「新しい美味しさ」とは何か? 未来の和食のイノベーション ー発酵文化人類学 第二部第8回
2019.07.15 UP

「新しい美味しさ」とは何か? 未来の和食のイノベーション ー発酵文化人類学 第二部第8回

FOOD

美味しさは時代の感性によって変容しているダイナミックなもの。ファッションと同じように、過去によいとされたものが意味を失い、ご法度とされたものが新しい美意識になってしまうこともしばしば。

さて。僕の専門である麹によって生み出される和食の世界では、どんなイノベーションが起こっているのであろうか?

和食という既成概念を取りさる

ここ2、3年、和食のニューウェーブが続々と登場している。老舗の割烹料理or寿司屋! 的なオーソドックスな和食ではなく、現代的なフレンチやコペンハーゲンの『noma』をはじめ伝統レシピを現代的にアレンジしたニューノルディック料理、あるいは『エル・ブリ』のように分子レベルまで食を分解して再構築したサイエンティフィックな食の潮流を取り入れた若い料理家たちが、新しい感性の和食に挑戦しているんだね。

彼らのつくるものを食べると、和食の表層イメージの底にある、物理的な食材としての日本料理のポテンシャルをよく見ているなと感じる。食を概念で捉えるのではなく、味覚やテクスチャーで捉えて、外の文化を取り入れた柔軟なセンスで食をデザインし直している。例えばだな。魚の漬物にチーズを合わせたり、伝統的なレシピにジンやビオワインを合わせたりと、アタマでイメージしてみるとアヴァンギャルドな組み合わせが、実際食べてみると旨みや酸味、香りの感性の部分ではしっかりとまとまる食べ合わせで、ごくナチュラルに「美味しい!」と叫んでしまう。

コミュニケーションとしての美味しさ

健康的な伝統食。日本の美意識の象徴。和食と聞いて思い浮かべるこういうイメージは、ある時代に誰かが戦略的につくったバーチャルな概念だ。概念があるからこそ、異なる文化の人に伝えられるし、格式や業界のルールもできる。なんだけど、概念の力が強くなりすぎると、決まったモノサシの上での競争しかできなくなり、新しい発想や感性が生まれにくくなってしまう。和食の新世代は、今まで無意識の前提になっていた概念をいったん取り払って、即物的に日本の食材を取り扱う。そこから生まれる個人の感性がダイレクトに反映された料理を食べると、自分がいかに概念で食事しているかに気づかされる。

でね。この「自分のアタマを支配していた概念が覆される驚き」こそが新時代のフードカルチャーの真骨頂だと思うんだよね。アタマで予想していたものが裏切られたのに、食べてみると不思議に自分の感性にフィットする。あれ、なんで!? というギャップを体験するのが楽しい。食を通して自分のものの見方が変わる、今まで知らなかった自分の感性を発見できる。こういうプロセス自体が「美味しい!」に埋め込まれる。概念に従って正解を追い求めるのではなく、料理家と一緒に新しい美味しさを発見していく。

こういう双方向的なコミュニケーションが、和食の未来をより豊かにしていくのではないかと、僕は思うんだな。各地に膨大にアーカイブされたレシピや食材を発掘し、そこに新しい意味を付与していく。その意味が伝達される過程を楽しむ。これこそが未来の和食のイノベーションなのであるよ。

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2018年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』(木楽舎)、最新刊は『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)。