全国からスタッフが集まるFC今治のみなさん、移住の決め手は?
2020.11.04 UP

連載 | FC今治が、今治.夢スポーツである理由。 | 12 全国からスタッフが集まるFC今治のみなさん、移住の決め手は?

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FC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツは、立ち上げ当初の段階からスタッフが全国から集まった、移住者が多く集まった企業だ。

今、ワーケーションや移住が再び注目を浴びているが、全国からスタッフが集まっている点をみれば、いわば移住による企業運営がうまくいっている事例の一つでもある。

今回は、株式会社今治.夢スポーツの皆さん一人一人に着目して、どうしてここで働いているのか聞いてみました。

FC今治

池村 麻美さん(マーケティンググループ)

どこから今治へ来ましたか?

もともと今治出身です。高校卒業後、札幌の短大へ進学し、卒業後そのままコナミスポーツクラブに就職し体育コーチになりました。そこで13年務めたのちに、東日本大震災を機に退職し今治へ帰ってきました。

なぜ株式会社今治.夢スポーツを選んだのですか?

コナミスポーツクラブを退職後に東日本大震災の被災地支援を本格的にやっていく中で、現地の人から『いつ死ぬか誰もわからない。だから、今を大切に、周りの人に感謝しながら生きて』というメッセージをたくさんいただきました。
そのなかで、生まれ育った今治に恩返しをしたいという気持ちになり、自然と今治へ戻ることを決めました。

池村さん

今治の良さと不便さを教えて下さい。

良いところは、食べ物が美味しくて、自然豊かで景色も綺麗で四季を感じれるところです。
不便なところは、札幌や神戸にいた時より情報が入って来づらいところです。必要な情報は、自分から意識して取りに行かないと置いていかれる感じがしています。

地域との関わりで感じることは?

FC今治のホームタウンの今治市は、イベント参加や広報支援、またFC今治の応援グッズを各課で取りまとめてくださって購入してくれたり、一緒に盛り上げてくれてるのをいつも実感しています。
毎試合ホームゲームのときは今治市としてブース出店をしてくださってますが、夏場の暑い時期には熱中症対策のアドバイスを私達にしてくれたりなど、現場でのサポートも心強いです。

河﨑 梨乃さん(ヒューマンデベロップメントグループ)

どこから今治へ来ましたか?

愛媛大学を卒業後、住んでいた松山から今治へ来ました。

なぜ株式会社今治.夢スポーツを選んだのですか?

当社の企業理念である「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」とに共感したからです。
大学で森林について学び、自然の中での体験活動や、様々な体験が、心の豊かさに繋がるのでは、そういった人が増えればいいなと思っている中で、この会社を見つけました。
この会社なら心の豊かさに繋がる活動できると思い、直感で飛び込みました。
また、環境問題にも興味があり、そういったことでも世の中のために出来ることがあるんじゃないか、
自分の中で関わってみたい「自然と人」「環境問題」など、そんな要素がこの会社には詰まってると感じ、夢スポーツを選んだ次第です。

河崎さん

今治の良さと不便さを教えて下さい。

良いところは、島にふらっと遊びにいけたり、地域全体が穏やかで心が落ち着くところです。
不便なところは、公共交通機関が都会と比べると少ないので、車がないと生活していくのが難しいところです。

地域との関わりで感じることは?

サポーターや地域のみなさんの笑顔を直接見ることができて、とても喜びを感じます。
子供から〜おじいちゃんまでいろんな世代のみなさんと関われて、嬉しく思います。
また、今治のため、そして愛媛のため、そう考える機会が多く、愛媛出身ということもありやりがいを感じています。

田中 秀幸さん(アカデミー/ホームグロウングループ)

どこから今治へ来ましたか?

前職は移動式クレーン運転士でした。
結婚を機に今治から同じ県内の四国中央市へ移り、今はまた今治に来ています。

なぜ株式会社今治.夢スポーツを選んだのですか?

四国中央市の前に住んでいたのが、新卒で入社した会社がある今治市でした。
その時にスポーツ施設で働かせていただいていて、その時の直属の上司がFC今治の選手でした。その上司が現役が終わったあとFC今治に残りスタッフとして働いているのを知っていました。
自分も再びスポーツに関わる仕事がしたいと強く思ったことと、10年、20年経った時にオーナーである岡田の壮大な夢で今治という街がどのように変わっているかとても興味があったのと、そして、その壮大な「夢」を掲げているクラブの中で働くことができれば自分も家族もワクワクして人生を過ごせると思ったからです。
元々、スポーツを通してふるさと愛媛に地域貢献がしたかったというのが私の根本にあります。

田中さん

今治の良さと不便さを教えて下さい。

良いところは、人が暖かく、自然が多いところです。山も海もあり観光資源がとても多いです。そして、今治と言ってパッと思いつくものもおおくあります。
不便に感じたことは1度もなく、自分にとっては過ごしやすい地域です。

地域との関わりで感じることは?

地域のみなさまにすごく期待されていると感じますし、暖かい言葉をかけてくれる方が多く、地域と密接に関わりながら一丸となっているように感じています。

植野 準太さん(広報/情報システムグループ)

どこから今治へ来ましたか?

東京の恵比寿にある会社で働いていました。

なぜ株式会社今治.夢スポーツを選んだのですか?

縁もゆかりもない愛媛県今治市に、岡田武史という方が壮大な夢を語り、一歩ずつ歩み始めたことに、とても興味がありました。もともと大学院で、スポーツをツールにした地域の活性化に興味を持ち研究していたこともあり、いつか自分も取り組む側に立ちたいと考えていました。

そんな中、約4年前にFC今治の公募があり応募をしたところ、無事に採用が決まり今に至ります。

今治の良さと不便さを教えて下さい。

東京の友達によく話すのが、子育てにはとても良い環境だ!と。山、海があり、食から四季を感じられるのが、とても良いところだと感じています。東京での生活でも、足を伸ばせば、山や海もありましたが、車で10分〜20分で行ける距離にある今治は、違った良さがあります。東京では1年通してみかんを食べることができる環境があり、それはそれでいいのですが、今治だと、10月ごろから1月にかけて甘くて美味しいみかんを食べることができます。その代わり夏はみかんではなく、ナスやきゅうりなど野菜が豊富だったりして、東京では感じられない自然の良さを堪能できることが良さですね。

不便なところは車がないと生活が難しいところです。ペーパー免許だった僕にとって、車の生活は怖くて仕方なかったですが、慣れましたので全く不便がなくなりました。都会との違いは、気軽にコミュニケーションを交わす飲み会などがいけないことです。飲食エリアと自宅エリアが、みなばらばらで車は必須です。そのため、飲んで帰ろうか?というコミュニケーションが取れないのは不便に感じることもありました。
また、東京の友人と会うのに不便さを感じることもありますが、今はLINEやSNSもあるので特に連絡で困ることもないです。

地域との関わりで感じることは?

16万人の町なので、良くも悪くもファン・サポーターの方と身近に感じられています。特に自治会活動にも顔を出している僕は、年々、受け入れてもらえる感触をえられています。3年前に自治会の会長が集まる集会に参加させていただいた時、「あんた誰?サッカー?」みたいな雰囲気でした。それが今は、「昨日の試合はどうしたんじゃ?!勝たなあかんやろ!」というように、チームを自分ごと化してくれるようになりました。本当に嬉しい瞬間です。こういう身近にファン化を感じられるのも、地域との関わりから得られることだと思っています。

ただ、一方で、まだまだ関わりきれていないことが多いと思います。今治FCとチーム名を間違えられることもありますし。地域に根ざした活動を目指していますが、J1に上がった時、今治市の市民だけでは満員のスタジアムを実現することはできません。やはり、今治だけでなく、隣の市町村にまで関わりを広げて行き、もっとメディアや地域の皆様がFC今治を欲してくれる状態にならないといけないと感じているので、まだまだ関わりが薄いと感じています。

FC今治

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植野 準太

うえの・じゅんた
1983年大阪府生まれ。
2009年、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科卒業後、ITコンサルティング企業に入社。
その後ベンチャー企業にてSNSサービスの立ち上げ、SNSマーケティング支援会社を経て、現職。
FC今治が掲げる「物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念に共感し、2017年に東京から愛媛県今治市に移住。
現在は、広報とデジタル面において満員のスタジアム実現に向けて取り組んでいる。
2019年、名古屋商科大学ビジネススクールにてMBAを取得。
2020年9月より慶應義塾大学大学院政策メディア研究科博士過程に進学し地域活性化におけるプロスポーツチーム、スタジアムに関するテーマに研究活動に取り組む。