秘密のバックヤード ー標本バカ 第七十五話
2019.07.03 UP

秘密のバックヤード ー標本バカ 第七十五話

DIVERSITY

僕の昼食はある意味、標本のために存在しているのかもしれない。

「スタッフ限定」というサインほど、興味をそそるものはない。つくば市の実験植物園内にある『国立科学博物館』の収蔵棟は、大型哺乳類の骨格標本の収蔵庫だけが植物園に来たお客さんに収蔵展示として公開されている。昨年からは、標本ができる博物館の裏側についても解説映像が流れるようになった。上野の展示施設では骨格標本の展示が少ないので、骨好きな人ならこちらのほうが楽しめるが、観光スポットとしては知名度が低い。それでもこの部屋で標本整理の作業をやっていると、興味深げに見てくれる人がいるので、うれしい。子どもが来てくれた場合には、僕の展示解説が始まることもある。 ただし観覧できる部分はほんの少し、もっと見たいという声も聞かれる。

見たい人がいれば、それに応えようとする人もいるもので、収蔵庫など博物館のバックヤードをテレビ番組で取材する依頼がある。収蔵庫の様子は誰が見たって驚くものがある。標本は解剖などの処理を経て作製されるものだから、その処理の様子にまで興味が湧く。番組によってはそこまで含めようということになるから大変だ。解剖の段階では血が出る。そして鍋に入れた動物の亡骸はどろどろのスープへと変貌し、そこから取り出して洗浄されてようやくきれいな骨となるのである。放送倫理の限界を超えている。

NHKの「サラメシ」の取材を受け、その放送があった。「ランチをのぞけば人生が見えてくる」と謳われる番組で、僕のささやかな昼食を撮影するのみならず、日々の仕事の様子まで併せて番組としたいということで、密着してくださった。僕の日々の昼食はカップラーメンだが、冬は100円ショップで購入できる鍋焼きうどんが多い。こんなもので番組として成り立つのかと心配しながら取材を受けた。素手で完全に腐敗したカモシカの頭を取り出して洗うところや、アカネズミの仮剥製を作製するシーンはカットされたが、博物館の裏側で行われる作業や、標本を無目的に集め、自分の研究のためだけではなくて、100年後の未来の研究者のために残していることが、よくわかるように編集されていた。こういう撮影ではタレントさんがやってきて、きれいなもの、気持ち悪いもの、そして作業室の臭気に驚いて騒ぎ立てるのだが、異例だ。自分の博物館活動を見直す機会にもなった。

鍋焼きうどんを昼食に食べることについて、妻の名誉のために書いておくが、僕が大好きだから志願してそのようにしているのである。ソース焼きそば(大盛り!)のほうはネズミからリスサイズの全身骨格を干すのにちょうどよい。時には数十点をまとめて処理して乾燥させるので、1か月分のソース焼きそばのカップがあれば大変便利である。そして鍋焼きうどんのアルミ鍋は「再利用禁止」と刻印されているが、そんなことはお構いなしに、ネズミやモグラの頭骨標本を手早く作製するために煮るのに使用できる。標本は死体のリサイクル的要素が強い存在物であるが、こういった昼食のゴミも再利用して、効率のよい仕事を行う。僕の昼食はある意味、標本のために存在しているのかもしれない。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

本記事は雑誌ソトコト2018年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。