それぞれの「時間」を大事にできるように 長崎・小値賀島の民泊がめざすこれからの生き方
2021.01.11 UP

それぞれの「時間」を大事にできるように 長崎・小値賀島の民泊がめざすこれからの生き方

PEOPLE

長崎県・五島列島の北部に浮かぶ小さな島、小値賀島。島の民泊「暮らしを育む家・弥三(やさ)」は、コロナの影響で、お客さんの受け入れを1日3組から1組に減らしたそうです。「みんなが自分のペースを決められたら幸せですよね」と語るのはオーナーの長谷川雄生さん。東京からのIターンで、奥さまと2人で宿をきりもりしています。困難をのりこえ、コロナ以前よりもよい暮らしを。長谷川さんが今、感じていることを聞いてみました。

「人間はひとりひとりがそれぞれじぶんの時間をもっている。

 そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、

 生きた時間でいられるのだよ。」

ミヒャエル・エンデ『モモ』より

 

現場で暮らしながら仕事をしたい

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もともと、東京の建設コンサル会社に勤めていた長谷川さん。地方のまちづくり事業などにたずさわっていましたが、出張から戻って東京のデスクで課題と向き合い、事業が終われば縁が切れる。そんな仕事のやり方に違和感を抱いていました。

そんなとき、将来奥さまとなる沙織さんから、突然「どこかの島で宿をやろう」と提案されます。それまで移住など考えてもいませんでしたが、現場に住みながら仕事をしたいと思っていた矢先のこと。また、日々悶々と自己対話を続ける中で、自分の幸せは、友人を自宅に招いて共に食事をし、話をすることだと気づいたころでもありました。ふたりの間で、移住に向けた準備が始まりました。

東京に籍を置きながらゆるやかに移住

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それまで奥さまと何度も訪れていた小値賀島は、10年ほど前から民泊に力を入れていました。お世話になった民泊「ぶうさん家」のご夫婦や同世代の仲間たちと親しくなったことが移住先の決め手となりました。

長谷川さんは、すこし変わった移住のプロセスをふんでいます。「地域おこし企業人制度」を利用し、東京の会社に籍を置いたまま、小値賀島に”派遣”というかたちで住み始めます。空き家の利用をおもな業務とし、同時に、民泊の準備を進めたのです。しかも、募集があったから応募したのではなく、みずからプレゼンを準備して役所に直談判しに行ったというから驚きです。

完全に東京を離れ、移住したのは31歳のとき。築100年以上の古民家を改修し、地に根ざした生活を体験できる民泊をスタートさせました。東京時代は「地域のために」ばかり考えていましたが、このときのモットーは「自分のために生きる」でした。

1日1組限定にして気づいた「心地いい速度」

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宿を始めてよかったのは、今までの暮らし方では出会えないようなおもしろい人たちに出会えること。たとえば、先日は佐賀県の武雄市で土偶をつくっている方が泊まりに来たそうです。小値賀の赤土を絶賛されたのだとか……。宿での出会いをきっかけに、その後、長い付き合いになることも少なくありません。お客さんと過ごす時間がなにより喜びだといいます。

コロナで観光業や飲食業が大打撃を受ける中、「暮らしを育む家・弥三」もその例外ではありませんでした。宿は4月から6月のあいだ一時休業。将来の宿泊券となる「こんど『弥三』に泊まりに行く券」を販売しながら当面の現金収入を得つつ、7月からなんとか営業を再開しました。お客さんの安全のためにも、今まで1日に3組受け入れていたのを、当面のあいだ1組に限定することに。

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長谷川さんに、その変化について聞いてみました。

「1日1組さまにしてから、おもてなしの質がよくなったと思います。わたしたちもあくせくしなくていいので、お客さまとたっぷり時間を過ごすことができ、お互いにハッピーになりました。もちろん利益は減りますが、うちは家賃がかからないので、経営的な圧迫感は少ない方です。コロナで観光客は減っても、お客さまと過ごす時間の質がよくなった分、それほど辛い気分ではないですね。こんなふうに、忙しく働くことが当たり前ではなくて、みんながみんな、自分のペースを自分で決められたらいいのにと思うようになりました」

必要なのは「外の人のちから」と「島の人のちから」

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そんなことを考えているうちに、次なる興味もわいてきています。地元に住んでいる人たちは、老若男女とわず「やりたいことがあるけど時間がない」という人もいるそうです。時間がない人たちが、自由に好きなことができるよう、場所を用意したり、仕組みをつくったり、可能性を広げようとしている長谷川さん。

「ぼくは、選択肢があるって幸せなことだと思うんです。近所の子どもたちと接する機会も多いのですが、彼らにはたくさんの選択肢をもってもらいたいと感じています。

地方はどうしても教育の選択肢が少ないという欠点があります。だから、可能性が限定されがち。でも、どこへでも行けるし、いろんな生き方があっていい。正解なんてないし、変な大人たちの姿も見てもらいたい(笑)

それから、島の人たちだけでそういう選択肢を増やしていくのは、人口減少が進むなかでは正直むずかしい。だから、外の人の力を借りながらいろんな可能性を探っていきたいし、同時に、外の人たちから手を貸してと求められる島の人でありたいなと思います。そういう関係性のなかで、みんなが自分の時間を自分色に染めながら、日々おもしろおかしく生きていければと思っています」

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時間はあなたのもの。どんなペースでどのように生きるかは、自分で決められる。「暮らしを育む家・弥三」は、あたりまえの「暮らし」を通して日々そんなメッセージを伝えているのかもしれません。

 

文:青木紀子
写真提供:長谷川雄生