ヘルシーなのにリッチ! 和食の旨みの魔法。 ー発酵文化人類学 第二部第13回
2019.07.02 UP

ヘルシーなのにリッチ! 和食の旨みの魔法。 ー発酵文化人類学 第二部第13回

FOOD

最近ヨーロッパでの仕事が増えてきました。ここ数年にわかに和食ブームの進化系である、和食発酵ブームが起きつつあるようです。向こうでメジャーなワインやパン、ヨーグルトなどの原理とはまったく違う不思議な世界に「もっと詳しく教えてプリーズ!」と注目が集まっているようなんだよ。

ヘルシーなのにリッチ

今一緒にプロジェクトをやっているのは、イタリア・ローマにある微生物研究所。僕の専門である麹を使った和食の発酵技術を応用して、イタリアの食生活に合った発酵食品を一緒に考えてほしいという依頼なんだね。

で、そこにどんなニーズがあるのかというとだな。イタリアと言えば世界屈指の美食大国なのだが、同時に生活習慣病や肥満で健康状態を崩す人も多いという現実がある。地域にもよるが、イタリアの郷土料理は肉や油をこれでもか!と使ったこってりしたものが多い。美味しいんだけどコースをちゃんと完食したら僕のような胃腸弱すぎ野郎はグロッキーになってしまう。それは僕の体質のせいかしら? と思っていたら、実はイタリアの人にとってもトゥーマッチな感じのよう。

そこで和食の発酵(とりわけ麹)の出番なのであるよ。例えば醤油。原料は穀物(大豆や麦)と塩のみだが、麹菌や各種微生物の分解作用を経ることで、濃厚なアミノ酸群、つまり旨み成分が濃縮されている。この醤油をちょろっと食材にかければあっという間にリッチな料理ができてしまう。イタリアはじめヨーロッパの伝統的な料理と違い、大量の動物性タンパクや脂分を使わずとも、満足感のあるリッチな風味を演出することができる。ヘルシーなのにリッチ!という「見た目華奢なのに脱いだら細マッチョ!」的なサプライズが和食(もっと言えばアジア)の発酵文化の真髄なわけなのだよ。

水を食べる文化

発酵調味料をフル活用した和食は「さらっとしたリッチさ」と表現できるかもしれない。例えばスープ文化でいうとだな。日本は味噌とダシを、ヨーロッパはスープストック(ブイヨン)をベースにスープがデザインされる。動物の肉や髄、野菜などを長時間煮込みまくってドロドロにしていくヨーロッパのスタイルに対して、お湯のなかにさっと味噌とダシをくぐらせて出来上がりの水っぽいスープが日本のスタイル。調味料もダシもさらっとしていて脂分がほとんどないので、こってりしたヨーロッパ料理を食べまくって日本に帰国したら、まるで日々水を食べているような感じなんだね。ほら、主食も炊いた(煮た)ご飯と焼いたパンでしょ。とにかく和食は水っぽい。でもそれなりにリッチな満足感や旨味があるのは、麹を主体にしてつくりあげた複雑系発酵のテクノロジーのおかげなのであるよ。

これは、カロリー過剰になりがちな現代社会に対するひとつのおもしろいソリューションなのかもしれない。美食をガマンしなくても、ヘルシーでリッチな食を楽しめる。しかも環境負荷の高い畜産ではなく、生産性の高い穀物や野菜でそのリッチさをつくりだすことができる。しかも発酵マジックによる健康機能もいっぱい。全世界が和食スタンダードになる未来は想像できないが、和食の核となる日本的な発酵技術を世界各地の食文化のなかにインストールしていくことができたら結構悪くない感じかもしれないよ。それではイタリアへ行ってきまーす!

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2018年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。近著に『発酵文化人類学』(木楽舎)。