東京のコンサルからFC今治へ! 岡田武史会長とともに夢を追いかける、中島啓太さんの移住物語
2021.01.24 UP

東京のコンサルからFC今治へ! 岡田武史会長とともに夢を追いかける、中島啓太さんの移住物語

PEOPLE

前職は東京・丸の内のコンサルタント。コンサルという肩書きを手放し、中島啓太さんが移住をして選んだのは、愛媛県今治市のサッカークラブ「FC今治」のチーム運営。きっかけは、元日本代表監督・岡田武史さんの理念に共感したからだ。東京での都会暮らしを手放すことに悩みはなかったのか、縁もゆかりもない今治に移住することに不安はなかったのか? 現在は「FC今治」で執行役員を務める中島さんに、移住と仕事についてたっぷりと話を聞いた。

中島さんは1990年大阪府生まれ。高校時代のカナダ留学を経て、大学はイギリスへ。2012年に日本に戻り、東京の外資系コンサルティング会社「デロイトトーマツコンサルティング」に入社。コンサルタントの道へ進んだそうだ。

_中島さん:「デロイトには2016年まで在籍していました。でも、デロイトの在籍期間の最後の1年間は今治に住んでいたんです。2015年7月末から2016年9月末までの1年間に出向コンサルタントとして、サッカーの元日本代表監督・岡田武史さんがオーナーになったFC今治の経営基盤整備のお手伝いをしていました。実際に今治に住んで、クラブ経営に参画しながら一緒に働くというスタイルを取っていたんです。デロイトの仕事って本当にいろいろあって、国内外のいろんな土地に出向して、取引先の仕事にジョインすることも多いんです。FC今治の仕事をする前は、ヨーロッパや大阪にいたこともありました。
2015年に今治にやって来るまでは、今治はおろか四国にも来たことがありませんでした。でも、個人的にはもともと旅が好きで、高校時代にカナダに留学して以降は毎年引っ越しを繰り返すようなライフスタイルを送っていたので、移住に対する抵抗感が人より少なかったのかもしれません。定住するという感覚は、そもそも高校2年からなくなっていたのかも。どこかに住むとか、自分の環境が変わるとか、今治に来たときにも大きなハードルを感じませんでした」

FC今治
FC今治の事務所は、今治の里山エリアにある威風堂々とした古民家。中島さんを撮影したのは、日当たりの良い美しい木造廊下。仕事の合間に縁側や庭園でくつろぐスタッフも多く、屋内には茶室もある。

1年間の出向期間を経て2016年末にデロイトを退職し、正式に「FC今治」に転職したという中島さん。そこにはどういう経緯があったのだろうか? 

中島さん:「もともと、出向が決まる前の2014年の段階で、僕は岡田さんに『転職したい』と伝えていたんです。でも、新しい土地で新しいことを始めるにあたって『まだ何も決まっていないのに、雇ってくれとを言われても難しい先行きがどうなるか分からない中で君を引き抜くことはできない』とハッキリ言われていました。だからこそ、デロイトからの出向という立場で、まずは2015年から2016年にかけてFC今治に外部スタッフとして参画するというファーストステップを踏んだんです。僕がそもそもFC今治に転職しようと思ったきっかけは、岡田さんに対して『こんな素晴らしいリーダーと少しでも一緒に仕事をしてみたい』という憧れを抱いたから。

すべての始まりは2013年。僕が25歳のときに、当時のデロイトの社内講演会に岡田さんが来てくれたことにありました。僕は1990年生まれだったんですが、自分の中で社会に対しておかしいなと思う違和感が当時強くありました。岡田さんがそのときの講演会で発したメッセージが「そこから逃げるなよ」というもので、そのとき衝撃が走ったんです。

僕が感じていた違和感とは、困惑する社会と、目の前の平穏な環境との落差に対するものでした。
例えば、僕が生まれた90年にベルリンの壁が崩壊し、消費税が上がり、小学校2年のときに阪神淡路大震災が起こった。小学校高学年でNYのビルに飛行機が突っ込み、一方で日韓ワールドカップで世の中が盛り上がっていた。中学校になったときにロンドンの地下鉄が爆破される事件が起こり、高校のときに学校の朝礼で「君たちはこれから激動の時代を生きることになります。昨日、リーマンブラザーズという会社が破綻しました」と先生に言われた。大学になるとギリシャの財政破綻が起きて、アラブの春が起きたり、テロが世界で頻発したり……。幼い頃から「このまま世界ってどうなっていくのかな?」という漠然として不安があったんです。

一方で、目の前の生活は平穏に過ぎていっている。年金も払っているけど、将来おそらく払った額はもらえない。そもそも破綻するんじゃないかとも言われているけど、今自分の目の前の生活は平和に暮らせている。これって自分の中で、ものすごく違和感があって。どうやって生きていくべきだろうかと悩んでいました。

そのときに岡田さんが講演会に来て「3.11でみんな気付いたはずだ。本当に大事なものを。だけど、あんなこともあったねで終わらせたらいけない。あの時に何かしなくちゃいけないと感じたことを忘れてはいけないと。目を逸らせたらいけない」と。それを聞いて、これだ! と。自分が漠然と目の前のことから目を逸らせていたのを、そうじゃないんだと言われた気がした。素晴らしい方だなと思ったんです。

自分には大きな夢があったわけではないけれど、そういうリーダーと一緒に過ごすことで、少しでも人の役に立てる人間になれるんじゃないかなと思いました。そういう思いがあって、一緒に働きたいなと思ったんです。それが2013年でした。そのあと2014年に岡田さんがFC今治のオーナーになり、デロイトがトップパートナーになった。その後、デロイトでの出向期間を経て、2016年にFC今治に正式に転職した時点では、自分の中では『やっと』という感じでした」

理念
FC今治事務所内には、岡田会長による「次世代のため物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という経営理念が掲げられている。

取材・文/村上亜耶 写真提供/FC今治、宮田雅生

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中島 啓太

なかじま・けいた
株式会社今治.夢スポーツ マーケティンググループ長/経営企画室長。1990年大阪府生まれ。York St John University卒業後、2012年にデロイト トーマツ コンサルティング合同会社に入社。2014年にサッカー元日本代表監督の岡田武史氏と出会い、2016年の転職とともに、東京から今治に移住。
現在は、満員のスタジアムの創出を目指すほか、これまでにはFC今治のホームスタジアム「夢スタ」の建設や、次世代の社会変革者を生み出すワークショッププログラム「Bari Challenge University」の統括等も経験。