『SANDO BY WEMON Projects』は、カフェを“装う”。
2019.07.09 UP

『SANDO BY WEMON Projects』は、カフェを“装う”。

LOCAL

大田区池上エリアで始まっているまちづくりの取り組み、「池上エリアリノベーションプロジェクト」。
その拠点としてオープンを数日後にひかえた5月9日、『SANDO BY WEMON Projects』を訪れました。

東急蒲田駅から池上線で2駅。新駅舎の工事が進む池上駅を降りて池上本門寺の旧参道に向かうと、参道入口右手の植栽の緑が目に入る。その奥、元は2階建てのパン屋さんがあったところに新しく建ったマンションの1階に、「池上エリアリノベーションプロジェクト」の拠点としてカフェとイベントスペースを備えた『SANDO BY WEMON Projects』はある。

身の丈にあった“小さなまちづくり”。

2019年3月、東京都大田区と東京急行電鉄(東急)は「地域力を活かした公民連携によるまちづくりの推進に関する基本協定」を結んだ。両者が協力し、大田区内の東急沿線地域でまちづくりを進めていくもので、そのモデル地区に池上が選ばれた。

「はじまりは、17年の東急若手有志によるまちづくりの取り組み」と説明するのはプロジェクトを推進してきた東急の磯辺陽介さん。駅の再開発が決まっていた池上で「リノベーションスクール@東急池上線」を開催し、今ある地域資源を活かした身の丈に合った“小さなまちづくり”として、4物件の空き家や空きビルを活用したまちづくりプランを作成した。大田区と東急は、まちの人たちの声を聞いて行うまちづくりに手応えを感じて勉強会を重ね、今回の基本協定と「池上エリアリノベーションプロジェクト」につながった。

「アーティストが関わるまちづくりは、漢方薬のようにまだ困っていないまちの“未病”になると思います」と期待を寄せる磯辺さん。
「アーティストが関わるまちづくりは、漢方薬のようにまだ困っていないまちの“未病”になると思います」と期待を寄せる磯辺さん。

「主役はまちの人。場所、人、文化・歴史、商店街など、池上に今ある地域資源を見直し、そこからおもしろそう、使いたいと思える資源を“見つける”。それを広く“伝える”。そして、資源とそれを使いたいと考えている人たちを“つなげる”。この循環をつくっていきたい」と同じく東急の荻野章太さんは言う。

アートの現場にいた経験を生かしてプロジェクトに取り組む荻野さん。「アーティストの力に期待します」。
アートの現場にいた経験を生かしてプロジェクトに取り組む荻野さん。「アーティストの力に期待します」。

「コーヒーのある風景」が池上に出現。

そこで大事なのが“見つける”こと。池上は、鎌倉時代から続く日蓮宗大本山・池上本門寺の門前町であり、多くの町工場がある大田区にあって古くから住宅と町工場が共存している。地域に密着した商店街は活気がある。しかし10年後、20年後、商店街や町工場の後継者不足、少子高齢化は確実に進む。「そうならないために、将来を見据えたまちづくりに取り組むべきなのですが、今、差し迫った課題はない。そうした状況だからまちの人たちとは違う視点を持ち、違う問いを投げかけてくれる人をプロジェクトの推進拠点のパートナーにしたいと思いました」と荻野さんたちはいう。

そこで選ばれたのが小田桐奨さんと中嶋哲矢さんのアーティストユニット「L PACK.」と、建築家の敷浪一哉さんの三人だった。「L PACK.」は、いろいろなまちで「コーヒーのある風景」という場づくりの活動をしてきた。建築家の敷浪さんは、「L PACK.」と同時期に横浜市黄金町アーティストレジデンスで活動して意気投合。三人は、18年に「Standing Stone(通称SS)」として横浜市郊外の築50年近い元・日用品市場の八反橋フードセンターにおすすめの日用品を販売し、コーヒーも飲める『DAILY SUPPLY SSS』をオープンした。

施工中の「L PACK.」。材木を運ぶ姿もアーティスティック。『SANDO BY WEMON Projects』は参道に面しているので、施工している様子がよく見える。まちの人たちも、つい声をかけたくなるのだろう。
施工中の「L PACK.」。材木を運ぶ姿もアーティスティック。『SANDO BY WEMON Projects』は参道に面しているので、施工している様子がよく見える。まちの人たちも、つい声をかけたくなるのだろう。

「僕たちにとってコーヒーは、場づくりを始められる便利な道具。コーヒーがあるだけで空間が生まれ、そこに集まった人たちと時間を共有できます」とこれまでの経験を語る小田桐さん。たとえば、アートやまちづくりの魅力を知らない人も、コーヒーがあると、それをきっかけに集まることができ、そこからコミュニケーションが生まれる。「ただ僕たちは、なにかを起こそうと“仕向ける”のではなく、なにかが起きることを“期待する”。そのスタンスを保ってきました。池上でも、まずそれをやってみようと考えました」。

❶隣のホームへは踏切を通っていく現在の池上駅。2020年度には、区立図書館などが入る駅ビルが完成する。❷池上本門寺の山門。周囲には住宅も広がる。❸池上駅の古いベンチの形をエキモクで復活させた。❹植栽を手がけたのは奈良県の「塩津植物研究所」。
左上/池上駅の古いベンチの形をエキモクで復活させた。左下/植栽を手がけたのは奈良県の「塩津植物研究所」。右上/隣のホームへは踏切を通っていく現在の池上駅。2020年度には、区立図書館などが入る駅ビルが完成する。右下/池上本門寺の山門。周囲には住宅も広がる。

使っていくうちに役割が決まる場所。

3月から始まった『SANDO BY WEMON Projects』の内装工事。壁のペンキ塗りや床張りには、関心のある人たちが池上内外から参加した。「作業をしていると、『なにができるの』とまちの人たちにめちゃくちゃ話しかけられて、期待されているなと思いました」と小田桐さん。

彼らが“小さな森”と呼ぶ植栽が置かれてからは覗く人が増え、近所の花屋さんが「こういう植栽、私たちもやりたかったんですよ!」と声をかけてくれた。施工作業を通して、自分のまちに関心がある人が多いと三人は感じている。

取材時は床の施工の真っ最中。池上駅の“温故知新”を感じてもらいたいと池上駅舎の解体で出た廃材、“エキモク”(=駅木)と新しい木材を組み合わせた。「この場所の役割は、池上に関わりたい人たちが集まるうちに決まっていくもの。だから最初の完成度は20パーセントくらいで、次第に100パーセントに近づいていく場所にしたい」という思いは、壁紙が貼られないままの壁にも現れているのではないだろうか。

床材には、新しい木材だけでなく解体された池上駅舎の廃材、エキモクも活用される。「施工をしていくなかで『こういう素材があるよ』と聞いて、エキモクを使うことにしました」と中嶋さんは言う。
床材には、新しい木材だけでなく解体された池上駅舎の廃材、エキモクも活用される。「施工をしていくなかで『こういう素材があるよ』と聞いて、エキモクを使うことにしました」と中嶋さんは言う。

100年先の未来を考えたまちづくりを。

場所の名前にも三人の思いは託されている。SANDOは、池上本門寺の参道、二度、三度と訪れてほしい場所、元・パン屋だったことを想起させるサンドイッチといろいろなイメージを重ねている。WEMONは右衛門。明治以前にはよくあった男性の名前で綽名のようなものでもあると中嶋さんは言う。「その人が持つ本業以外の得意技に『○○ゑもん』という綽名をつけていけば、それをきっかけに新しい関係が生まれるんじゃないかと感じています」。

フロアの一角には小さな部屋が造られている。「秘密の小部屋です(笑)。まあ、カフェとは違うことができるプロジェクトルームとして自由に使っていきたい」と小田桐さん。カフェで生まれたまちづくりのタネを、ちょっと試してみる、そんな場所になりそうだ。
フロアの一角には小さな部屋が造られている。「秘密の小部屋です(笑)。まあ、カフェとは違うことができるプロジェクトルームとして自由に使っていきたい」と小田桐さん。カフェで生まれたまちづくりのタネを、ちょっと試してみる、そんな場所になりそうだ。

たとえば、小田桐さんはアーティストだが、この場所ではコーヒーを淹れる「コーヒーゑもん」として力を発揮する。「ゑもん」は、「にゅうもん」「せんもん」「ほんもん」とレベルがあり、「ほんもん」は周囲を巻き込んでプロジェクトを企画・実行できる人。訪れた人がそれぞれの「ゑもん」を見出し、「ゑもん」のレベルを高めながら、それをまちづくりにつなげ、巻き込む力をつけていく場所がここなのだ。

敷浪一哉(左)L PACK.小田桐奨(右)・中嶋哲矢(中央)
敷浪一哉(左)しきなみ・かずや●北海道出身。『シキナミカズヤ建築研究所』代表。東海大学工学部建築学科卒業。「主夫建築家」を目指し、家事と子育てへの取り組みを住宅設計の糧にしている。
L PACK.小田桐奨(右)・中嶋哲矢(中央)
えるぱっく●静岡文化芸術大学空間造形学科卒業の小田桐奨さんと中嶋哲矢さんによるユニット。2007年から活動をスタート。「コーヒーのある風景」をきっかけに、まちと関わるプロジェクトを多数展開。

「僕たちの役割は、みんながまちについて考え、動くための仕組みをつくること。ゴールは設定しませんが、『100年後の未来をみんなで考えよう』というビジョンは提示しています。100年先って、今関わっている僕たちはもうこの世にいないけれど、そこを考えると本当に大切なものが見えてくる。その軸と仕組みがあれば、池上のまちづくりはぶれないと思います」と小田桐さん。

池上を知りたい人、池上でなにかを始めたい人は、『SANDO BY WEMON Projects』に出かけてみよう。もちろん、おいしいコーヒーを飲みたい人も。

上/『SAND BY WEMON PROJECTS』の立体模型。下右/月イチで発行するフリーペーパー。折るとサンドイッチの形に。下左/「ゑもん」が集まった場所を図で解説。
『SAND BY WEMON PROJECTS』の立体模型。

DATA59● SANDO BY WEMON Projects
東京都大田区池上4丁目31番16号
www.newsando.com

photographs by Kazue Kawase
text by Reiko Hisashima

本記事は雑誌ソトコト2019年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。