『手帳類図書室』へ、見知らぬ誰かの手帳を“読み”に行く。
2019.06.09 UP

『手帳類図書室』へ、見知らぬ誰かの手帳を“読み”に行く。

DIVERSITY

東京で一番ディープな場所、かもしれない。
「人の手帳を読む」というと、「えっ?」と怪訝な顔をされるかもしれない。
人はそこに“盗み読み”のニュアンスを感じ取るからだ。でも、『手帳類図書室』なら大丈夫。
なぜならここは、人の手帳を読むことが許された、世にも稀な場所だから……。

一生知り合うことのない、誰かの心を覗く。

『手帳類図書室』があるのは、東京・渋谷区代々木の参宮橋駅近くのアートギャラリー『ピカレスク』のバックヤードだ。1時間500円の入場料を払うと、レジ奥の白いカーテンの向こう側へ通される。4畳半ほどの空間には、びっしりとファイルが詰まった背の高い本棚が2つ、椅子が4つ。机の上に置かれた目録に、所蔵する手帳の特徴と、書かれた年や書いた人の職業といった簡単なデータが記載されている。20代男性会社員の日記、デリヘル嬢の仕事メモ、難病にかかった若い女性の闘病記……。個性豊かな手帳の中から興味を引かれたものを1冊選ぶと、『ピカレスク』のオーナー・松岡詩美さんが棚から取り出してくれる。

「すべての人にとって居心地のいいギャラリー」を目指す『ピカレスク』。白いカーテンの奥に『手帳類図書室』はある。
「すべての人にとって居心地のいいギャラリー」を目指す『ピカレスク』。白いカーテンの奥に『手帳類図書室』はある。

DATA 50 ● 手帳類図書室
東京都渋谷区代々木4-54-7ピカレスク内 https://techorui.jp

顔も名前も知らない誰かがいつかどこかで書いた文章、人に見せるために磨いたり飾ったりしていない言葉の数々を味わう。小説やエッセイを読むのとは違うその感覚を、どう説明したらいいだろう。例えるなら、まちを歩いていて、開け放たれた窓から誰かの散らかった部屋が偶然見えてしまったときのような。向こうに広がるのは、おそらく一生知り合うことのない人の暮らし。それを垣間見るのに似た……いや、もっと私的な領域に触れている感覚かもしれない。興奮したような走り書き、欄外に小さく記された言葉、一度書いて線で消し、別の言葉で書き直された文章。手帳を読むことは、心の中を覗くことに近い。

右/『ピカレスク』のオーナー・松岡詩美さん。左上/アートに囲まれながら、心ゆくまで誰かの手帳を堪能しよう。左下/ギャラリーの入口にひっそりと『手帳類図書室』の案内が。知らなければ見逃してしまいそう。
右/『ピカレスク』のオーナー・松岡詩美さん。左上/アートに囲まれながら、心ゆくまで誰かの手帳を堪能しよう。左下/ギャラリーの入口にひっそりと『手帳類図書室』の案内が。知らなければ見逃してしまいそう。

完成したものよりも、途中経過に惹かれる。

これらの手帳の持ち主は、ゲームクリエイターであり、手帳類収集家の志良堂正史さん。本業以外に取り組める何かを求め、“人の記録を収集すること”を思いついたという。

「僕自身、枕元などに手帳を置いて、何か思いついたときにさっとメモしているんです。そのままだと蒸発してしまうアイデアや思考を一旦外に出して留める、という感覚ですね。同じことをしている人がいるなら、その内容を読んでみたいと思いました。昔から、完成したものよりも途中経過に惹かれる傾向があるんです」。

手触りのいい厚紙で作られた目録。ちなみに、「手帳類」における「手帳」とはスケジュール帳に限らず、手で書かれた冊子全般を指す。
手触りのいい厚紙で作られた目録。ちなみに、「手帳類」における「手帳」とはスケジュール帳に限らず、手で書かれた冊子全般を指す。

2014年の春にインターネットで手帳の募集をかけたところ、一人の男性から「書き込みが少ない手帳でもよければ」と連絡があり、1000円で買い取ることに。それは、志良堂さんが当初想定していた創作の種や自己探求の軌跡が記されたものではなく、日々の出来事や感じたことが短い言葉で綴られ、ときには旅先の地図が手描きされた、書き手の日常が伝わってくる手帳だった。「それが逆に新鮮でよかったんです。読んでいてほっとしたり、くすっと笑えたりして。『じゃあ、ほかの人の手帳は?』と、ますます興味が湧きました」。

以降、志良堂さんが手帳を見せた相手がおもしろがって自分の手帳を売ってくれて、といった具合に、少しずつ数が増えていった。


実際に読んでもらえたら、おもしろさが伝わるはず。

しかし、最初から順風満帆だったわけではない。初期の頃は「手帳を売ってほしい」と頼んでも断られることがほとんどで、ときには「悪趣味」と言われることもあったという。志良堂さんからそんな話を聞き、歯痒く感じたのが松岡さんだ。「実際に読んでもらえたら、おもしろさが伝わるはず」と、『ピカレスク』の一角に手帳類の展示コーナーを設けた。しばらくは自由に立ち読みできるようにしていたが、メディアに取り上げられ来訪者が増えたため、2018年春から現在の図書館形式を取るように。コレクションの数も増え、いまでは1300冊以上になった。『手帳類図書室』ではその中から特徴的な300冊を厳選して展示している。

手帳類収集家・志良堂正史さん。数が増えたため、現在は買い取りではなく寄贈によって手帳を収集している。
手帳類収集家・志良堂正史さん。数が増えたため、現在は買い取りではなく寄贈によって手帳を収集している。

カップルがふらりとデートでやってきたり、小説家を目指している人がネタを探しに訪れたり、お気に入りの手帳を読むために定期的に通う人がいたり。『手帳類図書室』を訪問する人の目的は実にさまざまだ。松岡さん曰く、「『なんかおもしろそうだけど、何がおもしろいんだろう』とやってきて、『結局何がおもしろいのかよくわからなかったけど、なんかおもしろかった』という感想を抱いて帰っていく人が多い」という。

確かに、言語化するのが難しい体験だ。
でも、そこをあえて言葉で説明するとしたら? 

「いろんな人と出会って言葉を交わしたり、長い時間かけて関係を築いたりしていても、本当の気持ちに触れられることって、なかなかないな、と感じていました。そんなときに志良堂さんから手帳を読ませていただいて、『これは本音の宝庫だ』と驚いたんです。SNSと違って、手帳に書かれた文章は他者の視点を意識していないし、自己検閲が掛かっていない。言葉の一つひとつが”鉄球“みたいにぶつかってきて、すごくリアリティを感じました。私も生きているし、この人も生きているんだな、と実感できるというか……。

私がいま読破しようとしている闘病記も、すごく重い内容なんですよ。実際に会って聞いたら苦しくなってしまうはず。でも、手帳を開けば、リスクなくその人の奥底にある感情にアクセスして、自分の中にインストールできる。すごいことだと思います。大げさかもしれませんが、ここでしかできない、人類の特別な体験なんじゃないかな、と」。

松岡さんの返答に、「大事なこと全部言ってもらっちゃった」と頷きながら、志良堂さんもこう続ける。「『世の中にはいろんな人がいる』と頭では知っていても、体験する機会は意外と少ないと思うんです。人は無意識にフィルターをかけて関わる人を選んでいるものなので。特にそれを感じたのが、恋愛体質の女性の手帳を読んだとき。ドラマのように人間関係が入り乱れていて、本当にこんな人いるんだ、と新鮮に感じました」。

自分とはまったく違う価値観や行動規範を持った人が同じ時代を生きているということが、実感として体に落とし込まれていく。それはつまり、手帳をとおして多様性あふれる世界と出合うということ。「長い目で見たら、それがいつか興味深い作用を生むかもしれません。僕はその結果も収集したいなと思っています。他人の手帳を読んだ人が、どう解釈して、どんな影響を受けたのか。興味は尽きませんね」。

その化学反応は、手帳と人の組み合わせの数だけあるはずだ。この記事を読んだあなたが『手帳類図書室』を訪れたら、誰の手帳に惹かれ、どんな感想を抱くだろう。ぜひ、確かめに行ってほしい。


この手帳の書き手は、どんな人だろう?
例えば、こんな手帳類が待ってます!

初めて買い取った、思い出の手帳。
「(一緒に旅行に行った友人)2人とも彼女いるなって思った」「塾で、『宿題やってこなきゃダメでしょうが、このバカチンが!』って10回以上いままで言ってきたけど、誰にも金八先生だと気づかれてない」といったつぶやきが記されています。ほどよいゆるさがあって、読んでいて肩の力が抜けますね。「自分とは違うタイプだけど、間違いなく悪い奴じゃないな」と思いました。人物像を想像するのも手帳の楽しみ方のひとつです。

性別/男性 イニシャル/Iさん 年代/20代前半 肩書き/大学生 種類/スケジュール手帳 冊数/1冊 書かれた年/2013年
性別/男性
イニシャル/Iさん
年代/20代前半 肩書き/大学生
種類/スケジュール手帳
冊数/1冊
書かれた年/2013年

男子高校生の、恋愛記録。
恋する男子高校生のエネルギーが詰まった手帳類です。数冊あって、表紙には「○○ちゃん日記」と片思いの相手の名前が書いてあるんですが、途中から別の女性の名前に変わります。字もどんどん細かくなっていく。内容はもちろんのこと、筆致やトーンの変化を追うのもおもしろいですね。ずっと緑色のペンで書かれていましたが、最近受け取った1冊はシャーペンに変わり、「大人になるってこういうことなのかな」と感じました。

性別/男性  イニシャル/Tさん 年代/10代後半 肩書き/高校生 種類/ノート 冊数/5冊 書かれた年/1992年〜1995年
性別/男性 
イニシャル/Tさん
年代/10代後半
肩書き/高校生 種類/ノート
冊数/5冊
書かれた年/1992年〜1995年

詩のかけらがちりばめられた魅惑のノート。
3冊目に買い取った手帳で、「こんなすごいものが手に入るなら、このプロジェクトは間違ってない」と興奮したことを覚えています。「いくつもの沈黙を情熱的に看取る」など知的で美しい表現がたくさんあって、貪るように読みました。ここから推敲し発表された詩もあるのかもしれません。雑誌の切り抜きやマインドマップなどが自由に貼られていて、めくる楽しさがありますね。創作モードに入るときに読みたくなる一冊です。

性別/女性 イニシャル/Mさん 年代/30代 肩書き/詩人 種類/ノート 冊数/1冊 書かれた年/2004年
性別/女性
イニシャル/Mさん
年代/30代
肩書き/詩人 種類/ノート
冊数/1冊
書かれた年/2004年

文学を愛する、小学生の手記。
小学生(当時)が書いた手帳なのに、いきなり「サァテ、此処らで『ドグラ・マグラ』を読もう」で始まる。「こんな奴いるのか」と驚きました。「サァテ」をカタカナで、幸せを「仕合わせ」と書いているところに文学の薫りがします。と、思えば突然ファミコンの話題が出てきて妙にほっとしたり(笑)。中学生・大学生のときの手記もあり筆跡が変わっていくんですが、時折小学生の頃の文字に戻ることも。そんな箇所は注目してしまいます。

性別/女性 イニシャル/Sさん 年代/10代前半〜後半  肩書き/学生 種類/ノート 冊数/3冊 書かれた年/1993年〜1998年
性別/女性
イニシャル/Sさん
年代/10代前半〜後半 
肩書き/学生 種類/ノート
冊数/3冊
書かれた年/1993年〜1998年

 

photographs by Masaya Tanaka
text by Emiko Hida

本記事は雑誌ソトコト2019年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。