「立ち飲み余市」という、ゆるくも真面目な助走。
2020.12.06 UP

「立ち飲み余市」という、ゆるくも真面目な助走。

WORK

オリジナルの前掛けを締めて、提灯に明かりを灯して始まった「立ち飲み余市」。有志のグループ「proshirout(プロシロウト)」の活動の一つだ。メンバーがそれぞれの本業と掛け合わせながら、新しい働き方を模索している。

まだ実店舗を持たない、「立ち飲み余市」。

 ある土曜日の夕暮れ時、お酒やおつまみが慌ただしく用意され、「余市」と書かれた提灯が明るくなった。居酒屋の日常のようなこの風景は、「立ち飲み余市」というイベント。新井さん、斎藤奈未さん、藤井友貴さんが主催した。普段はライフスタイルショップで働いたり、個人で設計の仕事を請け負ったりしている。

 この日、「立ち飲み余市」が行われたのは、東京・渋谷区代々木上原のキッチン付きスペース。食材や販売するグッズなどを詰め込んだワゴン車で現れた。元々職場が同じだった三人は、阿吽の呼吸で準備を進めた。斎藤さんが手作りした「余市」の暖簾が入り口に掛かり、店頭に提灯が下がると、そこはあっという間に立ち飲み屋に変身したのだった。

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取材当日の「立ち飲み余市」の運営メンバー。写真左から斎藤奈未さん、藤井友貴さん、新井亨さん。三人の息はぴったり。

 コロナ禍にあるため、メンバーの友人らを中心に声掛けをしたというこの日。開店時間の16時になってお客さんが現れると、「いらっしゃい。久しぶり!」と出迎えた。スマートフォンでQRコードを読み取るとこの日のメニューが表示され、お客さんはドリンクやおつまみを注文。料理担当の斎藤さん、お酒担当の新井さん、会計担当の藤井さんの見事なフォーメーションで、プロ顔負けの空間に早くもなっていた。クリエイティブな仕事に就く彼らの友人にはまた、ユニークな人が多い。共通の興味がありそうな人をつないだり、そこで初めて会った人同士でも自然と話が盛り上がったり。立ち飲みが生むラフな雰囲気が、訪れた人たちを高揚させていた。

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リピーターからこの日が初めての人まで。立ち飲みは相手との心の距離が近くなる。

一歩を踏み出すための「プロシロウト」。

 この「立ち飲み余市」の始まりは、2019年4月に新井さんが「proshirout(プロシロウト)」のInstagramアカウントを作成したことにさかのぼる。「自身の慎重な性格を変えたくて。”プロの素人“なら自分のクオリティに絶対の自信がなくても、行動を起こすことができる。そんな思いを込めて「プロシロウト」と名乗り、具体的な活動内容を決めずに一歩を踏み出しました」と新井さん。人が集まる場について分析するのが好きだったこともあり、いつか立ち飲み屋をやりたい気持ちが高まってきたという。「立ち飲み屋にはラフにコミュニケーションできて、飲みながら話をすることで知らない人とも仲良くなれる雰囲気があるんです。僕自身、上京して知り合いがいなかったとき、立ち飲み屋がきっかけでいろんな人と出会うことができました」。

 アカウント作成後、元々同じ会社でキャンプ仲間だった藤井さんや斎藤さん、新井さんをよく飲みに連れ出してくれた上司の平塚さんらが加わることに。「いつか立ち飲み屋を」。その想いとともに、訪れてよかった立ち飲み屋のレポートを中心にInstagramに投稿し始めた。そして、19年秋、所属する会社が所有する東京・中央区銀座にあるホテルのサロンで、ポップアップイベント「立ち飲み余市」を開催することになった。

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2019年秋に開催した初めての「立ち飲み余市」には予想以上の人が来場し、自然と人がつながり合う場に。

”余白のある市場“を意味する「余市」は、何かを販売したい人や、パフォーマンスをしたい人が実践でき、関わる人がそれぞれの友人や知人を連れて来て、さまざまな「ヒト・モノ・コト」が行き交う場だ。このために制作された音楽に合わせてマリンバ奏者が生演奏するユニークな空間を創出すると、心地よい空気が流れるなかで名刺交換があちらこちらで始まり、自然と人と人がつながり始めた。

 そして、人がう楽しさに心動かされた参加者らから、「立ち飲み余市」に自分たちも関わりたいという声がこの場で上がった。器作家、コーヒーショップの経営者、日本酒に造詣の深い関係者が意気投合し、日本酒と器をテーマにした「立ち飲み余市」が東京・豊島区池袋の『COFFEE VALLEY』で20年1月に実現した。

 ほかにも19年には、東京・杉並区高円寺の老舗銭湯『小杉湯』でイベント「余市の湯」を手掛け、砕いたウィスキー樽の木片を湯に浮かべ、風呂上がりのお客さんにウィスキーの「余市」を使ったハイボールを出す、非日常の銭湯を演出した。このときの内装や「立ち飲み余市」のオリジナルグッズの製作を藤井さんが担当している。今のところ場所を借りて「立ち飲み余市」を実施するため、その費用をカバーする目的もあってオリジナルグッズを製作するようになったが、藤井さんをはじめそこにメンバーが関わりを持って楽しんでいる様子が自然と伝わってきた。

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「立ち飲み余市」のロゴを入れたアップサイクルTシャツなど、オリジナルグッズを販売。

本業と活動の境界線が溶け合っていく。

「プロシロウト」のメンバーは現在、新井さん、藤井さん、斎藤さん、平塚さんのほかに、名取美樹さん、波平大輔さんの六人がいる。今までの多くは新井さんがやりたいことを提案してメンバーから了承を得た後、それぞれが関わりたいことに取り組むスタイルをとっている。これは、元・上司の平塚さんから影響を受けたものだ。「学生時代に舞台監督をしていた時、なんとかして結果を出したいと奮闘すればするほど、メンバーの気持ちが離れていく経験をしました。そこで、相手に任せてその人のやる気を推進させて、タイミングを間違えてしまったらこちらがうまく編集する方法をとるようになりました」と平塚さん。

 新井さんは、ライフスタイルショップの本業と「プロシロウト」の活動のある生活になって、大きな変化を感じている。扱う内容は違っても、考えや手法は重なり、互いに影響を及ぼしていることを実感。収入面に関しては本業のみだが、精神面では両方が本業と言える状況になっているという。また、「プロシロウト」と名乗って行動を起こせるようになって自分に自信を持てるようになった。「本業と『プロシロウト』の両輪で自分の人生が回り始めているような感覚です」。生き生きと新井さんはそう話してくれた。

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「プロシロウト」を立ち上げて自分の性格も変わったと話す新井さん。プロの素人といえども、本気で取り組む。

「プロシロウト」の活動を通じて、ほかのメンバーにも変化があった。藤井さんは、身近な人を喜ばせたいという思いが強くなり、個人事業主へ。先の『小杉湯』のDIYリフォームのサポートを担当するなど、「プロシロウト」を通じて仕事の幅を広げていく予定だ。また、斎藤さんはコロナ禍で自宅での時間を長く経験し、リアルな場に価値があると実感。場づくりを続けていく気持ちが強まったという。

 後から加入した大学生の名取美樹さんにも大きな変化をもたらした。コロナ禍で「立ち飲み余市」を自粛していた昨年春、「プロシロウト」はInstagram Liveで飲み会を開催した。名取さんは自分にできることを考え、そのときの様子を絵で記録するグラフィックレコーディングに取り組んだ。その出来栄えにメンバー全員が感動し、名取さんは自分の存在が認められた気持ちになったという。「好きなことや自分のスキルを通じてつながりを持ち、これをきっかけに仕事を得ることができて、温かいお金があることを知りました。ここから自分らしい働き方を考えたいです」と話す。

 わずか1年半前に「立ち飲み余市」を機に動き出し、今では「プロシロウト」のメンバーに働く意味を問う場になっている。これからも自分らしく活動して、新しい働き方を示してくれるだろう。

photographs by Yusuke Abe text by Mari Kubota

記事は雑誌ソトコト2021年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。