今週の自分もよくやった、となんとか思うために。
2020.10.28 UP

連載 | ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ | 44 今週の自分もよくやった、となんとか思うために。

DIVERSITY

 僕はひとたび酒を飲むと深酒まっしぐらで、「たしなむ」なんてことができないままこの歳になった。この歳といっても32歳なので「若者だから」も「おじさんなので」も言い訳にならない微妙な年齢で、正真正銘ただの成人男性として「どうにか酒を飲みたい」という生々しい感情を直視しながら、週末になると苦笑いで、苦笑いごと飲み込むように酒を飲んでいる。

 まず単純に酒に強いのがよくない。酒を飲んで吐くことはまずないし、二日酔いと言ったって一日気怠さが残る程度のものだ。だから飲酒から得られる喜びと不快を天秤に掛けた時、いつも前者が勝ってしまい飲み過ぎてしまうわけで、まあ喜びが勝つならいいじゃないですかと思いかけるのだが、その喜びの正体が自分としては気に入っていない。

 結論から言って、僕が酒に求めているのは「開放感」だ。より正確に言えば“解放”感。何かから逃げるように酒を飲んでいる。ならば「あなた、何にとらわれているんですか?」と自分でも不安になるので、今日は暇だったし、その正体を探っていたのだけど、ふと旧友・Nのことを思い出した。

 Nは新卒で入社した会社の同期で、内定者時代から仲がよかった。僕らの会社は新人に新人らしさを求める会社で(今はそんなこともないらしいが)、たとえば、いかに飛び込み営業の数をこなし、名刺をたくさんもらってこられるかが評価の基準となっていたし、朝は当然、先輩たちより早く出社しなくてはならなかった。22時に一斉に照明が落ちる仕様のオフィスだったので、消灯したら新人が操作パネルに駆け寄り、先輩よりも先に電気をつけなくてはならない、というルールもあった。

 僕はそういうのが至極苦手で、なんとかこなす毎日だったのだけど、Nはというと、堂々とそれらができないまま新人生活を送っていた。先輩たちから何を言われようと、体育会出身者ならではの威勢のよさで乗り切ろうとしていたし、実際乗り切っていた。僕はNのそういうところが羨ましくもあり、だからこそ鬱陶しかった。

 そんなNと言い争いになったのは、入社して半年くらいの頃だった。その日は、オフィスで二人して残業していた日で、僕ら以外に人は見当たらなかった。例に漏れず22時にオフィスの明かりは消え、僕が重い腰をあげて電気をつけにいこうとした時、Nが遠くのデスクで背中を丸めてラーメンを食べているのが目に入った。

 僕はそれに無性に腹が立った。気づいた時にはNのデスクまで駆け寄り、「お前、なんで電気、いっつもつけへんねん!」と叫んでいた。そのまま畳み掛けるように、Nに感じていた不満をぶちまける。Nは最初呆気にとられ、箸を掴んだままぼんやりとこちらを見ていたが、次第に目に強さが宿り、立ち上がって反撃を始めた。「だいたいお前、なんで朝こーへんねん!」「今日は来たやろ!」「今日は知らんねん!」

 僕らの話はそんな感じで終始何を話しているのか分からないままに続いた。そして「お互い疲れているのだ」ということを悟ってからは押し黙り、しばらく沈黙が続いた後に、Nが大きな声で言った。

 「俺はな! 俺なりに! 頑張ってるねん!」。

 本当にムカつくなと思った。だけど僕は、ことあるごとにこの言葉を思い出すようになった。いつになったら、Nみたいに目を丸くしてあんなことが言えるのか、そういつも考える。昔から劣等生で、ゲイで、会社員生活も馴染めずにやめてしまった自分は、今も誰かからの期待に応えられる自分でありたいと強く願いながら、同時にその期待に怯えて生きている。「期待」というものから週末くらい逃げたい。だから酒を飲む。つまりはそんなとこだろう、と今日考えていて思った。

 ちなみにNは、「僕ら、50点の仕事もできてないやん」と言った僕に、「50点が、今の俺らの100点なんやんか」と、励ますように言った。僕はなんでお前が励ますねん、と思ったが、週末になると「今週も100点でした」と唱えるようになった。Nとは今も仲がいい。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。