ブーム終了後に海を渡った 紅茶キノコの現在地 ー発酵文化人類学 第二部第7回
2019.07.17 UP

ブーム終了後に海を渡った 紅茶キノコの現在地 ー発酵文化人類学 第二部第7回

FOOD

先日バルト三国のエストニアに行った時のこと。「ぜひヒラク君に紹介したい」と現地の人に引き合わせてもらったのが、なんと! なつかしの紅茶キノコを醸造している僕と同年代のナイスなエストニア男子のIvoさんでした。なぜこんなところで紅茶キノコが? といろいろ彼に話を聞いてみたらば興味深いエピソードを聞くことができたんだね。

そもそも紅茶キノコとは?

紅茶キノコとは、紅茶に糖分を加えて、酢酸菌や酵母を主体とする複数の微生物を共生発酵させてつくる、微発泡の甘酸っぱい健康ドリンクのこと。発酵が進んでいくと、酢酸菌の膜が成長してキノコのようになることから紅茶キノコという名がついたんだね(柿酢をつくる時にもこういう厚めの膜ができたりする)。日本で1970年代後半に超ブームになり、その後見事に廃れてしまった(吉田戦車の漫画『伝染るんです。』で美少女が紅茶キノコの本を電車で熟読するシュールなエピソードをよく覚えています)。でね。日本でフェードアウトした後、なぜかアメリカ西海岸を筆頭に欧米のオーガニック食好きコミュニティに再発見され、発酵液のなかにできるキノコがなぜか昆布に勘違いされて「Kombucha」という謎のネーミングがついてしまったんだよね。

紅茶キノコの知られざるルーツ

紅茶キノコは日本発祥ではなくて、起源はなんと北方モンゴルやシベリア。そこから旧・ソビエト圏で飲まれるようになった伝統的な健康ドリンクだったんだね。かつて旧・ソ連領だったエストニアでも紅茶キノコが飲まれていたそうな。醸造家の男子に「なんで紅茶キノコで起業したの?」と質問してみたら「僕は西海岸のカルチャーが好きでKombuchaのことを知ったんだけど、これ僕のおばあちゃんがつくってたヤツだ! って思い出して。古い伝統とヒップなカルチャーの融合って感じでおもしろいと思ったんだ」との答え。旧・ソ連→日本→アメリア西海岸→エストニアという不思議な文化のバトンリレーが起こっていたんだよ。こりゃビックリ!

温故知新のニューカルチャー

さてそんなニューウェーブなKombuchaメーカー『Kuma』の若き醸造家Ivoさんの紅茶キノコは、ななななんと! クラフトビールみたいな味がする。彼のオリジナルレシピの、ホップを入れて醸した紅茶キノコは「ノンアルIPAビール」と言ってもよさそうなほどポストクラフトビールな感性でつくられている。ヘンな臭いを我慢しながら甘いお酢を飲み下す……みたいな健康食品感は皆無で、美味しく愉快に飲めるハイセンスな味なんだ。こうやって、時代のセンスにあわせて温故知新のイノベーションが起こるのが発酵文化の痛快なところ。

さらにおもしろいことに、彼の紅茶キノコはエストニアの行政が立ち上げた発酵ラボのサポートを受けている。このラボにも遊びに行ってみたら、めちゃイノベーティブな研究機関でびっくり! 最先端のゲノム解析の研究室と発酵の実験施設が合体していて、新しいテクノロジーの知見をそのままワンストップで発酵食品の開発に盛り込むことができる。温故知新のイノベーションが国家レベルでも個人のビジネスレベルでも実践されていて、しかもその2つが意識的に連結されている。人口約130万人の小さな国だからこそできる、フットワークの軽いチャレンジを垣間見せてもらって、めちゃ刺激的だったぜ……!

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2018年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。近著に『発酵文化人類学』(木楽舎)。