「走る本屋さん」の『高久書店』が、“小さな総合書店”になりました。
2020.11.06 UP

「走る本屋さん」の『高久書店』が、“小さな総合書店”になりました。

SOCIAL

「静岡書店大賞」の創設者で、20年以上の大手書店員キャリアを持つ高木久直さん。「走る本屋さん」として本屋のない地域での書籍の販売を行っていたが、このたび、ついに本屋をオープン。そこにかける思いとは?

掛川のまちに寄り添う、小さな総合書店。

 店に入ってまず目につく書棚には、高校生向けの学習参考書が並ぶ。店舗の売り場面積は10坪弱、入庫数は約5000冊ほどの「まちの本屋さん」ではあまり見かけられないような、難関大学向けの専門的な参考書もある。そうかと思えばその間には、今話題のコミックや、将来の仕事や生き方が考えられるような若者向けの本が置いてある。さらに奥に足を踏み入れれば、雑誌、児童書、文学賞を受賞した話題の本、古典の名著、芸能人の本、郷土関連本など、幅広いジャンルの本が揃っている。

「うちはまちの小さな本屋さんではありますが、『総合書店』なんです」

 そう語るのは、ここ『高久書店』の店長・高木久直さん。『高久書店』は静岡県掛川市の掛川駅から徒歩5分ほど、進学校である掛川西高校や、掛川城すぐそばの通りにある。オープンしたのは今年2月。駄菓子の販売や読書スペース、無料学習室の開放を行っていることもあって、大人や高校生はもちろん、中学生や子どもたちも自然に足を運べる場所だ。

1
10坪ほどの店内にある本の数は約5000冊。この地域に合った本ということを前提に、厳選した本を置く。

 高木さんは、静岡県の書店界を牽引してきた人物だ。もともとは静岡県を中心に展開する大型チェーン店系書店の書店員で、複数店舗の店長を兼任しながら、多いときには約20店舗を統括するエリアマネージャー業務を行っていた。そのキャリアは20年以上。2012年には独自に「静岡書店大賞」も立ち上げた。「最盛期には静岡県に500軒以上あった書店が、その頃にはすでに300軒を切っていました。全国区の『本屋大賞』が話題だったこともあり、静岡県の読書文化を盛り上げられる、静岡県の書店員の投票による独自のアワードをつくろうと思ったんです」

 さらに2016年には、会社員であるかたわら、独自に仕入れた本を移動販売車に載せて、県内の本屋のない地域で販売する「走る本屋さん 高久書店」の活動を開始。「それまでは販売のない、本の読み聞かせのボランティアを行っていました。ですがあるとき、『この本はどこで買えますか?』と質問されて。『どこの本屋でも買えますよ』と答えてから、そのまちには本屋がないことを改めて思い出し、販売も始めました」。

3
移動販売用の車。これが高久書店の元祖ともいえる。一度に載せられるのは約300冊。店から出し入れするのでなかなかの重労働。

本屋があるから本を買って読みたくなる。

「走る本屋さん」を続けるうち、高木さんの中ではある考えが固まっていった。「『次はこんな本を持ってきてほしい』という要望をたくさん聞くうちに、本屋はいつでも行ける店として、その地域に住んでいる人とともに育てられるべきではないかと思い始めたんです。まちの需要に合った品揃えで、地域の人に寄り添っていることが大切だと」

 思い当たることもあった。大手チェーン店系書店の品揃えはどこも似ていることが多いが、地方の本屋の場合は、かなり”いびつ“だ。それは、まちにそう求められているから。50代に近づき始め、「定年で退職する会社員としての書店員ではなく、一生本屋でいたい」と考えたこともあり、退職を決意した。

 選んだ物件は、掛川に15年以上暮らしていた高木さんがずっと意識していた場所だった。建物は数年前までパン屋の店舗として使われてきたもので、築100年近い古民家だ。『高久書店』がオープンするまで、掛川市街地には2年以上本屋がなかった。そこに新しく本屋を開店して実感したのは、本屋離れ、活字離れと危惧されてはいるが、「本屋がなかったから本から遠ざかっていた」人たちがいかに多かったかということ。「本屋があるなら入ってみよう、買って読んでみようという人が、想像していた以上に水面下にいたことに驚きました」。

2
前職時代から多くの作家と交流があり、オープン祝いの色紙を頂いた。

 とはいえ、それがわかったのは高木さんの日々の努力の成果でもある。「目指すのは『まちに寄り添う総合書店』ですが、この売り場面積でそのモットーを掲げ、売り上げを維持するには、『何を置くか』より『何を置かないか』が重要になります。毎週の新刊情報を見て、これなら関心を持たれそうだというものを厳選して仕入れる。また、書店の売り上げは話題書を取り扱っているかどうかで大きく変わりますが、取次のシステム上、小規模な本屋さんには回ってこないことも多くあります。そういった本も何とか仕入れて、売り上げを安定させるだけでなく、お客さんを『話題の本は、地方の小さな本屋さんには置いていないよね』と失望させないようにもしています。どちらも約20年の書店員キャリアが活きています」

本と出合える場所が、まちや人の未来をつくる。

 ほかにもお客さんに入荷してほしいと頼まれた本は、知名度が低くても仕入れるようにする、SNSをはじめネットでの発信を強化し、「こんなにおもしろい本がウチにはあります」ということを全国に向けて積極的に打ち出していくなどの工夫もする。「ありがたいことですが、コロナ禍でネットでの売り上げが増えました。ツイッターは、静岡県内の書店の中ではかなりフォロワーが多く、ツイートを見て買いに来てくれる方も多いです」。

2
静岡の歴史や偉人、出身作家関連の書籍をまとめた「ご当地棚」。

「走る本屋さん」も変わらず継続しているが、「やはりどうしても月に2回程度が限度です。なので自分がそれ以上何かするというよりは、本屋のない地域を中心に自治体や企業に向けて、『本屋づくり』や、もっとハードルを低くして『本のある場所づくり』の運営をシェアしてもらえませんかと呼びかけています。そういう形が浸透すれば、地方で本屋をやってみたい人が新規参入しやすくなる。僕はそれを『本屋を植える活動』といっています」。

 どんな悲劇やピンチに陥っても、本は人に寄り添い、最後までパートナーでいてくれる。それはもはや精神に安寧をもたらすための生活必需品だ。本屋はそんな本と出合えるまちの文化拠点。「子どもたちを育てるためにも、まちに本屋があるというのは大事です。買う、買わないにかかわらず、いてもいい空間があるというのはいいことだし、少年時代に何となく入った本屋でさりげなく手に取った本で人生観が変わったことが、僕自身にもありました」。

 まちに本屋があるということが、まちや人の未来をつくっていくのだと、高木さんは確信している。

photographs by Yusuke Abe text by Sumika Hayakawa

キーワード