「たなべ未来創造塾」から生まれる、もっとおいしい田辺。
2019.06.21 UP

「たなべ未来創造塾」から生まれる、もっとおいしい田辺。

LOCAL

温暖な気候のもと、山の幸、海の幸に恵まれた和歌山県田辺市で今、地域を豊かにする、新しいビジネスが次々と生まれています。そのビジネスを生み出す発射台が「たなべ未来創造塾」。田辺市が2016年から始めたローカルイノベーターの育成塾です。「稼げる」事業を産み出すヒケツを探ってみます。

若手の事業者や農家、料理人らが切磋琢磨する場。

世界文化遺産の「熊野古道」や、温暖な気候のもとで育まれる梅や柑橘といった農産物、黒潮が流れる太平洋で獲れる水産物など、多くの地域資源に恵まれた和歌山県田辺市。こうした地域資源の活用と、地域課題の解決に資する新たなビジネス創出や、「稼ぐ力」を持つ人材育成を目指し、田辺市が2016年に創設したのが「たなべ未来創造塾」だ。

8月18日に開催された「たなべ未来創造塾」で。会場は2期生の石山登啓さんが手がけたコミュニティスペース『シリコンバー(知理混場)』。
8月18日に開催された「たなべ未来創造塾」で。会場は2期生の石山登啓さんが手がけたコミュニティスペース『シリコンバー(知理混場)』。

地元の若手事業者や農家、料理人、デザイナーなどさまざまな業種で働く人々が塾生となっている。3期目となる今年は11人が塾生となった。

8月18日に開催された「たなべ未来創造塾」で。会場は2期生の石山登啓さんが手がけたコミュニティスペース『シリコンバー(知理混場)』。23塾生同士の議論も活発に。4塾長の真砂充敏市長。市長室の机は虫害を受けた「あかね材」を活用したもの。1期性や2期生で結成された『Boku Moku』が手がけた。
左/塾長の真砂充敏市長。市長室の机は虫害を受けた「あかね材」を活用したもの。1期性や2期生で結成された『Boku Moku』が手がけた。右/塾生同士の議論も活発に。

田辺市と共に同塾を運営するのは、「魚津三太郎塾」などCSV、コミュニティビジネスの分野で先進的なノウハウを持つ『富山大学(地域連携推進機構)』。そのほか、商工関係団体や日本政策金融公庫田辺支店をはじめとする地域金融機関などの「産学官金」が一体となった支援体制を構築している。

特筆すべきはエンゲージメント(つながり、連携)とビジネスの実践を重視していること。現在、3期がスタートし、全14回、2週に1回のペースで土曜日に塾を開催しているが、修了生である1期生や2期生も多く聴講に訪れている。塾の懇親会では、それぞれの思いや悩みを語り合い、互いに刺激を受けながら、地域課題をいかにビジネスにするかを考える。1期生、2期生が修了式で発表したビジネスプランのうち、約7割が実際に事業化されているという。

左/『富山大学(地域連携推進機構)』の金岡省吾教授。右/3期生たち。
左/3期生たち。右/『富山大学(地域連携推進機構)』の金岡省吾教授。

塾長でもある真砂充敏・田辺市長は言う。「塾生たちの事業化までのスピード感が予想以上で、地域が本当に活性化しはじめています。また、塾から発せられる『熱』が、塾生以外へも広がっていると思います。ただ、人がつながり、関係を育むには時間がかかるもの。そのことを忘れずに、若い人がチャレンジすることを市全体で応援していくことが大事だと考えています」。

修了した1期生、2期生は計24人。このなかでも特に、田辺市の「食材」を活かした事業展開をしている3人を訪ねてみた。

“コラボ”や“チーム”が生まれ、地域を楽しくする。

1人目は、2期生の野久保太一郎さん。30種類の柑橘と梅を育てる農園『十秋園』を家族で営んでいる。

野久保さんは農業と地域の魅力を伝えたいという思いで、地元の直販所『きてら』に取締役の一人として経営に関わっているほか、10年以上もの間、地元小学生とともに県外の小学生たちに柑橘を届ける活動をしてきた。

「たなべ未来創造塾」に参加して感じたのは仲間とのつながり。「講義とその後の“飲み会”で、みんなで意見を出し合いながら、自社の課題や地域の課題を解決するプランを構築していきました」という野久保さんは、同じ年齢の農家とともに「たなべアグリ48」を結成。魅力ある農家を増やし、次世代に農業を引き継ぐことを目的に、地域の子どもと一緒にみかんマルシェの開催や、耕作放棄地を山へ返すために、紀州備長炭の原材料となるウバメガシに植え替える取り組みなどを実施している。

1野久保太一郎さんの『十秋園』で。梅の土用干しの真っ最中だった。2『十秋園』では30種類の柑橘を栽培。32期生で『焼きたてぱんD’oh』の代表・淺賀由貴乃さんが野久保さんの柑橘を使ってつくったコラボパン「オレンジとカスタードのデニッシュ」とマーマレード。「せっかくのコラボなのでマーマレードは店の雰囲気に合わせてつくりました」と野久保さん。
左上/『十秋園』では30種類の柑橘を栽培。左下/2期生で『焼きたてぱんD’oh』の代表・淺賀由貴乃さんが野久保さんの柑橘を使ってつくったコラボパン「オレンジとカスタードのデニッシュ」とマーマレード。「せっかくのコラボなのでマーマレードは店の雰囲気に合わせてつくりました」と野久保さん。右/野久保太一郎さんの『十秋園』で。梅の土用干しの真っ最中だった。

また、「たなべ未来創造塾」の同期生で、修了前に早くもJR紀伊田辺駅近くでパン店『焼きたてぱんD'oh』を開業した淺賀由貴乃さんと連携し、加工品開発や“地域コラボぱん”への食材提供を行っている。

「人と人との交流の中で、地元の食材の価値を高めていきたいです。『未来塾』に参加したことで、その可能性が一気に広がりました。これからもいろんな人とつながりながら、農業でしっかりと稼いでいきたい。それが地域の農業を守ることになると思うんです」

次に訪ねたのは1期生の金丸知弘さん。イタリアで料理やマーケティングを学んだ金丸さんは食品加工で起業するため、16年4月に自然豊かな田辺市龍神村へ家族で移住した。

金丸知弘さんの住まいと店舗は、田辺市の『アトリエ龍神の家』を利用。温泉が有名な龍神村で、温泉以外の資源で、地域を結びながら人々が立ち寄る拠点になればという思いがある。
金丸知弘さんの住まいと店舗は、田辺市の『アトリエ龍神の家』を利用。温泉が有名な龍神村で、温泉以外の資源で、地域を結びながら人々が立ち寄る拠点になればという思いがある。

「食品加工で起業するのなら、初期費用も抑えられるため、地方がいいと考えていました。龍神村の決め手は自然の豊かさ。パイナップル以外はなんでも揃うのではないかというくらい豊富な果物、そして、水のおいしさがありました」と語る金丸さんは、移住から8か月後、地域の少量多品種の果物や野菜を使用した無添加ジャム、イタリア仕込みのパンを製造販売する『CONSERVA』をオープンした。「たなべ未来創造塾」で学んでいる最中での起業だった。

上段/予約すれば『CONSERVA』ではランチも食べられる。下段/梅と白こしあんのジャム、甘夏チョコレートのジャム、びわとラムレーズンジャムなど、毎月、新商品が開発されるジャムは20種を超えた。
上段/予約すれば『CONSERVA』ではランチも食べられる。下段/梅と白こしあんのジャム、甘夏チョコレートのジャム、びわとラムレーズンジャムなど、毎月、新商品が開発されるジャムは20種を超えた。

「移住して間もない頃だったので、『未来塾』を通じ、思いを共有できる仲間に出会えたことはありがたいことでした」という金丸さんは、同じく1期生の横田圭亮さん、中村文雄さんがJR紀伊田辺駅近くで、築約80年の空き家を利用して誕生させたゲストハウス『the CUE』のカフェ&バーのキッチン監修も行った。

金丸さんは今、『CONSERVA』近くの空き家を買い取り、移住体験や企業研修など、長期滞在が可能な宿泊施設にリノベーションすることを進めている。2期生で土地家屋調査士であり、空き家の活用にも意欲的な田中弘志さんに土地や間取りに関する調査をしてもらった。内装は横田さん、中村さんに相談するという。「『未来塾』でのつながりを大切にしながら、龍神村に来てもらえる拠点づくりにチャレンジしていきたいです」と話す。

最後に訪ねたのは、1期生で、柑橘や梅を栽培する『岡本農園』の岡本和宜さん。地域の課題である、畑を荒らすイノシシ、シカなどの獣害の問題を解決しないと自分たちの農業を守れないとの思いから、地元の若手農家とともに16年秋に『チーム HINATA』を結成。ビジネスとして成り立たせることで持続可能な取り組みにしていこうと、害獣を捕獲するだけでなく、今年の2月に完成した地元の食肉加工場と連携しながら加工・販売、さらには試食会を通じたジビエ料理の普及などの取り組みを実践している。

左上/『チーム HINATA』。左から更井亮介さん、湯川俊之さん、岡本和宜さん、辻田直樹さん、更井孝行さん。チーム名は、彼らの地元「日向」地区の名前から。 左下/『紀州ジビエ生産販売企業組合』とタイアップしてつくられた食肉加工場。事業の幅が広がった。 右/『the CUE』で更井亮介さんがつくる「鹿肉のロースト」と「the CUE ジビエバーガー with ポテトフライ」。
左上/『チーム HINATA』。左から更井亮介さん、湯川俊之さん、岡本和宜さん、辻田直樹さん、更井孝行さん。チーム名は、彼らの地元「日向」地区の名前から。左下/『紀州ジビエ生産販売企業組合』とタイアップしてつくられた食肉加工場。事業の幅が広がった。右/『the CUE』で更井亮介さんがつくる「鹿肉のロースト」と「the CUE ジビエバーガー with ポテトフライ」。

岡本さんは言う。「獣の命を奪うことはつらいことです。だからこそ、命を無駄にせず、食べるところまで取り組むことが大切なんです」。

そんな『チーム HINATA』の取り組みに共感し、長野県のフランス料理店でシェフをしていた更井亮介さんがUターンし、チームの一員となったのも広がりの一つだ。現在はイベントで腕を振るうとともに、『the CUE』の料理人としてもジビエのおいしさを伝えている。

耕作放棄地を活用する取り組みも始まっている。地元の保育所や福祉施設と連携して園外学習の場としてトウモロコシなどを栽培・販売したり、地域の女性の会などと協力して梅や柑橘などを使った地元の特産品づくりも行う予定だ。2年近く、地域のために活動してきたチームには数多くの協力者がいるのだという。

自分の思いを明確にして、一歩を踏み出す。すると、その熱は周囲へ伝わっていく。「たなべ未来創造塾」から生まれたつながりは、着実に地域へと広がっている。

野久保さんに、「田辺市を一望できるところがあります」と、『十秋園』の裏山を案内してもらった。太平洋を望み、山の幸、海の幸に恵まれた場所だと実感できた。
野久保さんに、「田辺市を一望できるところがあります」と、『十秋園』の裏山を案内してもらった。太平洋を望み、山の幸、海の幸に恵まれた場所だと実感できた。

 

photographs by Katsu Nagai
text by Kaya Okada

本記事は雑誌ソトコト2018年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。