憂国呆談 season2 volume121
2020.12.05 UP

連載 | 田中康夫と浅田 彰の憂国呆談 season 2 | 121 憂国呆談 season2 volume121

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ユニークな物件を扱う『東京R不動産』のオフィスや、リノベーションに使う建材を販売する『toolbox』のショールーム、さらにシェアオフィスも入る、東京・新宿区にある『目白センター』。訪れた田中さんと浅田さんは地下の作業スペースのテーブルに座り、横尾忠則さんがデザインした「口開けマスク」をつけて、新型コロナウイルスが猛威を振るう2020年の日本と世界を振り返った。

アメリカ大統領選挙と大阪住民投票の結果、就任した菅首相の評価、デジタル庁の新設、日韓の現実まで。

サプライズを生んだアメリカ大統領選挙。 

田中 ノムさんこと野村克也のセリフで有名な「負けに不思議の負けなし」は、随筆集『甲子夜話』で知られる肥前の松浦静山が平戸藩主を引退後に記した剣術書『剣談』の中で述べた至言だけど、11月1日の「大阪市廃止の是非を問う住民投票」、そして郵便投票6500万人を含む期日前投票が1億人を超え、当日投票者を合わせた総計も1億6000万人で投票率66・9パーセントと120年ぶりの高水準だった11月3日のアメリカ大統領選挙。この2つの投票行動は後世、SNS時代の「民意」に大きな転換をもたらしたエポック・メイキングな事件と評価されると思う。

「私人」だから、マスコミにはコメント料を要求すると言い張る橋下徹が「公人」だった2010年に言い出した「都構想」は、逆立ちしても「大阪都」にはならないし、なれないフェイクだったのに、2015年に続いて今回も「都構想」住民投票と羊頭狗肉な大見出しで煽り続けた日本の記者クラブの劣化は犯罪的だ。ドナルド・トランプも「ハッキリ言って我々が勝った」と勝利宣言したのに形勢が悪くなると、最初は優勢だった激戦州で魔法のように票が消えた不正選挙だ、正当な票を集計すれば自分が楽勝だから、郵便投票分の開票と集計を止めろと各州で提訴を連発。最後まで支離滅裂だった。

 秋の収穫期が終わり、キリスト教で安息日の日曜日を過ごした週明けに1日がかりで馬車に乗って投票所に出かける農業者のために、11月の第1週の火曜日に投票日が設定された大統領選の直前には波乱が起きるので、オクトーバー・サプライズと言われていたけど、今回は日米で「ノヴェンバー・サプライズ」となった感じだね。

浅田 「バカ殿ご乱心」としか言いようのないトランプの言動はさすがに目に余るし、再び全米で感染者が急増し経済の先行きも危うい中、常識的に見ればジョー・バイデンが大勝して当然のところ、僅差の辛勝で、投票日のあともなかなか勝敗が決まらなかった。「バカ殿」は選挙の不正を裁判で争うとか言ってるものの、事実上のクー・デターをやりきる能力はないし、結果を覆すのは難しいでしょう。辞めたら無数の訴訟と膨大な借金を抱えて余生を送ることになるんで、任期末に「自己恩赦」をするとか、辞任してマイク・ペンスを大統領にし恩赦させるとか、そういうサプライズの可能性もなくはないけど……。トランプは大統領選挙1か月前に新型コロナウイルスに感染し入院。免疫の暴走を抑えるステロイド剤と実験段階のモノクローナル抗体カクテルの投与で回復したのかすぐ退院、「オレはウイルスに勝って免疫を獲得したスーパーマンだ、ウイルスなんて怖くない!」と大見得を切った。投与された薬をみると重症化の危険もあったはずだけど、マイケル・ムーアなんかは「すべて嘘だったとしても驚かない」って言ってたね。

 それに先立ち、9月26日にホワイトハウスのローズガーデンで開かれたエイミー・コニー・バレット連邦最高裁判事候補(亡くなった進歩派のルース・ベーダー・ギンズバーグ判事の代わりにトランプの指名した保守派で、共和党優勢の上院がスピード承認)のお披露目式で、政府や軍、議会の幹部を含む集団感染が発生。退院後もトランプは各地の空港で選挙集会を開催、感染を広めて回った。「馬鹿でかいマスクをした女々しいバイデンが大統領になったらどこもかしこもロックダウンされるが、オレはアメリカを開く」とトランプが叫ぶと、マスクをせずに密集した支持者らが歓声を上げる。前から「民主党知事、たとえばミシガン州のグレッチェン・ホイットマー知事がパンデミック対策と称してわれわれの自由を縛っている、ミシガン州を解放せよ」などとツイート、刺激されたトランプ支持のミリシア(民兵)が知事誘拐計画を立てて逮捕された後も、ミリシアを非難するどころか、支持者らが「彼女を刑務所に入れろ」(前回の選挙でヒラリー・クリントン候補に対して使った決まり文句)と大合唱すると満足そうにニンマリする始末。

 そもそも最高裁判事の欠員を急いで埋めたのも、最高裁を保守派で固める絶好の機会だったからだけど、大統領選挙が裁判にもつれこむ可能性を考えてのことでもある。トランプは「オレが負けるとしたら選挙の不正しかありえない、そのときは裁判になるから最高裁が4対4にならないよう9人目の承認を急ぐ」と。裏で考えてることを露骨に公言してどうする?(苦笑)。

田中 日本時間で9月30日午前に行われた1回目のテレビ討論会でトランプが、まだ話し終えていないバイデンにわざと言葉をかぶせて邪魔するようにいたでしょ。吃音症を克服した同時通訳者が言ってたけど、喋っている途中に相手が割り込んでくると動顚しちゃうのだと。トランプ陣営がそれを狙ったとしたら実に卑怯だ。

浅田 逆に、それに先立つオンライン民主党全国大会で13歳の吃音の少年が話したのはよかったよ。地元の集会でバイデンに会ったら、「君も私と同じ吃音クラブのメンバーか。私は話すときこういう工夫をしてるんだが、やってみないか」と親身に相談に乗ってくれた、と。ともあれ、2回目の討論会はトランプの感染もあって中止、3回目の討論会では相手が2分間話す間、マイクをミュートにしたんで一応討論の形にはなったものの、勝者はミュート・ボタンだった、と(苦笑)。

 しかし、それ以上に改善が急がれるのは選挙制度そのもの。事前に自分で登録しないと投票できない。貧しい黒人の多い地区なんかだと、登録も投票も遠くまで行って長蛇の列に並ばないとできない。事前投票でさえ10時間以上並んだ人がいる。露骨な投票妨害だよ。それでさえ、民主党のアル・ゴアやヒラリー・クリントンは総得票数ではブッシュ・ジュニアやトランプに勝ってたのに、州ごとに選ばれる選挙人の数で負けちゃった。あの選挙人制度も廃止すべきだよ。

田中 肌の色を超えて個々人の希望が反映される合衆国でなく、実は1人1票の権利が反映されずに州単位で総取り合戦の「合州国」だったと。分断社会アメリカの後遺症は新大統領就任後も深刻だ。

地方自治のあり方を問うた、大阪市民の「民度」。

田中 同様に市民の間に深い傷跡を残した大阪のお騒がせ橋下・松井・吉村「“維ソ新”の会」トリオの「都構想」は、冒頭で断罪したように羊頭狗肉な代物。なぜって、大阪市選挙管理委員会のホームページに記されている正式名称は「大阪市を廃止し特別区を設置することについての投票」。略称が「大阪市廃止・特別区設置住民投票」。市長の松井一郎が提出して市議会が可決した今回の住民投票条例には「都構想」の文字は見当たらない。

「京」とは皇居のある土地を意味する「みやこ」。平城京から平安京へと桓武天皇が遷都して京都が生まれた。それまでの京の東に位置するのが東京。で、それは1869年に遷都ではなく奠都して現在の日本の首都となった。だから今でも京都に御所は存在するけど、京都都とは呼ばないし呼べない。これだけでも「大阪都」という名称がありえないわけだし、「統治機構改革で二重行政廃止」と言い張る“香ばしい”「意識高い系」の皆さんは、じゃあ、国と都道府県・市区町村の間に存在する「二重行政」も統合して国がすべて統治する全体主義国家も認めるんですかって話。

 論より証拠で、大阪市以外の19政令指定都市は市政廃止を求めてないし、人口20万人以上50万人未満の中核市も基礎自治体としての権限を政令市並みに増やしたいと願っているのに、その権限を放棄したいという、奇っ怪な主張。特別区という宙ぶらりんな立場の東京23区の区長も、コロナ禍の中で権限のなさを痛感したと述べているのに、その特別区を目指していた時代錯誤なんだよ。

浅田 2015年の住民投票で反対だった公明党が賛成に回ったし、事前の世論調査では賛成が多かったのが、投票日に向けて反対が増えていった。自民党と共産党が「政令指定都市の特権は一度失うと取り戻せない」と声を合わせたしね。

 いやあ、田中さんが事前に予想してたとおりで、有権者のバランス感覚はバカにならない。そもそも前回の敗北で『大阪維新の会』の橋下徹大阪市長が政界を引退、普通ならそれで終わりだよ。ところが「維新」はわずか5年後にまたも住民投票をやった。それでまた有権者に「ノー」と言われたんだから、『維新』代表の松井一郎大阪市長が任期満了をもって政界を引退すると表明したのも当然。考えてみれば、橋下を担いだ松井は、安倍を担いだ菅と似てて、裏方同士が前に出た形だけど、公明党も両者にすり寄った、しかし大阪ではそれは大失敗だったわけだ。

田中 現在の大阪市を廃止して大阪府の特別区として組み込む「統治機構改革」(笑)なのに、大阪市に隣接する政令指定都市の堺市や、橋下が住んでる豊中市、松井が住んでる八尾市をはじめとする大阪市以外の42市町村の大阪府民には投票権がなかったんだよ。その点の説明もせずに府知事の吉村洋文は「賛成に一票を」と街宣車で走り回っていた。

 潤沢な政党助成金が原資だったのか、維新陣営はテレビコマーシャルやチラシに4億円も投下した一方、河井案里・克行“妻夫”と違って中央からの支援がなかった自民党大阪の議員は自分たちで5000万円を工面し、一緒に市政廃止に反対した共産党も6000万円を調達した。

 それにしても、「大阪都構想」という虚偽記載を続けたマスメディアの罪は大きい。2001年5月15日に僕が「脱・記者クラブ」宣言を出してから20年にもなるのに相変わらず「縦割り行政」な新聞社は、東京都も含めて自治体は社会部が管轄するんだけど、朝日新聞は東京の政治部から幾人もの記者を投入して、反対する市民や議員を「守旧派」扱いし、賛成派を改革の旗手と持ち上げる都構想“マンセー”な紙面構成を確信犯で大展開して、分別をわきまえた読者に呆れられたのも、記録として「憂国呆談」に残しておかないとね。

問題山積の菅義偉政権は、どうする?

浅田 本人いわく「潰瘍性大腸炎の悪化」で首相を辞任した安倍晋三の後釜に、官房長官だった菅義偉が座ったけど、官僚を人事で統制して脇の甘いお坊ちゃん夫婦を支えてきた強面の番頭が表に出てきただけで、政権の体質はまったく変わらない。公文書改竄事件まで生んだ「モリ・カケ・桜」問題の処理も彼の下でなされたんで、2012年の著書『政治家の覚悟』の「千年に一度という大災害に対して政府がどう考え、いかに対応したかを検証し、教訓を得るために、政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」と民主党政権の東日本大震災対策を批判した章が、首相就任後に出た改訂版からこっそり削除されてるのは、その体質を示す象徴的な事件。

 また、些細なことにこだわるんだな。政権に批判的なことを言った学者は学術会議のメンバーとして認めないとか──政治の介入を防ぐため首相は推薦された候補者リストを形式的に承認するだけってことになってたのに。だいたい学術会議なんてそんなに重要なものじゃないし、拒否された学者たちだってたいした連中じゃないんで、そんなところに手を突っ込んで騒ぎを起こすなんて愚かだよ。

田中 2003年の国立大学法人法で各大学に理事や副学長として文部科学省の現役天下り官僚が君臨する一方、「自助」の旗を掲げて研究費は削減され、不安定な雇用条件で働く研究者は国公私立を問わず増加する一方だ。東大総長の後に自民党の参議院議員になって小渕恵三内閣で文部大臣を務めた90歳の有馬朗人が「政権交代したら政府の考えも変わる。学術会議は国の政策とは食い違うことがあっても構わない。反対の進言をすることもありうる。それが健全」と述べた。それが「総合的・俯瞰的」な多様性だよ。

浅田 そもそも菅は単発の人気取り政策を並べるだけで、「総合的・俯瞰的」なヴィジョンがない。だいたい政府が「携帯電話料金を下げろ」とか「賃金を上げろ」とか言うのは新自由主義からすればおかしいんで、それなら新自由主義からの方向転換を明示しなきゃ。

 実際、日銀が「異次元の金融緩和」を続けて膨大な国債や株を抱えてるんで、もはや社会主義に近いんだけどね。

田中 今にして思うと安倍という政治家は、なんだかお間抜けな感じが逆に憎めなかった“ブッシュ・ジュニア”ことジョージ・W・ブッシュ元・米大統領みたいな存在だった気がするよ。善かれ悪しかれ国民の間にも、ケネディ家とかと同じ「ロイヤル・ファミリー」という妙な幻想があったんだね。ニューヨーク証券取引所で「バイ・マイ・アベノミクス」と胸を張ったのも、我々の周囲では苦笑いの対象だったけど、一応絵にはなっていた。

デジタル庁の新設で、行政は一新されるのか⁉︎

浅田 日本も感染者が微増に転ずるなか、「Go To トラベル」だの「Go To イート」だの、あの手この手の消費刺激策を乱発。問題なのは、ホテルやレストランよりJTBやネットの予約サイトなんかが利益を得るようになってること。

 これが「Go To トラベル」の首都圏共通クーポン券。ホテルにチェックインしたときに宿泊費が35パーセント引きになって、15パーセント分のクーポン券をもらった。これだと夜遅くチェックインして朝早く次の場所に移動する人は使えない。食事やお土産に使うはずだったのが、コンビニだのタクシーだのいろんなところで使えるようになったのはいいけど、現時点ではネットで見てもどこで使えるのかなかなかわからないんだよ。ともかく、おかげでぼくの住む京都の観光客も増えてるけど、それは感染のリスクが高まることでもある。

 デジタル庁新設も、内閣府直轄でデジタル化を推進するのならともかく、新しい役所と利権を生むだけ。

田中 まさにハコモノ行政の延長だよ。日本には行政手続きが中央省庁全体で5万5000件以上あるらしいけど、そのうち法人も個人もオンラインで完結可能な手続きはわずか7・5パーセント。さらに、確定申告も含めて政府サイトのオンライン手続きを経験したことがある国民は5・4パーセントしかいない。IT基本法と称する高度情報通信ネットワーク社会形成基本法が2000年に成立した際に当時の首相の森喜朗が「君、この“イット”革命って何だ?」と尋ねてから20年も経つのに、これが日本の寒い実情。

 他方で各役所の仕様が違うのを改善すると称して共通の基盤クラウドを構築すること自体は認めるとして、いったいどこで税金を納めてるのかも定かじゃない無国籍企業アマゾンと一括契約して政府や個人の情報を委ねるってどうよ。発展途上国ならいざ知らず、腐っても日本には日立や富士通やNECがあるんだよ。なのに亡国政策だと反発しない「ネトウヨ」だの「エセ保守」って(涙)。    

 2人の担当大臣が「判子を撲滅」とリキッてるけど、実はIT先進地域の韓国も台湾も日本統治時代の印鑑証明制度をいまだに堅持しているんだよ。LGBTの時代であっても、婚姻届や離婚届は大切な手続きで、押印という伝統ある文化を守ってこそ「保守」なのに、「廃仏毀釈」に妄信するとは戦前戦中の「革新官僚」みたいな発想で頭が痛いぜ。

浅田 無駄な押印はなくすべきだけど、行政改革担当相になった河野太郎の大号令が「判子をなくす」だとは!(苦笑)。

 まあ、新型コロナの感染者情報もいちいちダウンロードした紙に手で書いてFAXで送ってたという驚嘆すべき国だから、改革は急ぐべきだけど、せっかくなら台湾がIT担当相にオードリー・タンを登用したように、現実にできる人間にトップに立ってほしいね。

田中 いやホントだよ。OECD(経済協力開発機構)の資料によると2018年段階ですでに、人口は日本の4割に過ぎぬ韓国の国民1人当たりのGDPと労働生産性は日本を上回っている。“日本凄いゾ論”の面々は「為替の誤差」の範囲だと言い張るだろうけど、円安ニッポンなんだから「為替の誤差」はプラスに働くんだよ。

 サムスン・グループ“中興の祖”として27年間に総売上高を25倍に拡大した李健熙が10月末に亡くなったけど、スマートフォン、薄型テレビ、NAND(ナンド)型フラッシュメモリー、DRAM(ディーラム)半導体メモリー、有機ELディスプレイは世界首位のシェアだ。全世界で通用する韓国の映画も音楽も隆盛だし、有料会員数2億人突破のNetflixも韓国発コンテンツに依存している。台湾も負けず劣らず同様のポジションでしょ。その現実を認めたうえで、日本は再チャレンジスするべきなのに、「アリとキリギリス」になっている。

photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

記事は雑誌ソトコト2021年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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田中康夫

たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。