旨みの起源、魚醤の魅惑の香り ー発酵文化人類学 第二部第12回
2019.07.09 UP

旨みの起源、魚醤の魅惑の香り ー発酵文化人類学 第二部第12回

FOOD

中国では、旨みの溜まった保存食品・調味料を総称してと言います。この醤には竹や梅などで造る草醤、豚や鳥の肉などで造る肉醤、豆や麦などで造る穀醤、魚介類で造る魚醤などさまざまなカテゴリーがあり、中国を旅すると超絶美味なものから「なんだこりゃ?」と首をかしげざるを得ないヘンテコなものまで多種多様な醤と出合います。って宗教により肉食が禁止され、水田耕作で穀物を多く栽培していた日本では醤油や味噌の穀醤が調味料のスタンダードになりました。しかし、海岸部の土地を見てみると秋田のしょっつるや石川のいしるなど魚醤の伝統もいまだ健在。今回は穀醤の陰に隠れがちな魚介系調味料についてお話ししようではないか。

魚醤=調味料の原点

10年ほど前、発酵について調べ始めた頃にカメルーン出身の友人が「ヒラク君、これ私の国の発酵食品」とお土産を持ってきてくれたのですが、それがなんと魚醤!「なぜアフリカに醤の文化が?」と思って魚醤について調べ始めたら、実は魚醤というのは人類における発酵調味料の原点と言ってもよさそうなぐらい普遍的かつシンプルなものなんだね。川や海で捕れる、それ単体では食材にならなそうな小さな魚を塩漬けにして器に仕込んでしばらく待つと、魚自身と発酵菌の消化酵素によってドロドロに溶けてもろみ状の旨みのカタマリができる。秋田のしょっつるではハタハタ、石川のいしるではイカの内臓、そして地中海地域でメジャーなイワシのアンチョビなども魚醤の一種と言える。要は「魚がドロッと溶けた調味料」が魚醤であり、世界各地の魚が捕れる土地で同時多発的に発達していった発酵文化なのだね。

ベトナムの魚醤味噌

世界各地に分布しているであろう魚醤文化において首都と言えるのがタイやベトナムなどの東南アジア。その実情が知りたくて、こないだベトナムの魚醤「ニョクマム」の現場に入ってきたのだぜ。訪ねたのは中部の古都・フエから車で一時間ほど行った小さな漁村。そこに家族経営のリアルローカルな魚醤メーカー数社が固まって昔ながらの醸造業を営んでいる。蔵のすぐ裏に入江があり、その茶色い海水を網ですくうと小さい雑魚がめちゃいっぱい捕れる。

資料を見るとニョクマムの主原料はカタクチイワシとなっているんだけど、現場を見るとどう考えてもイワシっぽくない雑魚もいっぱい入っている。こういう小魚類をのなかにドバッと入れて20~30パーセントの高濃度の塩で漬け込み、野外に放ったらかしておく。数か月経つとドロドロに溶けたもろみと上澄みが分離してくる。手桶でその上澄みを布で濾してボトル詰めしたら出来上がり。放ったらかしたら、搾らずに濾すだけの今からアナタも台所でできる超絶DIY醸造にビックリ!

で、ひとくち舐めてみたらこれがまた尋常じゃないくらい旨みが濃い。日本酒の旨みが酒粕に詰まっているように、実は醤の旨みは搾りかすであるもろみにたくさん詰まっているんだね。

そんでもって僕がさらに驚愕したのは、この濾した後のもろみを布に包んで水分を抜いてペースト状にしてもう一度発酵させて「魚醤味噌」にするんだよ。そのかぐわしき香りと濃厚な旨み、なんかどこかで食べたことがあるようなと思っていたら、なんと愛知県岡崎名産の八丁味噌だった!

この魚醤味噌は、肉や魚と一緒に炊き込んで、そのうえに香草類をたっぷりかけた炊き込みご飯にしたりするんだろう。いやこれは東南アジア飯の原風景ではありませんか。かように魚醤は発酵の原点、旨みの原点なのであるよ。 

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2018年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。近著に『発酵文化人類学』(木楽舎)。