だらしない人の正体。
2021.02.28 UP

連載 | ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ | 46 だらしない人の正体。

DIVERSITY

 いつまで密を避けることになるか分からない。ということで先日、自転車を買った。難なく隣町まで行けるスピードが欲しいけど、ロードバイクほど気合が入っていないヤツがいいなと探していたら、ミニベロロードバイクというのがいいらしいと知った。ミニベロというのはタイヤが小さい自転車のことだ。ネットでいろいろと見た結果、FUJIというブランドにすることにした。決め手はインスタに上がっている写真がかっこよかったからだが、自転車というよりモデルのお兄さんが格好よかっただけな気もする。つくづく自分は底の浅い人間だなと思った。

 いくつかサイクルショップに問い合わせてみると、FUJIのバイクは、隣町のお店に置いてあると分かった。その日は休みだったので、早速買いに出かけたのだが、いざお店に着くと納車まで1か月かかると言われて、思わず「何するんですか?」と失礼なことを聞いてしまった。体格のいい、目尻も口元もすべて垂れ下がった仏頂面の店員さんは、うすく開いた唇から細いため息をついて、これからネジの緩みを確認したり、各所のメンテナンスが必要なんですよ。今は注文も立て込んでいて……と、気怠るそうに言った。だけど彼の肩越しには、ダラダラと暇そうに談笑するほかの店員さんたちが見えていて、僕はなんとなくそちらを見てはいけない気がしたので、妙に下を向いたまま返事をする格好になった。コイントレーのトゲトゲをまじまじと見ながら「なるほど! そうなんですね!」と言った。

 その後は祝詞のような保険の説明を受け、事前の補償金とやらを払い、ニコニコと店を出た。僕の機嫌がよかったのは、1か月も余裕で待てる自分が誇らしかったからだ。「事前に行動しなさい」という言葉は、小さい頃からあらゆる大人に言われてきたけれど、それが人並みにできるようになったのは、ほんのこの数年のことだな、と思う。歯医者は歯が痛くなってからしか行ったことがなかったし、確定申告も、期日直前になってから取り掛かっていた。10代の頃は、夏休みが始まったらすぐに宿題をやってしまう、なんてこともまるでなかったし、朝、教室に入るのも最後から数えて一番か二番目に遅かった。

 ちなみに、僕と並んで遅刻ギリギリに登校してきていたのはKという女子だった。僕とKは、中学2年で同じクラスになってから高校を卒業するまで、飯を食うのも遊びに出かけるのも、ずっと一緒だった。Kの初めての彼氏は僕の初恋の男だったし、僕とKの思い出の曲は、Kとその彼の思い出の曲になったので、僕はこっそり聴くのをやめたりした。甘酸っぱい思い出の中のほとんどすべてにKがいる。ゲラゲラと笑っているKが。

 そんな彼女があることで悩んでいると知ったのは、そういえばKって最近めっきり笑わなくなったなと気づいた頃のことだった。僕は最初、彼氏とうまくいってないのだろうくらいにしか思っていなくて、真相を知った時には、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。夕方の暗くなった部屋で受話器の向こうから聞こえてくるKの声は涙で溺れていて、僕の視界は部屋の壁の色を吸い込み、真っ白になった。

 大人になってからKと飲んだ時、「太田は、なんでゲイやって言ってくれへんかったん?」と聞かれた。僕がどう答えていいか分からず言葉を探していると、「それにしても、よう遅刻したよな〜!」と言ってKは笑った。「あー……、そうやったな」「うん。ウチらには、どうしたらいいかを考える、余裕もなかったよな」。

 もしかするとこの世には、余裕がない人がたくさんいるだけで、だらしのない人なんていないのかもしれないと、あの時思ったが、それは言い過ぎか。できれば、誰かを「だらしない」と断罪するより、「余裕がないのかも」と思える人でありたい。そう思えるだけの束の間の余裕をありがたくかみ締めるようにして、ゆっくりと駅まで歩いた。コロナが明けたら、Kに会いに行こうと思う。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

記事は雑誌ソトコト2021年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。