発酵における東西の境界線はインド? ー発酵文化人類学 第二部第9回
2019.07.07 UP

発酵における東西の境界線はインド? ー発酵文化人類学 第二部第9回

FOOD

最近、僕の周りでは発酵界とスパイス(カレー)界の交流が盛んだ。お互いまったく違った世界観と系譜ながら、異常に奥深い文化なので話が止まらなくなる。気づいたのが、どうやらスパイス界の中心地であるインドあたりが発酵における「東西の境界線」なのではないか、ということなのだね。

西の系譜、東の系譜

ここ2、3年ヨーロッパの人に向けて日本の発酵文化についてのプレゼンをする機会が多いのだが、日本でやっているのと同じ話をすると「えっ、どういうこと?」というリアクションになる。このピンとこない感は何なのであろうか……と考えていくうちに思い至ったのが「西と東では発酵の系譜が違う」ということだったんだね。

西の系譜は、パンやワインなどの酵母を使った発酵やヨーグルトなどの乳酸菌を使った乳の発酵がメインだ。対して東(アジア)の系譜は、麹をはじめとするカビをスターターとした旨みの強い加工食品や調味料がメインになる。西は比較的シンプルなバリエーションの微生物で醸すのに対し、東は関与する菌の種類がものすごく多く、複雑系の風味が生まれる(もちろん西にも複雑な発酵食品があるのだが傾向として)。

つまり何が言いたいかというとだな。同じ「発酵」といっても、西と東の人ではイメージしているものが違うということなんだね。「アイドル」と聞いて思い浮かべるのが、ある人にとってはビヨンセ、別の人にとってはAKB48だとしたらアイドルという定義はゲシュタルト崩壊するしかないでしょ。だからまず、「私たちにとってのアイドルは若い女の子がいっぱいいるグループであり……」と自分の系譜を説明するところから始めなければいけない。

それを発酵に置き換えると、「私たちにとっての発酵とはいろんな微生物をいっぱい関与させた食文化であり……」というところから西と東の系譜を切り分けて説明すると「なるほどね!」という風になるんだね。ポイントは「麹(カビ)」というプロデューサーをスターターにすることで、プロセスが進むごとに関与する微生物の種類が増えていく東特有の発酵原理だ。これによって西の文化には見られない「旨み」が発生するのだね。

カレーに見る旨みの境界線

話を冒頭に戻す。系譜の違う西と東を分かつボーダーはどうやらインドあたりになりそうだ。東南アジアを抜けてこのあたりに差し掛かると気候は酷暑かつドライになり、東特有の発酵カビの生育には適さなくなってくる。同時に乾燥した気候に強い酵母、畜産と相性のいい乳酸菌が活躍するようになる。ナン=酵母、ラッシー=乳酸菌、そしてスパイスのカレーで消化と新陳代謝を促す。

カレースターの称号を持つ水野仁輔さんと話していた時に「日本ではカレーを作るときに玉ねぎを茶色になるまで炒めるが、インドではやらない」という話題が出た。発酵畑の僕から見ると、玉ねぎを炒めるというのは味噌が熟成して旨みができる現象と一緒だ。

このエピソードは、カレーに旨みを求める東と求めない西の系譜の違いをあらわしているのではないか? と僕の仮説をスパイス界に伝えたらば「ヒラク君、インドに行ってきなよ! たぶん西と東の境界線は西ベンガル州~バングラデシュのあたりになると思う。そこに行けば旨みとスパイスが入り混じった不思議な世界を見られるかもしれない」というレコメンドがあった。こここ、これは絶対に行くしかないではないか……!

近々この仮説を裏付けるために旅に出るので、そしたらまたみんなに報告するぜ。
 

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2018年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。近著に『発酵文化人類学』(木楽舎)。