『杉本薬局』杉本格朗さんの漢方の伝え方・広め方・働き方。
2021.01.16 UP

『杉本薬局』杉本格朗さんの漢方の伝え方・広め方・働き方。

WORK

職場である漢方薬局にいるときだけでなく、店が終わったあとの出会いもすべて大切に。楽しみながら知識を深め、漢方のおもしろさを伝えてきた結果、漢方薬局としてイベントの出店や商品の開発、場のプロデュースと、仕事の幅は多岐にわたる。そんな漢方家・杉本格朗さんの働き方とは?

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薬局内の棚に並べられているのは、漢方で使われる生薬をガラス瓶に入れたもの。

 神奈川県鎌倉市にある大船駅前の賑やかな商店街で、約70年続く漢方薬局『杉本薬局』の3代目・杉本格朗さんにとって漢方は、仕事でありライフワーク。「仕事が好きだから、プライベートを仕事に寄せています。遊びもイベントも人との付き合いも、生活のすべてが結局仕事と結びつく。仕事人間って、僕のなかではポジティブな言葉で、それくらいのめり込めることを見付けられたことは、すごくうれしいです」と杉本さんは穏やかに語る。

 そこまで人を夢中にさせる漢方とは、どういう存在なのか。「そもそも漢方は1+1=2という発想じゃないから、どこか芸術に接するときのような考え方が必要です。西洋を代表する現代医学の薬は病気を治しますよね。漢方の元になる東洋医学では、体が元気になれば病気が治ると考えています。余計なものを取って、必要なものを足していく。すべてのバランスを整えていくんです」と、説明は明快で、朗らかに魅力が語られるから、がぜん興味が湧いてくる。

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『杉本薬局』でともに働く兄弟、兄・格朗さん(右)と弟・哲朗さん(左)。

 漢方の基本は「相談」だ。『杉本薬局』の従業員である杉本さんも、店頭またはオンラインで多くの人の相談を受けるのが仕事の基本。店という”軸足“を持つ一方、イベントへの出店、トークへの出演、飲食店で提供する料理の監修、商品のプロデュースといった多様な仕事も行っている。「僕が漢方の仕事を始めた12年ほど前、世間一般の漢方への関心は、今よりも全然低かったです」というとおり、決して簡単な道のりではなかった。にもかかわらず、これだけ仕事の幅を広げられているのは、「伝統的な漢方の知恵を現代の生活にフィットさせたい」というテーマを持ち、多くの人に伝えるための試行錯誤を行ってきたからにほかならない。

「食事を選ぶとき、今日は寒いから温かいものを食べたい、疲れているから消化にいいもの食べたいと思うのと同じ流れで漢方があるといい。漢方薬局へ相談に来るきっかけって『なんとなくだるい』とか、『眠りづらい』『元気が出ない』『疲れやすい』とかちょっとしたことでいいんです。もっと気軽に使って、漢方を日常に入れてほしいと思っています」

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『杉本薬局』で扱うオリジナル商品。チャイ、和漢の塩、鍋やスープに使える薬鍋パックなど。

 もちろん自身も、日常とともにある漢方を実践。朝起きて、二日酔いの頭をすっきりしたいとき、仕事を始める前に集中したいとき、仕事で疲れた頭をしゃきっとさせたいとき、イライラしているとき、寝る前にはこれ、といったように、数えてみれば一日10回近くもの「漢方タイム」を設けて、その時々で使い分けている。杉本さんが日頃から多くの人にその魅力を伝えるため、試行錯誤している漢方とは、病気を治すための薬とは違う、人生を気持ちよく生きるためのツールなのだ。

「おいしくて、ワクワクする」を試行錯誤中。

 小さい頃から当たり前のように漢方を飲んではいたけれど、家業を継ぐつもりはなかったという杉本さん。現代美術や染織を学んだのち、卒業後も制作を続けていた暮らしが一変したのは、父親の体調不良をきっかけに家業の薬局を手伝いだした12年前、26歳のとき。

 手伝い始めた当初は経理だけのつもりだったが、接客をしている母親や叔母、姉の手が塞がっているときはそうもいかない。お客さんに無責任なことは言えないから、姉が行き始めた漢方の勉強会へふらりと行ってみた。すると、おもしろさに心を掴まれた。

「それまで芸術という明確な答えのない勉強をしていましたが、漢方の発想法も似ていると感じたんです。漢方には五行説や陰陽説といったロジックがあって、歴史もある。処方を決めるときは、季節や時間を考慮しながら、脈や舌などからその人の状態を見て、さらには、怒りやすい、喜びやすい、考えすぎる、悲しみすぎるなど感情までを網羅して判断していく。それがすごく楽しかったんです」と振り返る。自身で処方した漢方を飲んでみると、これまで絶望的に悪かった寝覚めが一変。すっきり気持ちよく起きられるようになったことが、漢方へののめり込みを一気に加速させた。

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大船駅前の商店街にある『杉本薬局』。1950年に杉本さんの祖父が創業。現在は杉本さんの両親、姉と弟、親戚などが働いている。

 当時20代だった杉本さんの周りには、体や心の不調を訴える人は少なく、漢方に興味を持つ人もほぼ皆無だったが、店を手伝うようになると地元・鎌倉のお茶屋さんやパン屋さんとのコラボや、イベント出店へのお誘いがくるようになった。「今でこそ、『杉本薬局』では和漢のお茶、薬膳鍋用のパック、チャイなどのオリジナル商品をつくって販売していますが、当初は、『漢方はお茶じゃないし』という迷いや葛藤もありました(笑)。でも、せっかくの機会なので漢方でなにができるかを考えて、パンにを入れて焼いてみたり、漢方を感じられるお酒やごはんを提供してみたり、マッサージオイルをつくってみたり。もともと地味なイメージのある漢方だけに、どうしたらイベントというお祭り空間のなかで場所が持てるか、人々が興味を持ってくれるかを考えて、おいしくて、わかりやすくて、喜んでもらえる提案を都度、試行錯誤してきました」と言う。

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漢方相談の際は、処方後きちんと飲むことができるか味を確かめるために、漢方をお試しで飲むこともできる。

 それと同時に、プライベートで出会った人たちにも漢方の魅力を語ることも忘れなかった。仕事を終えて大船から東京に飲みに行き、同席している人たちにそれとなく漢方の魅力を伝えていった。お酒が翌日に残りにくい漢方のサンプルを渡すと、多くの人が身をもって漢方のよさを実感してくれて、そこそこの手応えが感じられた。そもそも人と出会い、話すことが好きな杉本さんにとってこの時間は大切な時間だったが、日増しにタクシー代やホテル代がかさんでいった。それならばと、思い切って住まいを東京へ移したのは3年前のことだった。

「すぐに打ち合わせできる距離にいれば、仕事が増えるかなという思いもありました。実際、東京に住まいを移すと、家賃分をまかなえるほどに仕事は増加。さらによかったのは、片道40分の通勤時間がリフレッシュタイムになっていることです。通勤する人とは逆方向なのでラッシュはないのですが、コロナ禍においてできるだけリスクを減らすため、痛い出費ではありますが、毎日グリーン車を利用しています。コーヒーを飲んだり、仕事をしたりと、日常のなかで非日常感を味わえて、ちょっとした旅行気分が楽しめる贅沢な時間となりました」と笑う。

漢方の可能性を広げるため、新しいことに挑戦する。

 世界を広げてきたことによって、飲食店の薬膳料理のプロデュースが増加したほか、2020年11月に開業した、漢方をテーマにしたホテルの監修を行うなど、仕事の内容はさらに多彩になった。「ホテルの監修の仕事では、お料理、お酒、空間の香り、お風呂など、漢方にまつわること全般を監修しています。漢方って五感すべてを使って楽しめるもの。まだまだいろいろな可能性があると思っています」と瞳を輝かす。

 漢方家としての心構えは、新しいことにどんどんチャレンジしていくこと。「これまで先人たちがたくさんのトライ&エラーをしてきたからこそ、今の漢方がある。現代に生きる僕たちも技術を研鑽して、実践していかないとその道が途絶えてしまう。今だからこそできることに積極的にチャレンジしていきたいと思っています」と思いを語る。

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2019年に、ロンドンで行った漢方のレクチャー。漢方の基礎や歴史を話したのち、参加者の悩みを聞いて生薬をブレンドするデモンストレーションも行った。

 これからやっていきたいことはまだまだたくさんあり、その中でも、生薬入りのビールやコーラは近々商品化する予定。そしてなにより、みんなから漢方家としてより頼りにされる存在になりたいという思いを強く持つ。人と仕事が好きな杉本さんの働き方は、先人たちが積み重ねてきた学問の海に飛び込んで知識を深めながら、新しいことにチャレンジしていくことで、自分自身もまわりの人も幸せにしていく。

杉本さんに聞く、はじめての漢方。

Q. どのような診察をするの?

 漢方は「相談」が基本。初診の場合は30分〜1時間かけてじっくりと話を聞くとともに、舌の状態や脈をたのち、その人にあった漢方を処方する。漢方の考えのベースとなっているのは、古代中国で生まれた五行説という自然哲学の思想。世界は「木火土金水」という5つの構成要素からできていて、季節や体の各部位、臓器、感情、色などそれぞれが関係し合うと考えられている。その考えに、世界を「陰」と「陽」の2つに分けて考える陰陽説や、「風・寒・暑・湿・燥・火」といった六気、人間の生命エネルギーや体の動きを表す「気血水」など、さまざまな指標と、その人の状態を合わせて総合的に判断していく。基本は、余計なものを取って、足りないものを補うことで、気や血や水の循環をよくさせること。病気を治すのではなく、体のバランスを整えることで、体をいい状態にしていく。

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五行説の5つの要素「木火土金水」に、季節や体の部位、臓器などを当てはめ、どのように関係しているかを考える。

Q. 自分に合うものはどう見つけたら?

 みんながよく知っている『葛根湯』のように、風邪のひきはじめに飲むものもあるけれど、「気疲れする」「やる気がでない」「ドキドキする」「くよくよする」など、日々感じているちょっとした不調などにも対応できるのが漢方。漢方を処方してくれる病院だと相談のハードルが高いかもしれないが、気軽に行けるのが漢方薬局のいいところ。

Q. たとえばどんな漢方があるの?

 杉本さんが一日10回ほど行う「漢方タイム」で飲んでいるのは、「日々を心地よく過ごすための漢方」。朝起きて疲れていたら滋養強壮的なもの、食べすぎたら消化を手伝って胃腸の負担を軽減するもの、頭が疲れているときはリラックスするもの、講演の前に緊張を解くものなど、いろいろある。また、入浴剤やお茶、お酒、湿布薬など、生活のなかで気軽に取り入れられるものもある。

photographs by Jiro Matsushita text by Kaya Okada

記事は雑誌ソトコト2021年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。