脳とコンピューターの融合 | 46 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか
2019.09.06 UP

脳とコンピューターの融合 | 46 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか

DIVERSITY

 脳とコンピューターを直接つなげる。テスラやスペースXなどを手がけて注目を集める、アメリカの実業家で投資家のイーロン・マスク。彼の次なるビッグプロジェクトは、脳とコンピューターを直結させる「Neuralink(ニューラリンク)」。人間の脳に電極を埋め込み、コンピューターとつなぐ。脳を傷つけないために、4〜6マイクロメートルほどの細い糸のような「thread(スレッド)」に電極を配列し、膨大なデータを転送する。

 頭蓋骨にドリルで穴を開けるのは人体への負担が大きいので、スレッドを人間に埋め込むための優れた外科手術用ロボットも用意する。脳からの信号を読み取り、増幅可能なチップを開発し、ワイヤレス接続、iPhoneアプリでコントロールすることを想定している。脳から直接コンピューターを操り、脳の機能を向上させ、認知症やアルツハイマー病の治療にも役立てる。実験では、サルの脳でコンピューターを操作できたことが発表され、2020年までに人間で臨床実験を開始することを目指している。イーロン・マスクがこのプロジェクトに熱を注ぐ理由は、「人工知能が、やがて人間の脅威になる」という考えを持っており、対抗手段として人間の脳に人工知能を組み込みたいからだ。

 この手の試みは1970年代頃から見受けられる。BCI(Brain-Computer Interface、ブレイン・コンピューター・インターフェイス)は、人間の脳とコンピューターを接続し、人間が脳で考えたことをそのままコンピューターに伝えたり、コンピューターで処理した結果をそのまま人間の脳に伝える技術。脳波を解析して機械との間で電気信号を出入力するプログラムや機器を称したBMI(Brain-Machine Interface、ブレイン・マシン・インターフェイス)を含めて、脳とコンピューターを直結させようとする試みは古くからある。技術革新の賜物で、チップの性能向上や脳への損傷リスクの軽減は加速する。いまは違和感を感じる人も多いであろうこのプロジェクトだが、頭の中だけでキーボードや家電を操作することが非常識でなくなる日はそう遠くない。ただ、イーロン・マスクが目指すところの「人間の脳に人工知能を組み込んで脳をブーストする」ことが本筋だとすれば、このような脳からの直接の操作は通過点に過ぎない。

 人間の脳と人工知能を融合させ、人工知能の脅威に立ち向かう。人工知能に駆逐される人類の危機の回避。人工知能に過剰な期待も不安も持たず、人間の脳の力を見直しつつ、バランスをとる落としどころをつくる人はもっぱら多い。しかし、人間の脳のあやふやさやバグ、それに対して人工知能が身につけるであろう力を見据えると、人間の脳と人工知能を融合させたい力学が消滅することはなさそうだ。人間の脳の不完全さを補い、力を増強する。人工知能は外側にあるツールだが、人間の脳と一体化させることで、使っている意識すらなくなってしまうかもしれない。

 脳が人工知能を制御しているのか、人工知能が脳を制御しているのか。人工知能が人間の暴走を防ぐのか、人間が人工知能の暴走を防ぐのか。融合が進み、脳が自分の脳と組み込まれた人工知能を区分けすることができなくなった世界は、どんな景色だろうか。カジュアルに直結する技術を実現できると、半ばファッション感覚で脳とコンピューターを直結する人も現れる。それほど難しくないイマジネーションだ。

文●小川 和也

本記事は雑誌ソトコト2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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小川和也

おがわ・かずや
起業家、著作家、研究者、ラジオ番組ナビゲーターとして、ばらばらの点をつなげて未来をつくる活動をしている。起業家として独創的な事業を生み出し続け、世界的に権威のあるマーケティングアワード「DMA国際エコー賞」を受賞。著書『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は高等学校「現代文」の教科書をはじめとした多くの教材や入試問題に採用され、テクノロジー教育を担っている。北海道大学客員教授として人工知能の研究を行い、J-WAVE『FUTURISM』番組ナビゲーターとして未来を生きる鍵を声で伝えている。最新刊は『未来のためのあたたかい思考法』(木楽舎)。