まちと人、歴史と未来、みんなをつなげて「編集」する『センジュ出版』。
2019.06.07 UP

まちと人、歴史と未来、みんなをつなげて「編集」する『センジュ出版』。

LOCAL

東京・足立区の千住エリア。近頃は、大学の開校などが相次ぎ、「住みたい街ランキング」で上位になるなど、注目をされていますが、今も人の温かさと賑やかさを感じる下町です。
このまちで『センジュ出版』を立ち上げた吉満明子さんは、まちを「編集」し、千住の奥深さ、おもしろさを発信しています。

まちに根を張る出版社で、
これまでにない編集を。

東京・足立区千住にある『センジュ出版』は、吉満明子さんが2015年に設立した、「しずけさ」と「ユーモア」を大切にする個人経営の出版社。JR・地下鉄北千住駅から賑やかな商店街を通り抜け、徒歩10分弱の事務所には、ちゃぶ台で本を読めるブックカフェも併設している。自社刊行物を発行するほか、吉満さんが編集者としてほかの出版社の刊行物も担当するユニークな出版社だが、ほかの出版社にはない大きな特徴は、千住のまちづくりに吉満さんが深く関わっていることだ。

吉満さんはかつて、都心の大手出版社で編集者として働いていた。日々、多忙を極め、早朝にタクシーで帰宅して、昼に出社することも珍しくなかった。そんな生活に疑問を持ったのは、東日本大震災に直面したことがきっかけだった。住居がある千住まで徒歩で何とか帰宅したものの、まちの人たちが互いに声をかけあっているのに対し、吉満さんは誰のことも知らず、「自分はこのまちや人のことを何も知らない」と気づいたのだ。

『センジュ出版』の事務所。もともとアパートだった建物の間取りを活かし、事務所とカフェが並ぶ。最初はカフェも含め一人で対応していたが、現在はスタッフが4人に。
『センジュ出版』の事務所。もともとアパートだった建物の間取りを活かし、事務所とカフェが並ぶ。最初はカフェも含め一人で対応していたが、現在はスタッフが4人に。

そこから「まちにもっと関わりたい」と思うようになったが、生き方を変える直接の契機になったのはその後の妊娠、出産だった。育休中に子どもを抱えながらタウン誌の取材で千住のまちを歩き回った吉満さんは、千住の歴史や店、住民たちのおもしろさを再発見した。

まちに根を張って編集と出版の仕事をしたい──。以前からやってみたかったブックカフェも併設した『センジュ出版』を立ち上げることにしたのは、子どもが2歳になったときだった。

DATA 52 ● book cafe SENJU PLACE
東京都足立区千住3-16 2F http://senju-pub.com

畳でくつろげるカフェスペース。
畳でくつろげるカフェスペース。

『センジュ出版』では、大部数を書店に配本したり、費用をかけて宣伝したりすることができない。そこで「本を届ける」ところまでが「編集」だと発想を変えた。その結果出てきたアイデアが、著者や登場人物のモデルとなった人に登壇してもらうトークショーや、本好きだけに限定しないブックサロン、吉満さん自身が「ママ」となる『スナック明子』などだ。

「参加者の層は本当にバラバラです。普段本を読まない人もいれば、いわゆる『ご近所さん』という間柄の人もいるし、本の著者や書店の関係者もいます。本を読まない人でも、著者や本屋さんの思いを知って本を買ってくれることもあります。そんな空間で本を届けられるのは、『センジュ出版』ならではだと思うと、楽しいです。今は本屋さんに元気がないといわれますが、編集して、場をつくって、耕して、思いを伝えれば、その本を必要としている読者に届くのだと感じました」

千住の歴史や産業、次世代のカルチャーまで。
楽しく伝えたい。

❹❺毎年11月に開催する「千住紙ものフェス」は、『千住四丁目氷川神社』の境内で行われる。❻「千住紙ものフェス」の定例会には東京未来大学の学生も参加。❼『弘和印刷』代表取締役で、「あだち紙ものラボ」の代表も務める瀬田彰弘さん。❹写真提供:センジュ出版
上・毎年11月に開催する「千住紙ものフェス」は、『千住四丁目氷川神社』の境内で行われる。(左上写真提供:センジュ出版)
左下・『弘和印刷』代表取締役で、「あだち紙ものラボ」の代表も務める瀬田章弘さん。
右下・「千住紙ものフェス」の定例会には東京未来大学の学生も参加。
❽❾❿エネルギッシュな“アダチの今”を伝える、というコンセプトで今年1月に開催した「ウラアダチフェス」。『BUoY北千住アートセンター』を会場に、銭湯展示からアパレル販売、DJ & BMXパフォーマンスなどが行われた。❽❾写真提供:センジュ出版
エネルギッシュな“アダチの今”を伝える、というコンセプトで今年1月に開催した「ウラアダチフェス」。『BUoY北千住アートセンター』を会場に、銭湯展示からアパレル販売、DJ & BMXパフォーマンスなどが行われた。(上/右下・写真提供:センジュ出版)

編集して届けたいものが、
千住にはたくさんある。

一方で、千住のまち界隈でも、「すごい編集者が、出版社を立ち上げた」という噂が広がった。

千住をはじめ足立区には代々続いてきた歴史ある印刷会社が何社も残っている。その一社、『弘和印刷』の代表取締役・瀬田章弘さんを筆頭に、地元の印刷業者と知り合った吉満さんは、有名な和菓子店のパッケージや、荷札、シールなどを請け負ってきた印刷の技術や伝統がまちに根づいていると知った。

DATA 53 ● 魚屋ツキアタリミギ
東京都足立区千住3-54 http://www.ippoippo.co.jp

吉満さんが頼りにする『一歩一歩』代表取締役の大谷順一さん(写真上)。千住のまちでは本店となる『炉端焼き 一歩一歩』をはじめ、計9店の飲食店を経営。写真の店は『魚屋ツキアタリミギ』。鮮魚やお刺身、干物などを販売する魚屋を併設した、新鮮な海鮮料理が楽しめる店。
吉満さんが頼りにする『一歩一歩』代表取締役の大谷順一さん(写真左)。千住のまちでは本店となる『炉端焼き 一歩一歩』をはじめ、計9店の飲食店を経営。写真の店は『魚屋ツキアタリミギ』。鮮魚やお刺身、干物などを販売する魚屋を併設した、新鮮な海鮮料理が楽しめる店。

「デザイン的な要素を掛け合わせてプロデュースすれば、これまでには届けられなかった人々のところにも届き、まちに印刷産業の文化があることを知り、楽しんでもらえるのではないか?」

そんな発想から、2016年、「千住紙ものフェス」を企画・主催。紙に関わる作品を展示・販売するクリエイターがいて、マルシェがあって、紙で遊べるワークショップもあって……と、一日楽しめるイベントだった。

「瀬田さんが、『好きにやってみて』と言ってくれたことが大きかったですね。毎年続けることになり、今年も11月に第4回を開催予定です。楽しく遊ぶなかで、『千住にはこういう魅力があったんだ』と気づいてもらいたいです」

この「千住紙ものフェス」から、吉満さんは「まちを編集する」という視点をはっきり持ち、実行していくようになった。

「千住には『紙』のほかにも皮革製品、和菓子づくりなどに関わってきた方が多く、歴史があります。飲食店や通りの雰囲気もいい。おもしろい人もたくさんいる。そんな千住のよさを住む人、来る人に届けたいと考えるようになりました」

吉満さんの周りには、やはり千住で楽しく暮らしながら、まちの歴史や文化を受け継いだり、それを発信していきたいと考える、志を同じくする人たちが数多くいる。

足立区役所広報室・シティプロモーション課シティセールス・ディレクターの舟橋左斗子さんとは、『センジュ出版』の立ち上げ時から連携することが多く、行政からのサポートも受けている。

足立区広報室・シティプロモーション課の舟橋左斗子さん。2010年、東京23区で初の「シティプロモーション」課が設立された際、舟橋さんは民間から採用された。編集ライターとしても活動しており、足立区の魅力や課題をまとめた書籍、『足立区のコト。』(彩流社刊)を上梓している。
足立区広報室・シティプロモーション課の舟橋左斗子さん。2010年、東京23区で初の「シティプロモーション」課が設立された際、舟橋さんは民間から採用された。編集ライターとしても活動しており、足立区の魅力や課題をまとめた書籍、『足立区のコト。』(彩流社刊)を上梓している。

舟橋さんとは、若年層向けに漫画家のトークショーや屋台の出店、千住にショップを構える店のファッション販売、BMX(自転車)のショーなどを行う『ウラアダチフェス』を共同企画した。

「足立区は民間との『協創』を目指しています。吉満さんの『ハブ』としてのチカラを、行政の力でバックアップしていきたい」と、舟橋さんは話す。

歴史や思いまで込めた
ストーリーを届ける。

さらに吉満さんが、「この人がいるから千住で起業したいと思えた」と信頼を寄せるのは、『炉端焼き一歩一歩』など千住に9店、沖縄県に2店、炉端焼きを中心とする飲食店を展開する大谷順一さんだ。

「僕のビジョンは、『豊かさをつなぐ』。ただ食事を提供するだけでなく、生産者の思いを料理人が受け取り、今度はそこに料理人の思いものせてお客様にきちんと伝えることが、豊かさをつなぐことだと思っています。飲食店が多いまちはほかにもありますが、千住はただ食べるだけじゃない。一人一人に届く料理があるまち、そんなふうに思ってもらいたい」

吉満さんは本と編集で、大谷さんは料理で、人々が丹精込めてつくった文化や素材をつなげていこうとしている。

旧・日光街道が通り、宿場町でもあった千住には魅力的な商店街、飲食店街が多い。路地裏探訪も楽しい。
旧・日光街道が通り、宿場町でもあった千住には魅力的な商店街、飲食店街が多い。路地裏探訪も楽しい。

今年の初めには、『イトーヨーカドー 食品館千住店』の依頼を受け、地場野菜の千寿ねぎとそのお惣菜を紹介する小冊子を作った。

「イトーヨーカドーでは、まずその土地の歴史や町のことを調べて、店舗ごとにアピールする食材を決めるんです。千住店の場合は地元の皆さんに長年愛されている『千寿ねぎ』にしました」と話すのは、同店店長の川嶋隆平さん。

DATA 54 ● イトーヨーカドー 食品館千住店
東京都足立区千住3-2 https://blog.itoyokado.co.jp/shop/284

『イトーヨーカドー 食品館千住店』は、もともと創業の店。「地域により密着したい」と店長の川嶋隆平さん。千寿ねぎの小冊子では関わる人の思いを紹介。
『イトーヨーカドー 食品館千住店』は、もともと創業の店。「地域により密着したい」と店長の川嶋隆平さん。千寿ねぎの小冊子では関わる人の思いを紹介。

「販促にあたり、千住店はイトーヨーカドーの第1号店でもあることから、地域の方と何か一緒にできないかと思ったんです」

思いを聞いた吉満さんは、千寿ねぎに関わる青果市場の関係者や飲食店、千住店の総菜担当者に取材。彼らと千寿ねぎにまつわるストーリーを表に出すデザインにした。その結果、「千寿ねぎだけでなく、千寿ねぎを使ったかき揚げやねぎ味噌煎餅も売れています。お客様が信用してくださっていると感じます」と、川嶋さんは語る。

本、食べ物、モノ、コト、そしてまち。いろんなことが「届きにくい」といわれる時代だ。だが、それが生まれた経緯や歴史、関わる人の思いまで含めて伝えれば、「届く」可能性はぐんと上がるのだと、吉満さんは編集者として感じている。

まだまだあります! 千住を楽しくする店や人!

DATA 55● minca
東京都足立区千住3-12 www.minca-handmade.com

埼玉県越谷市に工場を持ち、栃木レザー製の製品を生産する『和宏』が土・日曜、祝日限定でオープンするギャラリーショップ『minca』。店奥の工房では、店長で革職人の尾花和哉さんが実際に作業している。「千住紙ものフェス」にも出店した。
埼玉県越谷市に工場を持ち、栃木レザー製の製品を生産する『和宏』が土・日曜、祝日限定でオープンするギャラリーショップ『minca』。店奥の工房では、店長で革職人の尾花和哉さんが実際に作業している。「千住紙ものフェス」にも出店した。

DATA 56 ● うつわ 萬器 北千住店
東京都足立区千住4-18-11 http://utuwa-banki.com

千葉県柏市に本店を持つうつわのセレクトショップ『うつわ 萬器』。『センジュ出版』のカフェの食器はここで購入。「店長の岩城順子さんが、使うシーンも提案しながら薦めてくださるのがうれしい」と吉満さん。企画展では器のほか、アパレルを扱うことも。
千葉県柏市に本店を持つうつわのセレクトショップ『うつわ 萬器』。『センジュ出版』のカフェの食器はここで購入。「店長の岩城順子さんが、使うシーンも提案しながら薦めてくださるのがうれしい」と吉満さん。企画展では器のほか、アパレルを扱うことも。

DATA 57 ● Amanojak.
東京都足立区千住龍田町8-4 http://amanojak.jp

北千住駅から少し離れた、商店街を抜けた先にあるファッション系のコンセプトショップ『Amanojak.』。プレスやバイイングを担当する大津寿成さんは、地元の銭湯に通い、お客さんに千住のおすすめの飲み屋さんを紹介することもある。
北千住駅から少し離れた、商店街を抜けた先にあるファッション系のコンセプトショップ『Amanojak.』。プレスやバイイングを担当する大津寿成さんは、地元の銭湯に通い、お客さんに千住のおすすめの飲み屋さんを紹介することもある。

DATA 58 ● 家具屋 イヱノ by イシワタ民具製作所
東京都足立区千住緑町3-1-28 https://www.furnitureieno.com

石渡信之さんが2014年、古民家をリノベして始めた無垢の木の家具のアトリエ&ギャラリー『家具屋 イヱノ by イシワタ民具製作所』。フルオーダーの一点物の家具を製作。千住の歴史ある企業の廃木材を利用して「まちの本棚」を作ろうと、吉満さんと計画中だ。
石渡信之さんが2014年、古民家をリノベして始めた無垢の木の家具のアトリエ&ギャラリー『家具屋 イヱノ by イシワタ民具製作所』。フルオーダーの一点物の家具を製作。千住の歴史ある企業の廃木材を利用して「まちの本棚」を作ろうと、吉満さんと計画中だ。

DATA 59 ● Bar Blue Cane
東京都足立区千住3-58-36 2F www.facebook.com/BlueCane1

北千住駅近くの『毎日通り飲食店街』の中の建物2階にあるラム酒専門バー『Bar Blue Cane』。「千住紙ものフェス」ではホットラムの屋台で出店。200種類以上のラムを、マスターの大橋久胤さんに違いを解説してもらいながら飲むことができる。
北千住駅近くの『毎日通り飲食店街』の中の建物2階にあるラム酒専門バー『Bar Blue Cane』。「千住紙ものフェス」ではホットラムの屋台で出店。200種類以上のラムを、マスターの大橋久胤さんに違いを解説してもらいながら飲むことができる。

 

photographs by Hiroshi Ikeda
text by Sumika Hayakawa

本記事は雑誌ソトコト2019年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。