英才教育 ー標本バカ 第六十七話
2019.07.26 UP

英才教育 ー標本バカ 第六十七話

DIVERSITY

町の変な「いきものおじさん」というのは、需要が高いものなのだ。

子どもたちの夏休みが終わろうとしている。虫が大好きな健全な少年に育った息子たちは、毎晩のように近所の灯に誘われて、そこに集まる昆虫の収集に励んでいた。彼らに走光性があるかのごとくである。カブトムシやクワガタムシの飼育に一生懸命だった昨年とは違い、昆虫標本を集めることにも興味を持ち始めた。昆虫少年として昔取った杵柄とばかり、昆虫標本の作製法を教えている。時には虫好きな近所の子どもたちも誘っての標本講座となる。町の変な「いきものおじさん」というのは、需要が高いものなのだ。

甲虫類の展足は発泡スチロールの板に、待ち針で固定して乾燥させればそれで大丈夫。標本用に甲虫や蜂を殺すための毒瓶も用意した。専門家は酢酸エチルという薬品を使用するが、代わりに染色体の固定に使用したカルノア溶液の廃液を使用した。これはメタノールと酢酸の混合液だから、効能は変わらないだろう。問題はチョウである。少年時代にはさまざまなサイズの展翅板を持っていたが、大学に入って実家を離れて以来使っていない。父に問い合わせたところ「そんなものはとっくに捨ててしまった」との回答だった。そこで、過去に担当した展示で使用したパネルの亡骸を再利用して、展翅板を自作することにした。展示パネルは発泡性の厚い板でできているので、固定用の針がうまくピン留めできる。完成した展翅板の裏には、怪しげな4か国語で解説文が書かれているというオリジナリティのあるものができた。

子どもの虫集めであるから、どうしてもきれいなもの、かっこいいものに集中しがちである。カラスアゲハやタマムシを捕まえたときは、家族中で歓声を上げた。しかし確実に目撃したことがあるオオムラサキだけがなかなか採れない。それもついに先日ゲットすることができた。こうしてこの夏の目標に掲げていたターゲットの虫をクリアすることができた。岡山の実家に帰った時も毎日虫採りだった。

虫を捕まえた後は標本作製だ。チョウはかわいそうだが翅の基部を圧迫して殺す。子どもたちは最初躊躇していたが、「虫かごの中で死ぬのを待っていたら羽がボロボロになっちゃうんだよ」と教えたら、自分たちでやるようになった。胸にピンを打ち、展翅板に固定する。この時体の向きに対してまっすぐ垂直に刺すのだが、「垂直」という概念がまだないため、理解させるのが難しい。翅の基部を細いテープで固定して、針で翅脈をとらえて整形するという繊細な作業がクライマックスだが、時には翅が破れてしまう。幼稚園年長と小学校3年の彼らには難しいだろうか。僕が本格的に展翅板を使うようになったのは中学生の頃だった。

過度に羽がボロボロになった個体についても標本として残すことを強要するのはやりすぎかもしれないが、どんなものでも残しておく意義はある。子どもたちは「捨てて、また捕まえればいいじゃないか」というのだが、「命を一つ奪ってるんだぞ!」と声を荒らげて激怒する。標本教育についてはまずまずとして、こんな感じでまともな「命の教育」ができているのかどうか、それはいずれわかるのだろう。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

本記事は雑誌ソトコト2017年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。