まるで鰹のように。 ーかつお節伝道師は、“回遊”して関係を紡ぐ。
2019.06.25 UP

まるで鰹のように。 ーかつお節伝道師は、“回遊”して関係を紡ぐ。

FOOD

鰹を愛し、かつお節に生きる“かつおちゃん”こと、かつお節伝道師の永松真依さんは、東京・渋谷の『かつお食堂』を拠点に、日本各地の産地を定期的に訪問。あふれんばかりの「鰹愛」とともにある“回遊型”関係人口の形が始まっています。

あふれんばかりの“鰹愛”とともに。

かつお節は鮮度が命。おいしさを味わうには削り立てでこそという強い思いのもと、東京・渋谷の『かつお食堂』では、かつお節を削る姿も客の目の前でしっかり見せる、魅せる。かつお節伝道師の永松真依さん(通称“かつおちゃん”)が、かつお節を削るカウンターはさながらお立ち台。シュコッシュッコッという小気味よい音を立て、前腕・上腕の見事な筋肉を奮い立たせながら削る姿はなんとも美しい。

髪の毛は鰹カラーにんだブルーメッシュ、身に着けたオリジナルTシャツには「KATSUO100%」の文字。注文を受け、まるで彼女自身が鰹であるかのように狭い店内を動き回る間も、鰹トークが止まらない。

現在、月替わりで産地と作り手が違う5種類のかつお節を使用。今後は特徴が異なるかつお節を数種類用意して選べるようにしたいという思いがある。
現在、月替わりで産地と作り手が違う5種類のかつお節を使用。今後は特徴が異なるかつお節を数種類用意して選べるようにしたいという思いがある。

「かつお節って昔からある食材なんですけど、本当に知られていないことだらけ。かつお節にも種類があること、作っている人によって味が違うこと、そして産地のことを知って食べてもらうと、よりおいしくなるはずだから」。そんな熱い思いとともに語られるのは、かつお節のことから、鰹の漁法、漁場、運搬方法の違い、さらには削り器や削り方、出汁のとり方まで。そこにはもはや愛しかないと言っていい。

そうして提供された熱々ごはんの上で、薄く削られた艶やかなかつお節が躍っている。口へと運ぶと、芳醇な香りがふんわりと広がった。ああ、なんという幸せ。自然と顔がほころんだ。

力で削ると強い節になってしまうので、鰹の気持ちになって力を乗せてあげるのが削りの極意。すると薄く柔らかく、輝くかつお節になる。
力で削ると強い節になってしまうので、鰹の気持ちになって力を乗せてあげるのが削りの極意。すると薄く柔らかく、輝くかつお節になる。

 

現地に行くからこそ、「愛」を伝えられる。

永松さんは、鰹とかつお節への愛を軸に人や場所とつながる関係人口の形を築いている。鹿児島県の指宿市や枕崎市、高知県の土佐市、静岡県の西伊豆地域など、現在店で使っているかつお節の生産地を定期的に訪問。さらには、鰹が水揚げされる各地の漁港や、かつお節削り器がつくられる新潟県の燕三条地域にも頻繁に足を運ぶ。それを彼女は“回遊”と呼んでいる。

永松さん

「かつお節は単なる“もの”ではなくて、“人の思い”でつくられていると思っていて。かびを付けて発酵させてつくる本枯節は、出来上がりまで半年かかります。その間、大切なのはかびを付ける回数ではなくて、どれだけ大事に育てるか。大事につくられたものには“思い”が入っている。それがおいしさへとつながっていきます。そういう人や思いを大事にしたいから、現場には必ず行きます。毎回気づきがあって、たくさん勉強をさせてもらっています」

そうした場所場所で職人さんや漁師さんたちと信頼関係を築き、そこから得た学びや気づきを、永松さんは東京の『かつお食堂』で多くの人たちに伝え、確実に多くのかつお節ファンを増やしている。「自分の伝え方に“愛”があるって言ってもらえるのは、愛がある漁師さんや職人さんと会って、愛のあるかつお節に触れさせてもらっているからです」。

『かつお食堂』が一日50食限定なのは、かつお節を削る腕力の関係。毎日、1本半ものかつお節を削っているためこの数が限界なのだ。
『かつお食堂』が一日50食限定なのは、かつお節を削る腕力の関係。毎日、1本半ものかつお節を削っているためこの数が限界なのだ。

店や彼女がメディアに取り上げられた際には、産地への問い合わせが増えることも多く、衰退傾向にあるかつお節業界にもいい流れを生んでいる。

そもそもこれほどまでの“鰹愛”が芽生えたのは、6年前、永松さんが25歳のとき。会社勤めをしながらクラブ通いなどの夜遊びばかりしていたため、母親から少し落ち着きなさいと勧められて行った福岡県の祖母の家でのこと。学校の先生をしていて、あまり料理をするイメージがなかった祖母が、かつお節削り器を取り出して、おもむろに削りだしたのを見たときだった。「それまでスーパーで袋詰めされたかつお節しか知らなくて、もちろん削り器を見るのも初めて。結婚するときにおじいちゃんがくれたという削り器で、おばあちゃんはシワシワの手で一生懸命かつお節を削るんですよ。その姿に感動しちゃって」。

それ以降、どうしてだか自分でも説明できないほどかつお節にハマッてしまい、3年間かけて南は沖縄県宮古島市、北は宮城県気仙沼市まで、日本全国のかつお節生産者を巡る旅に出た。当時、茶髪だった永松さんが、10センチのヒールを履いたミニスカート姿で現れると、みんなたいてい驚いたというが、職人さんの声に話に耳を傾け、作業を見学して、ときにはともに手を動かすということをしながら関係を築いていった。

永松さんによる鰹画。「鰹って本当に笑うんですよ。まぐろと違って“手”が短いのもポイント。だから急カーブができないって、かわいいですよね」。
永松さんによる鰹画。「鰹って本当に笑うんですよ。まぐろと違って“手”が短いのもポイント。だから急カーブができないって、かわいいですよね」。

かつお節伝道師としての活動は、クラブイベントやライブハウス、フェスに透明の削り器を持って現れてかつお節を削り、かつお節ごはんやだしうどん、おでんなどを食べてもらうことから始まった。「当時は、いかにかつお節でおもしろいことをしようとか、人がやったことのないところで削ろうとかを考えて、見せること、パフォーマンスをメインにしていたんです。でも、あるクラブイベントでのこと。床にかつお節の削りかすが落ちてしまって、それを見た尊敬する女性から『本当にかつお節のこと好きなの?』と言われてしまったんです。『本当に好きなら、落ちたかつお節をどうにかしようと思うんじゃない?』って。ショックでした」。

本当に自分はかつお節が好きなのか。しばらく自問自答したのち、なにも考えずにかつお節を削ってみようとその年の年末、家族のために年越し蕎麦をつくって振る舞った。「そのとき、味にうるさい姉が出汁を飲み干してお代わりする様子を見て、私はやっぱりかつお節大好きだなって思って。それまではかつお節を“もの”として見てしまっていたけれども、やっぱり食べるおいしさでちゃんと伝えていかないとなって再確認したんです」。そのためには自分のホームグラウンドが必要だと思い、2017年11月に『かつお食堂』の営業を開始した。

店内にはかつお節職人の写真や鰹に関する本のほかに、鰹一本釣り漁のドキュメンタリー映像を流す「かつおシアター」まであり、まさに鰹づくし。
店内にはかつお節職人の写真や鰹に関する本のほかに、鰹一本釣り漁のドキュメンタリー映像を流す「かつおシアター」まであり、まさに鰹づくし。

かつお節を未来へ伝え続けていくために。

『かつお食堂』で削り立てのかつお節ごはんを食べる人を見ていると、世代を超えてみんながいい顔になっていく。「かつお節には、人を笑顔にするし、温かい気持ちにさせてくれるパワーがある。『かつお食堂』ではそういうものを伝えていきたいと思っているんです。とはいえ、鰹をおいしく味わってもらうには現地に足を運んで、鮮度のいいものを食べてもらうのが一番。この場所を軸に地域とも繋がっていきたいです」。

ここ最近“かつお節ブーム”と言われることもあるが、永松さんはブームで終わらせる気はまったくない。「私たち日本人は縄文時代から食べ続けてきた鰹をどうにか保存するため、知恵を絞ってかびを付けて発酵させる今のかつお節を江戸時代につくりました。かつお節は昔からあり続けるもので、この先も絶対に絶やしてはいけないもの。鰹やかつお節の産地だけでなく、日本全体でちゃんと盛り上げていきたいですね」。そう強く言い切る永松さんの瞳はキラキラと輝いていた。

鰹のことを考えない日はない!? かつおちゃんの日常を覗き見。
鰹のことを考えない日はない!? かつおちゃんの日常を覗き見。

かつお食堂
東京都渋谷区渋谷1-6-4 The Neat青山1F
不定休のため営業時間は、Instagramでご確認ください。
www.instagram.com/katsuoshokudou

 

photographs by Hiroshi Takaoka
text by Kaya Okada

本記事は雑誌ソトコト2019年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。