発酵ロボット、ヌカボットの誕生。 ー発酵文化人類学 第二部第21回
2019.07.23 UP

発酵ロボット、ヌカボットの誕生。 ー発酵文化人類学 第二部第21回

FOOD

つい先日、情報学者のドミニク・チェンさん、データサイエンティストのソン・ヨンアさんと協同開発した発酵ロボット、ヌカボットがお披露目された。写真のとおり、木樽の妖怪のようなこのロボットは、AI(人口の脳みそ)の代わりに微生物の生態系によってものを考え、人間に話しかけるALIFE(テクノロジーの生み出す生命)なのだな。

ヌカボットとは何か?

ヌカボットの仕組みでは、糠床にいる微生物の代謝をセンサーで読み取り、その代謝データを小型コンピューターで制御してパターンを読み取り、スマートスピーカーを通して糠床の発酵具合を音声で教えてくれる。手入れのタイミングがきたら「そろそろかき混ぜなよ」と促し、「おいしかったよ」と褒めるとお礼を言って評価グラフに記録を取る。こういう日々のコミュニケーションがクラウドに蓄積され、どんどんその家庭に合ったオリジナルの糠床の個性が育っていく。モンスターを可視化したポケモンのように、微生物をキャラクターのように可視化して楽しくコミュニケーションできるようにしたのがヌカボットなんだね。

糠床の複雑系

糠床から生まれる糠漬けは、世界的にメジャーなザワークラウトやピクルスのようなものとは一線を画する複雑性がある。通常の漬物では、多量の塩を加えたうえで酸素を抜き、乳酸菌のような酸素を嫌う微生物を優先的に増殖させて酸っぱい味わいをつくり出す。

ところが糠床には乳酸菌のほかに通常では雑菌扱いされるような、酸素を呼吸して強いニオイを生成する細菌類や酵母類が多数棲みついている。これは糠床の塩分濃度が比較的低いことと、定期的に人間の手や異なる食材が糠床の中に挿入されることによって多様な微生物が外から引っ越してくるからなんだね。その結果、糠漬けには独特の香ばしさや味の奥行きが生まれる。この個性は通常嫌われる雑多な微生物たちのおかげで生まれるのだ。

複雑なものを複雑なままに

ヌカボットでは、多様な微生物たちのせめぎ合いがデータに変換され、そこから「適切な共生関係=おいしさ」、あるいは「バランスの崩れた関係=腐敗」をパターンとして出力し、それが「おいしいよ」「そろそろかき混ぜて」というメッセージに翻訳される。人間の脳内では入力されたさまざまな情報が絡み合って思考になり、それが感覚や言葉に変換される。対してこの発酵ロボットでは、神経回路ではなく微生物たちが彼らのやり方で思考をし、僕たち人間とコミュニケーションを取ることができてしまう。

この発想は開発チームの、複雑なものを単純化せずに伝えたい、人間のそれとは違う社会性を表現したいというコンセプトから生まれている。普通に考えれば腐りそうになったら自動的にかき混ぜるロボットにしてしまったほうが合理的なのだが、それは微生物を人間の理屈に従わせる方法論でおもしろくない。そうではなく、微生物に促されて人間のアクションが誘発されるような、自分とは違う理で生きているけれど不思議に愛着を持ってしまう、おちゃめな妖怪のような存在であってほしいと思っている。

日々手入れをしながら自分の菌を移し、自分のなかにいる微生物たちの“分身”が話しかけてくるヌカボット。これからいろいろな人のもとへ種分けされて「おいしさの多様性」を増殖させていく予定。ご興味ある方はぜひ、僕のところへご一報あれ。

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2019年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

キーワード

小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。近著に『発酵文化人類学』(木楽舎)。