移住に悩んだ経験をいかして起業。海の家のコワーキング、Sea Point NIIGATA
2020.10.24 UP

移住に悩んだ経験をいかして起業。海の家のコワーキング、Sea Point NIIGATA

LOCAL

 新潟・関屋浜にある「Sea Point NIIGATA」は、もともとは夏場だけオープンする、いわゆるふつうの海の家だった。それをオーナーから借り受け、新しいかたちの海の家としてリニューアルオープンさせた、鈴木博之さん。現在は共同経営者の星亜矢子さんと一緒に店を運営しながら、自身も東京からUターンしてきた経験をもとに移住支援の活動も行っている。カフェやバー、コワーキングスペースを併設するSea Point NIIGATAは、今では季節や地域を問わずさまざまな人が集い、新たな仕事や交流を生む拠点になっている。

Sea Point NIIGATA_コワーキング

そんな現在のSea Point NIIGATAは、発起人の鈴木博之さんが新潟市へUターンを決意するところから始まる。

働く意味を見失った、東京での生活。

 大学進学のために上京し、卒業後もそのまま東京で就職したものの、初配属の地は地元の新潟市。それまで地元には「つまらない」というイメージがあった鈴木さんだが、社会人として地元で働き始めると、いつしか身近な人間関係のなかで仕事をするおもしろさや、地元に貢献できるやりがいを強く感じるようになっていた。しかし、新潟で5年間働いたあと東京への転勤が決まり、ふたたび新潟を離れることに。

東京

 東京での生活は、仕事に追われる毎日だった。次第に「なんのために仕事をしているんだろう?」という疑問が浮かぶようになる。「自分には新潟のほうが合っているのかも」。そんな思いが募りつつも、なかなか踏み出せないまま働くうちに、体調を崩して会社にも行けない状態になってしまった。

鈴木さん「新潟にいたときは、自分の仕事が地域に必要とされているのを感じる瞬間もありましたし、地元の友達や友達のお父さんと仕事する機会もあって、つながりが近いところで仕事をするおもしろさややりがいを感じていたんですよね。でも東京ではそういうことが感じられなくなってしまって。ただ、『新潟に帰りたい』と思っても、自分に合った仕事が見つからなかったり、お金の面もあって『やっぱり自分は帰れないや』と躊躇してたんです。それでずっとモヤモヤしながら仕事をしてたら、体を壊して会社に行けなくなってしまいました」

「自分も仕事で悩んだんだから、なんとかしたいと思った。」

 そこでじっくりと自分自身の身体や気持ちに向き合った末、新潟へUターンすることを決意。「自分に合った仕事がない」と感じた実体験をもとに、もっと自由に仕事や交流が生み出せる場づくりを目指すことを決めた。

鈴木博之さん
鈴木博之さん。2015年に10年以上勤めた会社を辞め、新潟市へUターン。退職後、株式会社ニイガタ移住計画を立ち上げ、現在はSea Point NIIGATAの運営や移住支援を行う。

 そうして移住を決めてから、とにかくまずは新潟の知り合いを増やそうと、東京や新潟で行われる県内出身者の集まりや、さまざまなイベントに顔を出すことから始めた。移住先が地元ということもあり、「準備らしい準備はそこまでしなかった」という鈴木さんだが、事前に地元の先輩や知り合いに相談するなど地域のつながりを活かしつつ、同時に新しい人脈も広げながら情報を集めていたのだそう。

鈴木さん「新潟市はけっこう大きいということもあって、本当にいろんな人がいるし、どこから入っても全然問題ない、という感じでした。だから、地域に入り込んでいく難しさみたいなのはそんなに感じなくて。地方の出会いは“一期一会”というよりも『まあ、また会うでしょ』みたいな、ずっとつながっている感覚があります。一度疎遠になった人がいても、どこかでタイミングが合って、また出会ったりする。そういうつながりの強さを感じています」

海の家、Sea Point NIIGATAとの出会い。

 そんな鈴木さんとSea Point NIIGATAとの出会いもまた、多くの人とつながっていくなかで生まれた出会いだったのだそう。

日本海_夕日

 新潟での起業を決め、具体的になにをしようか考えていたなかで、コワーキングスペースなら、利用する人と人がつながることで新たな仕事が生まれたり、複業といった新しい働き方を発信していく拠点になるのでは、と考えるようになった。じゃあ場所はどうするか? やっぱり新潟らしい場所が良いな、と思っていたとき、日本海に沈む美しい夕日と、シーズンオフで閉まったままの海の家が目に入った。

鈴木さん「新潟の関屋浜には海の家が年中建ち続けているのに、夏場しか使っていなかったんです。使ってない時期はきっと家賃も安いだろうし、しかも新潟駅から車で15分くらいの場所だったので、可能性があるんじゃないか?と思いました。ただ、つても何もなかったのでどうしようかなと考えて、とりあえず名刺に『海の家のオーナー探してます』って書いて探してみたり。全然なにも決まってないのに『関屋浜で海の家のコワーキングスペースやります』みたいなことを言う、ただの怪しい人でしたね(笑)」

 関屋浜の海の家にコワーキングスペースを作る。まだなにも決まっていないなかで、その思いは確信に変わり、とにかく思いつくままに海の家のオーナー探しからスタート。そしてあるとき、高校時代の友人を通じて紹介してもらったのが、もともとSea Point NIIGATAを経営していた福井さんだった。

Sea Point_外観
Sea Point NIIGATA。かつては「福井亭」という名前で、50年以上前から多くの人に親しまれてきた。当時のオーナーが1992年に改装し「Sea Point NIIGATA」に改名。2015年、運営委託のかたちで鈴木さんが運営を担うことになる。

鈴木さん「福井さんに『夏場以外で、ここで地方活性化みたいなことをやりたいんです』と伝えたら『なにを言ってるのかよくわからない』と言われて(笑)。そのときちょうど夏前で人が足りなかったので『まず働けや』ということで、いきなり海の家で働くことになりました。働いてるうちに福井さんも『よくわかんねえけど、なんかお前良いやつそうだから、まあいいわ』みたいな感じになって。夏場もこれまで通り使えるならやってみてもいいよ、という感じでOKをもらえたんです」

 そうして、海の家のコワーキングスペースを実現する拠点がいよいよ決定。新潟に戻ってきてから約半年後、2015年7月のことだった。

文:Miho Aizaki

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