未来に残す、
原生林保全。
ボルネオ島のマレーシア領・サバ州中央部に位置するインバク・キャニオン保護区。U字型の谷に広がる原生林は、最も重要な生態学的地帯として、2015年に最高レベルの「クラス1」の森林保護区に指定された。
経済と保護の両立、
エコ・ツーリズム。
リバークルーズでオランウータンやテングザル、ボルネオゾウなどの野生動物を観察できるキナバタンガン川流域は、サバ州におけるエコ・ツーリズムの中心地。欧米をはじめ世界各地から多くの観光客が訪れる。
経済発展を担う
開発、そして破壊。
一方で、キナバタンガン川流域ではアブラヤシのプランテーションが森を侵食することで、動物は川岸に追いやられ、棲息地の分断が進む。そして農園側にとっては、ゾウの侵入が大きな問題になっている。
一日の始まり。
目覚めた鳥の声から、
にぎやかに朝がやって来る。

いま、このとき、
同じ地球にいる生き物たち。


ボルネオ島の熱帯雨林は、「メガ・ダイバーシティ」と呼ばれる高度な生物多様性を持つ豊壌の森である。熱帯雨林最大の高さ80メートルに及ぶフタバガキがそびえ、二百数十種の哺乳動物と600種を超える鳥類が棲息、未発見種のほうが多いといわれる昆虫は数百万種にも及ぶという。
樹木調査では、わずか50ヘクタール余りの土地に日本の全樹種数を超える1200種もの樹木が数えられた。この濃密な生命に満ちたボルネオ島の森は、世界中の自然好きな旅行者、科学者、ジャーナリストたちを魅了し続けている。彼らは美しい鳥や珍しい動植物を一目見ようと、滞在中早朝から夜中まで、不快指数の極めて高い高湿度のジャングルに通い詰める。
ボルネオ島北部にあるマレーシア領サバ州は、ボルネオでおそらく最もエコ・ツーリズムが盛んな場所だろう。なかでも、州最大の河川であるキナバタンガン川流域には多くのロッジが立ち並ぶ。ボートクルーズで野生動物を見るために世界中から訪れた観光客は、動物を見つけては歓喜する。しかし、ここに”本来”のボルネオの森の姿はもうない。1980年代までの大規模な伐採で、森の根幹をなすフタバガキの大木などがほとんど切られてしまったためだ。
伐採後の二次林は、一部が保護区になったが、大半はアブラヤシのプランテーション(大規模農園)に変わり、森と農園はモザイク状になった。実は、川岸から野生生物が多く見られる理由には「残された川岸の森に動物が追いやられている」という側面がある。また、分断された森では広い行動範囲が必要なボルネオゾウやオランウータンなどが生き延びられないことが懸念されている。
一方で、アブラヤシ農園は増え続けている。単位面積あたりの収量が高く、通年安定供給ができるパーム油は価格面でも有利で、特にマレーシアとインドネシアで農園拡大が著しく、世界の供給の約8割を担う。その経済への貢献度は、現地に来るたびに都市化が進み、道路に新車が増えていることからも実感できる。かくして、1950年代までボルネオ島のほぼ全域に手つかずの状態で広がっていた森は、2010年までにその半分以上が失われている。
プランテーション。
便利な暮らしの供給源。
右上・アブラヤシの実からは甘く香ばしい香りが漂う。
右下左・パーム油は揚げ油から植物油脂加工品、石鹸、口紅まで実にさまざまな用途に使われている。右下右・アブラヤシは酸化分解が早く進むため、収穫後24時間以内に搾油工場へと運ばれる。
動き出した、保全への道。
熱帯雨林の急速な減少は、豊かな生物資源保護の観点以外にも、気候変動にも大きく影響することから、世界的な懸念事項となった。また同時にプランテーションの無秩序な増殖にも非難が高まってきた。
そのような流れを受け、2004年にWWFやマレーシア・パーム油協会、油脂関係の小売り業者、商社、NGOなどが中心となり、『持続可能なパーム油円卓会議(RSPO)』を設立。パーム油の認証制度が確立された。条項には原生林など保護価値の高い森を開発しないことが盛り込まれ、2015年には森林破壊ゼロ達成に向けた「RSPO Next」という、より厳しい新基準も設定された。
同年、サバ州政府も、州中央部にある保護区のダナン・バレー、マリアウ盆地、インバク・キャニオンなどを囲む緩衝地帯として約11万2 000ヘクタールの森を、伐採できない最高クラスの保護区に加えた。また、キナバタンガン川流域でも、さまざまなNPOの活動で、森をつなぐための土地の買い取りや、河川で分断された棲息地をつなぐ吊り橋の設置、在来種の植林などが進められている。
近年、状況は少しよくなっているように思える。しかし、絶滅と破壊に保全が追いつけるかどうかが要であり、経済発展との折り合いも重要だ。そのなかでやはり期待されるのは豊かな森の存在そのものが商品となるエコ・ツーリズムである。
2019年の年明けに訪ねたキナバタンガン川畔のロッジでは、メガネザルが十数年ぶりに姿を見せた。目を輝かせるツーリズム専攻の女子学生インターンに、「森に少しずつ動物が戻ってきている」とベテランガイドが話す姿に未来を感じた。
エコ・ツアー。
知ることから始まる。
左下・ネイチャー・ガイドのディディ(写真奥)は、植物学者を父に持ち、大学でツーリズムを学んだ若き女性。
右・巨大なフタバガキの実を持ちながら解説するインバク・キャニオン保護区のレンジャー。
photographs & text by Yusuke Abe
本記事は雑誌ソトコト2019年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。