置いてきた記憶 鈴木理策×青森県十和田市
2020.10.15 UP

連載 | 写真で見る日本 | 12 置いてきた記憶 鈴木理策×青森県十和田市

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 旅に出て知らない土地に撮影に行く楽しみは、初めての風景に出合う期待でもある。青森県内には繰り返し訪れてしまう場所がいくつもあり、自分の写真にとって大切な土地になっている。

 写真を始めたばかりの頃は、撮影場所で見た風景と出来上がる写真とのあいだに差がないものが良い写真なのだろうと、ぼんやりと考えていた。一般的に、写真を撮ることは、見ることをそのまま画面に引き写す行為と思われがちだが、出来上がった写真を見る時、そこに現れているのは、今とは違う場所、異なる時間であり、かつて経験した風景のほんの一部分でしかない。もちろん音もなく、動かない。だが、圧倒的なこの「足りなさ」は自分の中で眠っていた記憶を鮮烈に呼び起こしたり、静止した風景の中に新たな発見を誘ったりする。これは写真の大きな魅力だと思う。写真を撮った時には気づかなかった要素や見落としてしまっていたもの、そうした細部が静止した写真には満ちている。旅先で撮影した動画を見返すのとは異なる、より能動的で現在的な経験。写真を見ることは、撮影時の時間にもう一度連れ戻されるようであり、過去に出合いなおす喜びがある。

 青森ではいくつもの作品を作ってきた。1996年に発表した「15:10 Osorezan」は霊場・恐山を主題としている。イタコで有名なこの山は、歩いて行ける地獄とも呼ばれ、日本の原風景として数多くの写真家たちが撮影してきたが、私が恐山を撮りたいと思ったのは、日本写真史において重要な場所に対する興味だけではない。当時は、写真を連続的に構成することで映像的な経験をもたらす作品に取り組んでおり、東京から本州の最北部に位置する有名な山を目指して移動する、その過程で変化する場の空気を表そうと思ったのだ。恐山の風景は超越的で、非常にフォトジェニックだが、「あの世」に向かって行く中で出合った光景もこのうえなく魅力的だった。

鈴木理策

 歌人であり演劇家でもある、青森県出身の表現者・寺山修司の生い立ちを辿って撮影したこともある。ひとりの人間の軌跡をさまざまな場所から感じ取り、彼が見たかもしれない風景を撮影してゆくことは、目の前の風景を記録するだけでなく、むしろ寺山の視線を経験するかのような楽しさがあったと思う。

 印画紙の紙の白さに雪の白を表現すること、その境界線に挑戦してみたいと考えて制作を始めた雪のシリーズの撮影では、冬の八甲田山に通った。ほとんど雪の降らない土地に生まれ育った自分にとって、深く厳しい冬山での撮影は大変なこともあったが、撮影時の過酷な状況は写真には現れず、その時に感じた光の眩さだけが再現されている。

鈴木理策

 現在も青森で撮影を続けているのは、水面に映し出される風景のシリーズだ。静かな木立に囲まれた水のきれいな場所が青森県内には数多くある。なかでも蔦沼と十二湖には、十和田市にある蔦温泉に投宿し、繰り返し撮影に訪れている。コロナ禍の中、思うように撮影に出かけることが難しい状況が続いているが、遠く離れていても、いまこの瞬間にも、あの水面に雲が映り、その上で枝葉が揺れていることを想う。撮影で訪れたそれぞれの土地に降り積もる場の記憶を持ち帰ってきたからだろうか。もしかしたら、それぞれの場所に私の記憶も置いてきているのかもしれない。

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鈴木 理策

すずき・りさく
1963年和歌山県新宮市生まれ。一貫して「見ること」への問題意識に基づき、熊野、サント・ヴィクトワール山、桜、雪、花、ポートレート、水面等のテーマで撮影を続ける。写真集に『知覚の感光板』(赤々舎)、『Water Mirror』(Case Publishing)、『Étude』(SUPER LABO)、『SAKURA』『曇天記/写真』(共にedition nord)、『Atelier of Cézanne』(Nazraeli Press)など。