クラフトビール『高尾ビール』から始まるコミュニティ。 ー自然豊かな山の麓のこのまちで。
2019.06.08 UP

クラフトビール『高尾ビール』から始まるコミュニティ。 ー自然豊かな山の麓のこのまちで。

LOCAL

東京で“山”と言えば高尾山。そんな自然に魅せられて移り住んだ男性が生み出したクラフトビールには、地域の素材がいっぱいに詰め込まれています。さらにはビールをハブとして、地域の人がつながり、新たな文化が生まれる脈動も。そんな『高尾ビール』の魅力に迫ります。

高尾の自然がそのまま濃縮された、
山の麓でつくるクラフトビール。

山の麓の小さな醸造所『高尾ビール おんがたブルワリー&ボトルショップ』では、その時々で飲める4種類のビールが用意されている。
山の麓の小さな醸造所『高尾ビール おんがたブルワリー&ボトルショップ』では、その時々で飲める4種類のビールが用意されている。

山でも麓でも楽しく。
私的な想いをビールへ。

日本の自然を紹介する『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で最高ランクの“三つ星”観光地として選ばれ、年間登山者数約260万人を数える、東京都八王子市の高尾山。その麓町・高尾に2017年、独自のクラフトビールづくりを進める小さな醸造所『高尾ビール おんがたブルワリー&ボトルショップ』が誕生した。

うめ、さくらんぼ、ブルーベリー、パッションフルーツ……。東京随一の農産物が豊かな地域だからこそ手に入る素材を使った、『森は生きている』シリーズ。地元産の小麦でつくる『NOMU PAN』。そして、“山”という名前を冠し、無農薬ホップと桑の茶葉を使用した定番のペールエール『Oh! Mountain』。醸造を始めてからわずか2年あまりで、生まれたクラフトビールは10種類以上と多く、それぞれ人気を集めている。そんな『高尾ビール』の代表を務める、池田周平さん。「高尾で暮らしていて、山でも麓でも楽しく過ごせたら。ビールづくりは、そんなごくごく私的な想いから始めたんです」と、ビールづくりに至った思いを教えてくれた。

❶美大生たちのアトリエだったという醸造所。❷❸アメリカから持ち帰った『ポートランド ケトルワークス』のタンク。クラフトビール界では知らぬ人がいないブランドだ。❹友人のイラストレーターのイラストが醸造所に彩りを添える。
左上・美大生たちのアトリエだったという醸造所。友人のイラストレーターのイラストが醸造所に彩りを添える。
左下/右上・アメリカから持ち帰った『ポートランド ケトルワークス』のタンク。クラフトビール界では知らぬ人がいないブランドだ。
右下・クラフトビール『Oh! Mountain』。気持ちよく晴れた里山をハイキングした時に感じる力強い緑や乾いた土の香りをイメージしたという、『高尾ビール』を代表する1本。地元産の無農薬ホップと桑の茶葉を使用。
 

もともと都内のシステム開発会社やデザイン・広告会社で、プログラマーやデザイナーとして働いていた池田さん。山とその周りに生まれる文化が好きだったことから、2015年、夫婦で高尾へ引っ越してきたという。毎週末には山に登り、充実した生活を送っていたものの、学生時代からクラフトビールが好きで飲み歩いていたという池田さん、高尾のまちには気楽にビールが飲めて人が集まるような場所が少なく、だんだんつまらなく感じるように。

「誰かやんないのかなと思っていたけど、誰もやんないから自分でやろうと思って」と笑う池田さん。一念発起し、仕事を続けながら、通信制でアメリカにあるポートランド州立大学のビジネスオブクラフトブリューイング科を修了。そして、カリフォルニア州バークレーにあるクラフトビール醸造所『ホイポロイ ブルワリー』の醸造プログラムで実践的なクラフトビールづくりを学び、2017年1月、『高尾ビール』を立ち上げたのだ。

❺❻手伝いに来てくれた友人とともに、ローストされた大麦を砕いていく。ビールの風味に欠かせない原料だ。❼タンクに次々と投入。❽出来上がったビールは、生ビールとして保管し、イベントなどで提供することも。
手伝いに来てくれた友人とともに、ローストされた大麦を砕いていく。ビールの風味に欠かせない原料だ。タンクに次々と投入。出来上がったビールは、生ビールとして保管し、イベントなどで提供することも。

地元の豊かな素材で新商品に次々と挑戦。

「もともとこの醸造所は、美大の学生たちが使っていたアトリエだったんです」と池田さんが案内してくれたのは、高尾の山の麓、住宅地の中にある平屋の建物。醸造を行う作業場には、大きなタンクが並ぶ。「実はこれ、『ホイポロイ ブルワリー』から持って帰ってきたんです」と、愛おしそうにタンクをさする。ちょうどこの日は、そのタンクで新しいクラフトビールを仕込む日。池田さんの友人3人もビールづくりを体験しようと、手伝いに来ていた。原料に使うローストされた大麦の香ばしい香りが広がる作業場で、タンクに大麦の粉を次々と投入、温度に気をつけながらかき混ぜていく。

3つあるタンクはひとつ3バレル、そこからおよそ300リットルのビールができるという。ひとつのタンクからビールが出来上がるまでおよそ1か月かかるが、だいたい3週間から1か月で売れてしまう。そのため、3つのタンクを併用して、ほぼ1週間に1回のペースで、新たなビールを仕込んでいる。「小さな醸造所なので」と池田さんは話すが、小さなサイズで毎週つくっているからこそ、新しい種類のビールづくりに対して軽やかに挑戦できているように感じた。

左/琥珀色のビールを1杯。右/日々さまざまな試みを続けている『高尾ビール』。わずか2年余りで10種類以上のクラフトビールを生み出してきた。定番のもの以外は、つくったタイミングでしか味わえないが、それもまた足を運ぶ理由になる。
日々さまざまな試みを続けている『高尾ビール』。わずか2年余りで10種類以上のクラフトビールを生み出してきた。定番のもの以外は、つくったタイミングでしか味わえないが、それもまた足を運ぶ理由になる。

「最初は高尾のものを使ってビールをつくるという感じではなかったんです。今も必ず高尾のものを使わなきゃいけないと思っているわけではなくて、クオリティに満たないものは使えないという考えなんですが、幸いいいものが多いので。いつの間にかフルーツビール専門みたいになってますが、それだけ使えるものが多いってことですね」とのこと。フルーツ以外にも、「木のチップを入れたり、樽を使ってもおもしろいでしょうし。いまは麹づくりも勉強してて、米麹でつくるビールもやってみたい。やれることがたくさんあって、次どうしよう、何やろう、みたいな感じです」。今年もまた、新しいビールが加わりそうな気配。池田さんの頭の中では、クラフトビールのレシピが広がり続けている。

地域で育った素材から高尾ならではのクラフトビールに!

森は生きている ゆすらうめ・さくらんぼ
池田さんの隣家・逢坂巌さん・智子さん夫妻の育てるさくらんぼを使用した、春の訪れを感じさせる人気のビール。琥珀色のトラディショナルなベルギービールだ。

森は生きている ゆすらうめ・さくらんぼ

NOMU PAN
八王子で『澤井農場』を経営する澤井保人さんが育てる小麦を使ったビール。ビールとパンは兄弟のようなものだから、“飲むパン”と命名したとか。

NOMU PAN

新ビールも開発中!
八王子で『磯沼ミルクファーム』を経営する磯沼正徳さんとも、新商品を開発中。ヨーグルトの製造過程で生まれるホエーを原料に検討を重ねている。

新ビールも開発中!

高尾のまちを編集して新たなカルチャーを。

『高尾ビール』の醸造所には、池田さんの強いこだわりで、ビールスタンドが併設されていて、毎週金曜日と土曜日は、その時々でつくっている生ビール数種類を飲むことができる。インターネットでは売らず、ほぼ高尾でしか飲むことができない『高尾ビール』を堪能できる場所だ。

❶醸造所に併設されたビールスタンド。出来立てのクラフトビールを味わうことができる。❷常時4種類のビールが。今回は何があるのか……期待が膨らむ。❸醸造所の前では自家製ホップの栽培も。
左・醸造所の前では自家製ホップの栽培も。
中央・常時4種類のビールが。今回は何があるのか……期待が膨らむ。
右・醸造所に併設されたビールスタンド。出来立てのクラフトビールを味わうことができる。

「ビールってのは地元で飲むのが一番うまいんですよ。だからまずは地域の人に飲んでもらいたい。それをまた来た人にも飲んでもらって」と池田さん。「地域の人と密着してビールづくりをしたいんです。ビールを通じて人と人とをつなぐ、ハブになりたい。ビール自体は装置。コミュニケーションをそこで起こすためにつくっています」。池田さんの念頭にあるのは、クラフトビールづくりが盛んなアメリカ・ポートランドで目にしたもの。地場のクラフトビールを中心に、コミュニティとカルチャーが広がっていたという。「まずは旗を立てたい。自分の住むまち自体がおもしろくなっていく、そんな動きを全力で応援していきたい。コーヒー屋とかハンバーガー屋が今は欲しい」と語ってくれた。

右・協力してくれる地域の人を張り紙で募集。❼ビールを搾り終えた原料滓は、近所の養鶏家へ。おいしい卵になって返ってくる。
左・ビールを搾り終えた原料滓は、近所の養鶏家へ。おいしい卵になって返ってくる。
右・協力してくれる地域の人を張り紙で募集。

池田さんはさらに、人がより集まりやすい場所でビールを提供したいと、毎月第4土曜日は、JR高尾駅前の元・喫茶店でも、ビールスタンドを開いている。毎月にぎわうその場所には、池田さんとともに高尾のカルチャーをつくろうとしている仲間たちが集う。そんな中で、よりカルチャーを育む土壌づくりをと、池田さんはこの春、仲間とリトルプレス『たかお』を創刊した。そこには、高尾の自然と、そこで暮らす人たちの息遣いが伝わる文章が並んでいる。「ビールも本づくりもあんまり変わらないんです。編集という視点では似ていて。どちらも、自分が好きなまちを編集している作業なのかな」と話す。

JR高尾駅前の元・喫茶店でビールスタンドを開いた際の様子。クラフトビールを通して、人のつながりとカルチャーを生み出したいという池田さん。毎月開催することで、地域内外の人が集う場ができつつある。
JR高尾駅前の元・喫茶店でビールスタンドを開いた際の様子。クラフトビールを通して、人のつながりとカルチャーを生み出したいという池田さん。毎月開催することで、地域内外の人が集う場ができつつある。

「今後は、魅力的なコンテンツをどんどん増やしていきたい。ビールをつくって、イベントをやって、本をつくって。そういうのに興味がある人が集まってまた店ができたり。そんな、自分が住みたいと思えるまちにしていきたい」。当面は、駅前のビールスタンドの常設化が目標だ。「来年はまた全然違うことをしているかもしれないんで」と池田さんは笑うが、仲間とまちの文化をつくっていく、その中心に『高尾ビール』はあり続けるのだろう。高尾のまちに、新たな文化の種子が芽吹き始めている。

DATA01 ● 高尾ビール おんがたブルワリー&ボトルショップ
東京都八王子市下恩方町1557 www.takaobeer.com

醸造所に併設されたビールスタンドには、池田さんが自ら立ってサーブしてくれる。「おいしいクラフトビール、飲みに来ませんか?」。
醸造所に併設されたビールスタンドには、池田さんが自ら立ってサーブしてくれる。「おいしいクラフトビール、飲みに来ませんか?」。


 

photographs by Hiroshi Takaoka
text by Takeshi Yamamoto

本記事は雑誌ソトコト2019年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。