『石堂書店』が見出した、“まちの本屋さん”の新しいカタチ。
2020.11.05 UP

『石堂書店』が見出した、“まちの本屋さん”の新しいカタチ。

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神奈川県の横浜駅から東横線で数駅離れた妙蓮寺駅に降り立つと、懐かしい空気が漂う商店街があります。その一角にある創業71年の書店の3代目は、地域の仲間と一緒に書店を残すために奮闘しています。

書店を続けるには、業態を変えないといけない。

 妙蓮寺駅の改札を出てすぐに懐かしさを感じる商店街が始まり、歩いて数分の場所に『石堂書店』はある。店頭でコミック雑誌に手を伸ばす子どもや、ビジネス書や実用書が置かれた店内に入ってくる買い物や散歩途中の人の姿が見られ、のんびりとした時間が流れていた。

『石堂書店』は1949年に創業し、今年で71年目を迎える。現在店の経営を任されているのは、3代目の石堂智之さんだ。インターネット注文や電子書籍が身近になったこの時代、大型書店でさえ撤退を余儀なくされるなかで、『石堂書店』のような家族経営の”まちの本屋さん“は珍しい存在になってきた。風当たりの厳しい今、なぜ書店を継ぐ決意をしたのだろうか。「私は別の仕事をしていたのですが今から10年前、家の都合により書店で働くことになりました。毎日レジに立つと、いろいろな世代が来店します。コミックを買いに来た子どもから、握りしめて温かくなったお金を受け取ると、書店を残したい、そのために何かしなければという気持ちになりました」と石堂さん。

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『石堂書店』3代目の石堂智之さん。商店街にあり、子どもたちの通学路でもあるため、いろいろな世代が書店を訪れる。

 同じ沿線にあるほかの書店が閉店するようになり、ほかの地域から足を運んでくれる人から「頑張って」と声をかけられることもあった。そこで、古くなった店舗の建て替えを数年前から検討するようになり、書店近くで不動産業を営む『松栄建設』の酒井洋輔さんに相談してみると、返ってきたのは「アップデートしないと建て替えても苦しいだけ」という予想外の言葉だった。ちょうど『松栄建設』に入社したばかりのリノベーションに関心のある設計士も含めて3人で話していると、シェアハウスなど地域を意識した新たな業態の案がいろいろと浮かんできた。そして、もっと多くの人の意見を聞くため、イベント「本屋BAR」を開くことになった。

イベントだけでは、書店存続にはつながらない。

『松栄建設』がまちづくりの一環で営んでいた古民家カフェで「本屋BAR」を実施したところ、地域内外から15人ほどが集まった。「参加者から本屋をなくさないでほしいという声を聞いて、そこまでとは思ってもいなかったので正直驚きました」と石堂さん。酒井さんは、「これまで一人で店のことで悩み、もがいてきた石堂さんが、何か行動を起こせば誰かが協力してくれるかもしれないと思えた。石堂さん自身の意識が最も変わりました」と当時を振り返った。

 その後、人を集める目論見で、使われなくなっていた『石堂書店』の2階の壁や床を塗るイベントを企画。ベッドタウンになっていた妙蓮寺に地元回帰が起こるとの酒井さんの予測の元、2階をシェアオフィス兼コワーキングスペースにする『本屋の二階』プロジェクトへと変化していった。Facebookページで告知すると、隣の川崎市からも参加してくれたという。このプロジェクトが始動した裏には、隣の菊名で出版社『三輪舎』を営む中岡祐介さんに、ここに入居して仲間になってほしい思いが石堂さんや酒井さんにあった。「『石堂書店』に時折本を買いに来ていた客の一人でしたが、床を塗っていい感じになり、ここまでやるのならプロジェクトメンバーになって活動する気持ちが固まりました」と中岡さん。こうして、石堂さん、酒井さん、中岡さんの3人で、『石堂書店』の未来をつくる態勢が整ったのだった。

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イベントスペースとしても利用される『本屋の二階』。

『本屋の二階』では新たな試みがスタートし、著者や出版関係者をゲストにトークイベントが行われた。わずか8坪のスペースに多くの人が集まり、イベント開催は現在までに5回ほど行って毎回盛況であった。これを機に『石堂書店』を知る人も増えたが、楽観視できる状況とも言えなかったという。開催日以外は『石堂書店』の利用客が増えず、売り上げアップには至らなかったからだ。

 次のプロジェクトとして、しばらく使われていなかった向かいの別館の活用方法を考えるにあたり、当初はライブラリー機能を併せ持つ無人運営のコミュニティスペースにすることを想定していた。しかし、地域の図書館でも司書が選書して定期的に本を入れ替えることで、図書館に利用客を呼び込めているのが現状だ。『石堂書店』の存続につなげることがプロジェクトの肝だと思っていた中岡さんは、「ほかの業態は難しいし、無人店舗よりも顔が見えることが大事。『石堂書店』の本店があり、この別館があることの意味を問い続けました」と当時を振り返る。そして、出した答えは、独自の選書からなる姉妹店『本屋・生活綴方』の設立だった。

本屋の未来のために自分たちが売りたい本を売る。

『本屋・生活綴方』は今年2月にオープンした。金曜から日曜日のみの営業で、詩集やエッセイを中心に扱い、作品を展示するギャラリースペースもある。「書店の限界を感じて別の方向性を探っていたのに、中岡さんからもう一つ書店をやると聞いた時にはかなりびっくりしました」と石堂さん。中岡さんは、「本店は地域の需要に真摯に応えていく役割があるのに対して、ここでは私たちがこの本を売りたい、届けたいという思いがあります。地域で必要とされる本屋になるには、二つの本屋が両輪になって”カルチャー・センター“として存在することが重要だと思いました」と話す。本を読むことは基本的に言葉と向き合うこと。生活の中で必要とされる言葉、暮らしが豊かになる言葉を綴った本を集めて、新たなコンセプトの書店が誕生したのだった。

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『本屋 ・生活綴方』は金曜、土曜、日曜の営業のみ。

 それから約半年が経ち、『本屋 ・生活綴方』には手に入りにくい個性的な本や気になる展示を求めて、地域外はもとより地域内からも足を運んでくれる人が増えてきた。また、運営方法も工夫し、この活動に賛同してくれる人、この場所が好きな人、この場所で自分らしく表現したい人などが交代で店番をして、いろいろな人が関わりながら、石堂さんが本業に支障をきたすことなく運営ができているという。

『石堂書店』を残したい石堂さんの思いに賛同する酒井さん、中岡さんの後押しにより、『本屋の二階』と『本屋・生活綴方』のプロジェクトが立ち上がったが、一番の変化は石堂さんが「本屋としてしっかり立っていく」気持ちを強くしたことだった。小さなまちの書店が生き残っていくための取り組みは、始まったばかり。3人の挑戦は少しずつ、でも着実に実を結んで、革命を起こすかもしれない。そんな予感が湧いてきた。

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石堂さん、中岡さん、酒井さんはもはや部活の仲間のような存在。『石堂書店』が残り続けるための策を3人を中心に練っている。

photographs by Hiroshi Takaoka text by Mari Kubota