趣味のキャンプを仕事に。理想の移住を叶え、地域にとけこむ「野あそび夫婦」の“愛され力”とは
2021.03.06 UP

趣味のキャンプを仕事に。理想の移住を叶え、地域にとけこむ「野あそび夫婦」の“愛され力”とは

PEOPLE

 移住を考える人にとって「地域に馴染めるか」というのは、大きな不安要素のひとつ。そんな不安に対して、埼玉・ときがわ町へ移住した「野あそび夫婦」こと青木達也(アオ)さん&江梨子(エリー)さん夫妻に話を聞いていると、「地域に愛されるためには、自分がそのまちを愛すること」という答えにたどり着きました。縁もゆかりもないまちでふたりが叶えた「幸せな移住」について、教えてもらいました。

野あそび夫婦
青木達也さん(右/アオ)、江梨子さん(左/エリー)●野あそび夫婦。2019年5月に埼玉県比企郡ときがわ町へ移住。もともと趣味だったキャンプを活かし、同年6月に日本初のキャンプ民泊「NONIWA」をオープン。現在ではキャンプ民泊以外にも、ときがわ町の名産を使ったキャンプグッズの企画制作や、まちを盛り上げるイベントの企画も行う。夫婦ともにキャンプインストラクター資格を保有。

きっかけは焚き火を囲んだ人生会議

 そもそものはじまりは、キャンプで焚き火を囲みながら、ふたりで今後の人生について本音を話し合ったことでした。当時、テレビ番組の制作会社でディレクターとして働いていた妻・エリーさん。番組を通じて地方で活躍する人たちに取材を重ねるなかで、田舎暮らしへの憧れが募っていったといいます。

エリーさん「私の実家はいわゆる転勤族で、ふるさとがないのがコンプレックスでした。地元のお祭りに命を懸けている人や農家さんとおもしろいことをやっている人たちに取材するなかで、地元愛ってすごい素敵だなと思って。私もそういうものを見つけられたらいいなっていうのはありましたね」

 そんなエリーさんから話を切り出し、お互いの思いを話すうちにひとつの目標にたどり着きます。それは「自然の中で遊ぶように暮らす」というもの。自然の近くで暮らし、仕事と暮らしを一緒にしたい。ふたりが目指したのは、そんな生活でした。

野あそび夫婦

移住するために、無理はしない

 移住先の条件に掲げたのは、「大自然すぎないこと」「アオさんの職場から通えること」「移住者の仲間がいること」の3つ。東京や大阪など市街地で過ごしてきた時間が長いふたりは、険しい山間部や豪雪地帯のような雄大すぎる自然のなかでいきなり暮らすのは不安。また、移住してもしばらくは夫・アオさんが会社に通いながら生計を立てることを決めていたため、職場がある川越市まで通える範囲で“ちょうどいい田舎”を探すことにしました。どの条件も背伸びせず、ふたりにとって「無理のない移住」を考えた結果です。

エリーさん「仕事を辞めて移住したと言うと、いろんな人に『思い切ったね』と言ってもらうんですけど、全然そんなことなくて。ビビリなので、常に『大丈夫かな?』みたいな(笑)。ふたりとも仕事辞めたらやばいよね?とか、そういう感じで。できるところからやってみて、もし無理だったら戻ればいいよねって言いながら少しずつ進めてました」

 まずは移住先を探すため、キャンプで関東近郊を巡りながら、行った先で地元のお店を訪ねたり、移住者が経営するカフェやゲストハウスで話を聞いたり、自治体の相談会に行ってみたり。気になるまちへ足を運び、実際にそこで暮らす人の話を聞いてみる。その繰り返しのなかで出会ったのが、埼玉県比企郡ときがわ町でした。

ときがわ町
ときがわ町にある山からの眺望。

何度も通ってできた人とのつながり

 決め手になったのは、丸くて可愛いらしい山ときれいな川、そして移住者に優しい町の人と温かくて心地よい空気感だったといいます。

エリーさん「町に通って地元のお店にもいろいろ行ってみたときに、そこで出会う人たちも本当に優しくて。まちの雰囲気もいいね、とふたりで話していたんです。ときがわ町で家が見つかったら良いなと思い始めたころに、農業体験ができる民宿をやっている金子(勝彦)さんに出会いました。それも大きかったですね」

ときがわ町
埼玉・ときがわ町は、都内から電車や車で約70分ほどの場所にある。素朴であたたかい里山の景色が広がる。

 当時は、SNSのプロフィール欄に“ときがわ町”と書いてある人をとにかくフォローするなど、積極的に情報収集していたというエリーさん。ふたりの移住のキーマンで、ときがわ町の先輩移住者でもある「農家民宿 楽屋」店主の金子さんは、たまたま目にした移住冊子をきっかけに出会いました。

エリーさん「ときがわ町に移住したい気持ちが80%くらい固まっていたとき、金子さんのインタビューに『移住したい人にアドバイスもしてます』と書いてあるのを見て、会いに行ったんです。その後もイベントを手伝わせてもらったりして、毎週のように行ってたときもありました。そうすると、やっぱりそこで地元の人とのつながりもできていって。それでもう100%になったっていう感じでしたね」

農家民宿 楽屋_写真
農家民宿 楽屋の金子勝彦さん(写真中央)、そして右側手前に写るのがエリーさん。他の宿泊者と一緒に、自給自足の暮らしを体験。

エリーさん「しかも、農家民宿 楽屋さんでの経験が本当に良くて。金子さんのことを好きな人たちが集まるので、みんな感覚も似ているんですよね。それで初対面同士でもコミュニケーションが生まれる場になっていたんです。それがすごく素敵で。キャンプ民泊のアイデアを思いついたのも、その体験があったからという気がしています」

アオさん「金子さんは、僕らにとってキーマンになってくれた方のひとり。ときがわ町ってこんなまちだよっていうことも教えていただいたし、移住の準備を進めるなかで地元のいろんな方を紹介してもらいました」

キャンプ民泊NONIWA
キャンプと民泊をかけ合わせた「キャンプ民泊」の構想を最初に思いついたのは、アオさん。自宅の庭にテントを張ってキャンプ体験をしてもらいながら、お風呂やトイレは自宅のものを宿泊者に開放することで、初心者の不安を少しでも和らげようと生まれたアイデアだった。

 そうして移住先をときがわ町に定めたふたりは、町にも通いやすい川越市内に引っ越し、本格的に移住準備をスタートさせます。しかし、ここからが大変でした。

SNSがつないだ、ふたりの思い

 ふたりが苦戦したのは、移住先となる物件探し。インターネットでのリサーチのほかにも、地元の人への聞き込みや不動産会社への訪問を重ねましたが、なかなか理想の物件は見つからず。「キャンプ民泊」という新しい事業を立ち上げるために探していた物件の条件が特殊だったこともあり(探していたのは、テントが張れる広い庭付きの一戸建て賃貸…!)、最終的に現在の物件に決まるまでには1年半以上もかかりました。

NONIWA_内装
現在の「NONIWA」のリビングスペース。古民家をDIYで改装し、木の温もりとアウトドア感漂う室内になっている。

 難航した物件探しを助けたのは、ふたりのSNSやYouTubeだったといいます。もともとふたりは、ときがわ町でキャンプ民泊をやると決めてすぐ、「野あそび夫婦」というユニット名でSNSやYouTubeへの投稿をスタート。物件探しのあいだも町へ通いながら、「キャンプ民泊」という新たなサービスの構想や、移住〜開業までの過程、そしてふたりの思いを発信していました。

 そんななかで、“運命の出会い”は物件を探し始めてから約1年半後に訪れます。やっとの思いで見つけた理想の物件。しかし問い合わせてみると、それはふたりが希望していた賃貸ではなく、売り物件でした。

NONIWA_オープン前
もともと友禅染の作家さんが別荘としてリフォームを進めていた古民家。完成する前に亡くなってしまい、奥様が不動産会社に相談していたのだそう。隣の敷地には、この物件と同じ不動産会社が管理する広大な土地もあり、キャンプ民泊の構想にはぴったりの物件だった。

 それでも「ここしかない!」と思ったふたりは、ダメ元で賃貸にしてもらえないかを相談。不動産会社の担当者も必死なふたりを見て、売主さんへ交渉してくれることになったのです。それから祈るように待つこと数日。不動産会社を通じて返ってきたのは、なんと「OK」という返事でした。

 その理由は、売主さんの友人がSNSを見て、ふたりの活動を知ってくれていたこと。売主さんは、賃貸の相談がきていることをたまたまその友人に相談していたのです。その後、売主さん自身もYouTubeやSNSを通してふたりの思いを知り、家を貸すことをOKしてくれました。しかも、このとき交渉してくれた不動産会社の担当者もふたりのキャンプ民泊の構想を聞き、陰ながらプッシュしてくれていたのだとか。

 物件が見つかるまでの1年半、ときがわ町へ通い続け、町やキャンプ民泊への思いを発信し続けていたからこその奇跡。ふたりの真っ直ぐで温かい人柄も相まって、多くの人の心を動かしました。

NONIWA
自宅のすぐ横にある「NONIWA」のテントサイト。この広い土地も、地元やSNSの仲間に手伝ってもらいながら整備した。

 しかし、なかなか思うようにいかない物件探しのなかで、心が折れそうになったこともあったといいます。そんなときも、SNSやYouTubeで発信していたことが、ふたりを支えていました。

アオさん「物件を探しているときから『キャンプ民泊準備中』みたいなSNSのアカウントになってたんです。言ったからにはやらないとって思ったし、周りに言うことで自分を追い込んでました。それに、僕らの発信に対して、見てくれた人から『応援してます』とか『楽しみにしてます』っていう声を直接もらえたのも、継続して頑張れた理由のひとつです。自分たちの思いを明確に外へ出していくことはすごく大事だなと思いましたね」

 そうして長かった物件探しの日々を乗り越え、ふたりは2019年にときがわ町へ移住し、キャンプ民泊「NONIWA」をオープンさせました。移住を決意してから、ここまで約2年。時間はかかりましたが、地域にじっくりと通い詰めたぶん、移住するころにはすでに地元にとけこめている感覚がありました。

野あそび夫婦_移住者仲間と
ときがわ町の移住者仲間と。同世代の移住者も多い。

アオさん「僕らも2年くらいかけて地域に通うなかで、いろんな人に出会って、自然と知り合いが増えていきました。物件を探したり、『こういうことをしたいです』っていろんな人に話してきたので、町のなかに顔の見える人がすごく多いんです。関わってきた人が多いまちだから、その人たちに恩返ししたい。そういうのが今の僕らの原動力になっている気がします」

ときがわ町のためにできることを

 現在は、地元の木材を使ったキャンプグッズの制作や、まちを盛り上げるイベントの開催など、ふたりはキャンプ民泊以外にも活動の幅を広げています。そのなかで、地元の人同士の交流を生む「ときがわばっかり食堂」というイベントも、ふたりの企画で立ち上がった取り組みでした。

ときがわばっかり食堂

文:Miho Aizaki
写真提供:野あそび夫婦(青木達也、青木江梨子)

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