ぽかん
2020.10.20 UP

連載 | こといづ | 99 ぽかん

DIVERSITY

 よっこいせっ。日に日にお腹が大きくなっていく妻と過ごしていると、僕も妊婦になったような気がしてくる。お腹をかばうように立ち上がったり、転ばないように階段を下りたり。元々、不思議とお互いがつながり合うことがあって、例えば、頭の中だけで声を出さずに歌っていると、妻がその続きを歌い出したりする。「あれ、その曲、なんで分かったん。なんで伝わったんやい」とテレパシーみたいなことは前からしょっちゅうある。

 コロナの影響で、幾分世の中が変わったように感じるけれど、この静けさのなか、僕たち夫婦は新しい暮らしの準備をゆっくりとすることができた。引っ越してきた頃のように、あらためて家を眺めてみると、全く使わなくなってしまった物が結構あった。思い切ってさっぱり処分してしまうと、今度は部屋そのものを全く使えていなかったことに気づく。うちの家は二人暮らしには広すぎて、部屋数も多すぎるのだけれど、どの部屋も同じような使い方をしてしまっていた。ソファーがあって、床に寝転ぶところがあって、絵を描く机があって、ピアノがあって。部屋でしたいことがそれくらいしかないのだから仕方がないのだけれど、同じ機能を持った部屋がたくさんあっても仕方がない。心を入れ替えて、この部屋は台所関係、あっちは衣装部屋、こっちは倉庫、と頑なに分けてしまったら、ぽかんと大きな空間が残った。旅館みたいに空間だけが広くあって特になんにもない部屋というのは、ほんとうに居心地がいい。そうそう、こんな暮らしがしたかった。7年振りにようやく引っ越しが終わった気持ちになった。

 家の中はもちろん、周りの樹々もいつの間にか家を覆い隠すほど大きくなっていたので何日もかけて伐採した。1本切り倒す度に、さんさんと光が降ってくる。近景になにもなくなると、中景や遠景に目がいくようになった。心がのびのび広がっていくと、こちらは身軽になって、また子どものように一からなにかを始めたくなってくる。

 おもしろいことが起こった。いつものようにピアノに向かって作曲していて、もう十分作ったなあと、ぽかんとしていたら、頭の中で曲が鳴っている。ピアノを弾いてみたら、ああ、これはお腹にいるあの子が作った曲やなと、なぜかそう感じた。今までも、曲が生まれる時は、誰かがやってきて、その人が歌いたいんやなとか、もう亡くなってしまった人とつながったのかなと思うことがあった。もちろん、自分自身からも出てくるのだろう、忘れていた子どもの頃を思い出したり。思い返せば、過去からのつながりを感じ取って曲をつくっていたのかもしれない。でも、今回の曲は、なにか、僕は知らない、あたらしい子が全く知らない未来に伸びていく曲やなあと感じた。これがお父さんになっていくってことなんだろうかな。よし、今日から、もっとぽかんとしてみよう。

文・高木正勝
絵・たかぎみかを

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高木正勝

たかぎ・まさかつ
音楽家/映像作家。1979年生まれ、京都府出身、兵庫県在住。長く親しんでいるピアノで奏でた音楽、世界を旅しながら撮影した“動く絵画”のような映像、両方を手掛ける。細田守監督最新作『未来のミライ』の映画音楽をはじめ、CM音楽などコラボレーションも多数。2018年11月、この連載をまとめた初の著書『こといづ』を木楽舎より上梓。 www.takagimasakatsu.com