「ハードルは意外に高くなかった」人口約5000人の町に移住&カフェを開業した夫婦がそう語る理由
2020.11.22 UP

「ハードルは意外に高くなかった」人口約5000人の町に移住&カフェを開業した夫婦がそう語る理由

LOCAL

移住に興味がある人の中には、「興味はあるけど、新しい生活や人間関係にうまくなじめるだろうか・・・」と不安に感じている人はいないだろうか?新しい場所で始まる新生活にワクワクする気持ちもある一方で、どうしても不安を解消できないまま迷っている人もいるかもしれない。
でもそんな移住に対して、まったく知り合いがいない状態から「ハードルが高いと思っていたが、意外にそうでもなかった」と語るご夫婦に出会うことができた。
お二人がなぜそう感じたのか、お話を聞かせてもらった。

強く印象に残っていた倉橋の雰囲気

天本ご夫妻
天本雅也さん(写真奥)と奈津子さん(写真手前)ご夫妻。雅也さんの前職は医療機器メーカーで、福岡や横浜で働いていた。奈津子さんは英語講師として働いた後、出産を機に専業主婦に。約5年前に奈津子さんの地元である広島県呉市倉橋町に移住してきた。

今回お話を聞かせてもらったのは、天本雅也さん・奈津子さんご夫妻。
それまでは福岡や横浜で暮らしていたお二人は、子育てをきっかけに移住を決めた。

移住後は奈津子さんのご実家が経営する宿泊施設内にあった喫茶店を改装し、ブックカフェ『seaside cafe ALPHA』を経営している。

カフェから見える桂浜は瀬戸内の島々に囲まれていることもあり、とても穏やかで青く透き通った海が広がる。その景色をただ眺めているだけで心が落ち着くような、ゆったりとした時間が流れているように感じられる場所だ。

倉橋 桂浜
カフェのすぐ目の前に見える桂浜(かつらがはま)は、「日本の白砂青松100選」にも選ばれた美しい景色が広がる。

週末には多くの人が来店する人気カフェを経営するお二人が、倉橋町に移住したきっかけを聞かせてもらった。

雅也さん: 僕は初めて来たときから、倉橋ってすごく良い雰囲気の場所だなと思っていました。結婚前に初めて来たんですけど、僕は瀬戸内に来たことがなく、生まれや育ちは福岡や神戸だったので、海の印象がまったく違いました。鏡のような海と島がいっぱいある景色に、「すごいところだな」っていう想いは強く感じていました。
その時はすぐに移住を考えようっていう気持ちではなかったけど、とにかく印象はすごく残っていて。当時はまだこのお店が昔の純喫茶みたいな時に、そこでゆっくりしている時の雰囲気とか、すごく印象に残っていたんですよね。

seaside cafe ALPHA

雅也さん: それから結婚して、ずっと仕事をしているうちに、たまに帰省するじゃないですか。そうすると、倉橋のすごくゆっくりした時間がいいなと強く感じるようになってきて。子どもが生まれたタイミングでもあるし、ちょうど何か新しいことをやりたいという気持ちもあったし。定年してからこっちに来ても、身体がついていかないかもしれないとも思っていたので、ゼロから何かやるなら早いうちの方がいいかなと思って、そのタイミングで移住しました。

移住前はまったく知り合いがいなかったという雅也さん。今では呉市移住者交流連絡協議会(通称:Kureto)にも参加し、移住者をサポートする取り組みにも参加している。

奈津子さん: 付き合っている当時から、ことあるごとに夢みたいな感じで「倉橋で何かしたいね」とお友達とお酒を飲みながら話していたんです。もちろん漠然と言っていただけで、「それを実現するぞ」っていうほどでは全然なかったけど、それを聞かされてきた主人の友達も実は今、倉橋に移住してきたんです!

雅也さん: 彼には前から「倉橋すごくいいよ」っていう話はしていて、何回か遊びには来ていたんです。そんな彼が移住した一番のきっかけは、新型コロナウイルスで。日本語教師として海外で働いていたけど、今は海外にも行けない状態で、すべてオンラインになってしまった。それならどこに住んでもいいじゃんって話になり、移住してきました。もともと彼の興味が、僕のやりたいことに繋がることもあって、今ではいろいろ手伝ってくれています。

シーサイドカフェ桂ヶ浜
奈津子さんのご実家が経営する『シーサイド桂ヶ浜荘』は、美しい瀬戸内の景色を見ながらゆっくりできる宿泊施設。夏が最盛期と言うが、冬には牡蠣祭りも開催される倉橋特産の牡蠣が食べられるプランもある。

移住先での教育は?人間関係への不安は?

移住前に感じる不安の中には、地元の人とのコミュニケーションについて心配する人もいるだろう。
まったく知り合いがいない雅也さんと、地元に帰ってきた奈津子さんは、どんな風に地域の人たちと関わってきたのだろうか。

雅也さん: これは倉橋だからかもしれないけど、ここに長く住んでいる方は、割と排他的なところがなくて。倉橋に来た時には誰も知り合いはいなかったけど、35歳前後の人が地域には珍しかったこともあって、いろんな人が声をかけてくれました。

奈津子さん: 私としても移住で戻るとなったら、子どもは保育園に行けば大丈夫だと思っていたけど、主人が溶け込めるのかは一番心配していました。でも倉橋に帰ってきてみたら、今となっては私より知り合いが多くて、「あのおじさん、誰?」ってこちらが聞くことさえあるんです。

ブックコーナー
店内の本は渋谷・フライングブックスのブックディレクター山路和広氏に倉橋へ来てもらい、定期的に選書をお願いしている。

雅也さん: 僕はお酒を飲むことや人が集まる場も好きだったので、誘われるものは全部行って、全部参加したんです。地元のボランティアも、呉市がやっている団体もいろいろ入りまくって。でもそういうのがあったおかげで、地元の人たちと知り合うことができたので、何か自分がイベントをやりたいと考えたとしても、割と話がスムーズに進みました。
でもあえて「溶け込もう」とか、そういう気持ちはまったくなくて、もともと僕がそういうのが好きだったっていうのもあるから、あんまり考えずに、みんなが受け入れくれたっていう感じでもあります。

奈津子さん: だから私も最初は心配だったけど、すぐ大丈夫そうだなとは感じていました。「もうやりすぎだって!」と止めるぐらい、主人はずっと外出してばかりだったので、最近は良い意味で諦めました。(笑)

天本さんご夫妻

また奈津子さんは子どもの教育環境についても「移住前は田舎の教育にも不安はあった」と言う。そんな奈津子さんが、それでも倉橋を選んだ理由についてこう話してくれた。

奈津子さん: 帰ってくる時に、子どもの教育のことも心配ではあって、そこは母親としては気になるポイントだと思うんです。でもそれに関しては自分たち次第かなと、今では思っています。学力の問題は、自分たちでどうにか考えて育てていくっていうスタンスで。
それよりも将来的に見て、小さい頃から倉橋のような環境で育つことの方がとても大きいと思っています。自分も昔教師をしていたから、田舎に住むと学力が下がることは分かっていたけど、それよりは生きる力とかコミュニケーション力とか、大人になってからも必要なものを身につけてもらいたいなと思っています。

text by Naoko Yamakawa

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