓際に飾られていた。そんな古い駅舎への愛情が、新駅舎を支えている。

写真
2代目の尾道駅舎。駅前にボンネットバスが停車しているので昭和初期か。

高い空間を何層にも分けた、秘密基地みたいな客室。

 『m³ HOSTEL』の「m³」は立方メートル。体積の単位を表しているように、駅舎2階の広い空間を活用した客室づくりが最大の特徴となっている。
 客室は、独立して施錠もできるプライベートルーム(ツイン/ダブル)と、男女共用のバンクベッドルーム、最大4名まで泊まれるコンパートメントルームの3タイプがある。コンパートメントルームは客室空間の高さが最大約6メートルもあり、それを3層に仕切り、1層目はバゲージスペース、2層目と3層目にはベッドが設置されている。各客室ともに、ベッド間の上下の移動は備え付けの梯子で行うが、「まるで秘密基地みたい」と感想を述べた宿泊客もいるように、たしかに旅の気分を高揚させる。
 ラウンジから客室へ続く廊下は、尾道のまちによく見られる路地裏を歩いているような感覚になる。ドアや梯子の手摺りなど、ペイントが施されている赤い色は、「造船の錆止めの色です」と熊谷さん。港周辺の雰囲気をホステルのなかで表現しているそうだ。
 客室には、柱を立て、その間に横板をはめ込んでいく板倉工法でつくられたベッドが設けられ、巨大な積み木を組み上げたような印象を受ける。木材には広島県産の無垢のスギ材が用いられている。
 「海側の部屋の窓からは駅ではなく、尾道水道や渡舟桟橋が眺められます」と、施設リーダーで、フロントに立つ前田康雄さんは言う。どちらの部屋を選ぶか、悩ましいところだ。熊谷さんは、「尾道駅に到着されたら、チェックイン前後でも荷物をお預かりしますので、そのまま尾道のまちへ飛び出して、散策やポタリングを楽しんでください。まちを楽しむことにお金を使ってほしいので、宿泊料金はリーズナブルな価格で設定しています」と話した。

廊下
左手奥のラウンジから廊下を歩いて客室へ向かう。途中、簡易手洗い場が設けられている。共有のシャワールームやランドリールームもある。

迷子になるのも楽しい? それが尾道の歩き方。

 熊谷さんの言うように、早速、尾道のまちに出かけるとしよう。アドバイスを請うと、「尾道は観光地ですが、人々の暮らしぶりも感じられます。そんな、まちの”隙間“を楽しんでほしいです」と尾道の魅力を教えてくれた。「地図アプリは使わずに、自分の感性で歩いて、路地裏を探検したり、遠回りしたり。迷子になるのも楽しいかも」と。たとえそうなっても、すれ違う人に尋ねればいい。尾道の人は親切だから、きっと導いてくれるはず。ついでに、おすすめの食堂も尋ねてみたら、検索しても出てこないような路地裏のおいしい店を教えてくれるかもしれない。そんな予期せぬ出合いや発見に心をときめかせたい。

 旅での出合いは駅舎のなかにもある。『TLB』は『m³ HOSTEL』のほかに、駅舎で『おのまる商店』『食堂ミチ』『 ONOMICHI TOM'S SANDWITCH &BAR』の運営にも携わり、それらの店舗のコンセプトに「シンクロコミュニティ」を掲げている。「多様な人々がシンクロしながらコミュニケートすることで、新しいことが生まれる場をつくりたいとの思いを込めた造語です」と熊谷さんは言う。
 駅には多様な人が行き来する。『食堂ミチ』では、カウンター席で旅行者と地元の人が会話や交流を楽しめる。「カウンターに立つのは、女将的存在の沖野千恵さん。千恵さんに会いたいがために来店するお客さんもいるほど」と店長の元嶋健貴さん。千恵さんと話すのも、素敵な思い出になりそうだ。

サンドイッチ
1973年の開店以来、東急電鉄東横線・代官山駅近くにあった『トムス・サンドウィッチ』。佐藤友紀さん・百合子さん夫婦は縁あって尾道で店を再開した。
食堂
昭和から続く老舗の居酒屋と思いきや、新しくなった駅舎とともにオープンした新しい店。店長の元嶋さんイチオシは、豚の角煮と大アジフライ。
おのまる
『おのまる商店』の店長の岡崎ちはるさん(左)と、双子の妹の岡崎ちひろさん(右)。


 時節柄、『m³ HOSTEL』では新型コロナウィルスの感染防止対策も実施している。客室の間隔を空けて泊まり、共用シャワールームは1〜2時間おきに消毒。宿泊客には検温実施も依頼している。安全な環境であるかはあくまでも自己判断になるが、駅舎での宿泊を、ぜひ楽しんでみてほしい。

 

photographs by Mao Yamamoto
text by Kentaro Matsui