𠮷田勝信さんの、 民俗文化の延長上におくデザイン。
2021.03.07 UP

𠮷田勝信さんの、 民俗文化の延長上におくデザイン。

PEOPLE

 山形県を拠点としている𠮷田勝信さんのデザインは、独自の空気感をまとっている。それは、足を使ってフィールドワークを行い、手を使ってモノを作ることで生まれるもの。ぴたりとハマるデザインを真摯に掘り下げていくと、今と昔がつながっていく──。

自然のなかに入り、感性を磨く。

 しんしんと雪が降っていた。早朝から降り始めた、この冬初めての雪だ。視界の大半が白で埋まっていく。

 山形県西村山郡大江町に住むデザイナー・𠮷田勝信さんは、灯籠絵展示会「ひじおりの灯2020」の出展作品として「はっけよい、のこった、のこった」と題した灯籠をつくった。肘折温泉にある神社で行われる奉納相撲をモチーフに、鬼と組み合う力士の躍動が浮かび上がる。その表現を形にしていく染色材料として、自ら現地に足を運び、キハダの樹皮を採集した。

𠮷田勝信さん。グラフィックデザイナー。ブランディングやコンセプトメイキング、商品企画、サービス設計などにも携わる。

 山とのつながりは、𠮷田さんのデザインにとって欠かせない要素のひとつ。毎週末のルーティンは、ゆっくりと森を散策すること。そこで動物や植物のに触れていく。

「きれいなものや形がおもしろいものを見つけたら持ち帰って、たとえば鳥の羽にインクをつけてペンにしたり、逆に羽の部分を使ってなにか描いてみることもあります。キノコ、山菜、花、木の実を採集するのもおもしろいし、変化が楽しめるので、全部の季節が好きです」

 その感性が、仕事にも活きる。

「山でキノコを見つけるのと、パソコン上でデザインをつくっていく作業がかなり近いと感じています。あ! とキノコを見つけたときの感じと同じように、パソコンの中でもはっきり良いとは言えないけどなにか引っかかる形や配置ができた瞬間にも驚きがあります。それに従うようになりました」

 これだ、というものを逃さずにつかむこと。𠮷田さんにとって、山での採集とデザインは切り離されておらず、ひとつだ。

居間の一角に無造作に挿し入れられた鳥の羽。加工して猫のおもちゃにしたものも。

民俗的な表現に近づけていくデザインとは。

 𠮷田さんが山形県に住むようになったきっかけは県内の芸術大学への進学だ。そこで民俗学の研究者と一緒にフィールドワークに出かけたことで、”地域“と出合う。

 昔は養蚕が盛んだったこと、地形や集落を読み解く見方、伝統文化などを教えてもらったが、ことさら𠮷田さんを惹きつけたのは、一年の願いや無病息災の祈りを込めて行われる年始めの行事、お柴灯だった。踏み固めた雪の上に円錐型に4メートルほども高く積み上げられた藁が、正月の注連飾りや書初めと一緒に焚き上げられる。その立ち昇る炎柱の迫力に心を奪われた。

「びっくりしました。もともと住んでいる人たちにとっては当たり前のものですけど、当時のぼくは『これはもはやパフォーマンスであり、瞬間限りの造形作品だ』と感じました。一度一緒にお酒を飲むだけで急に距離感が縮まるおじいちゃんたちの存在も含めて、こういった民俗文化的な世界が残っているのが驚きでした」

 それから10年以上が経った。今、𠮷田さんは「民俗文化の延長にデザインを設定したい」と話す。先日はクライアントに年賀状の制作を依頼され、一枚一枚のハガキに実物の柄を箔押し機で直接プレスしてつくった。一見同じに見えても、まったく同じ出来上がりのものはひとつもない。

 
𠮷田さんが最近譲り受けたという箔押し機。熱せられた鉄板を版に押すことで箔が印字される。

「最終的なデザインを設計せず、ものが立ち上がる環境や状況をつくることで、結果として表現が出来上がります。できたものには揺らぎがあり7割くらいの複製で量もたくさん作れません。その揺らぎの中に僕や素材、技術、環境、文化といった外側の世界が内包され、ものの個性として表れると思います。そのときにたくさん作れないのもちょうど良いと思っています。それらが儀礼の道具や郷土玩具とも似ていると思います」

 このあたりでは、年に一度の祭りの前に山に入って木を伐り出したり、手を動かしてモノを作ることが今も当たり前に行われているという。神社の裏山の松を伐ってきて、儀礼のための象徴として10人くらいでその日一日で彫れるだけの男根を彫り、つくっているものは同じでもまったく同じものはひとつも存在しないのだそうだ。

 属人性をできるだけ排しながらも、ある種の表現が感じられるもの。そのために「作るプロセスを設計していく」のが、𠮷田さんのデザインだ。

山形県山形市にあるローステリア『Is Koffee』の水出しアイスコーヒーのパッケージ。「誰でも描けること」が大切。

血縁や地域という足元との意識的なつながり。

 アフガニスタンの椅子、東南アジアのおもちゃ……。自宅を入ってすぐの広間には、日本中、世界中から集められた民具や雑貨類が整然と並ぶ。その魅力について聞いていたとき、ふと𠮷田さんが「美しさや芸術が、現代のように観賞物ではなく、世界認識や生きるだった時代があると思います」と口にした。

 𠮷田さんの美的感覚は幼少期に育まれた。生まれは鹿児島県・奄美大島。現在は宮城県仙台市で染織の工房『台所草木染め 工房』を構える母が、素材の勉強のために島に住んでいた頃だ。

「母が機織りや染めをする隣で、端材でなにか作るようなことは子どもの頃からよくやってました。高校生のときには好きな洋服のパターンを紙に落として、違う生地で作りなおしてみたり、買ってきた服を染めたり。母親のつくる表現そのものよりも、環境要因に大きな影響を受けたと思います」

 𠮷田さんはデザイナーのかたわら、今も母親の工房を手伝い、生地を染めたり、採集してきた植物の繊維でアクセサリーを作っている。

「属人性のない作り方をデザイン産業のなかでやるにはどうしたらいいのか? とずっと考えていました。その感覚は大工さんや職人さんのところに修業に行けば身に付くかといえばそうではないはず。まずは身近な血縁の仕事を引き受けて、始めてみたんです」

 脈絡のないつながりではなく、血縁や地域という足元と意識的につながり、関わりを続けていくと、自然とデザインのかたちも変わってきた。

「僕の好き嫌いは置いておいて、山での採集も、山形で古くから行われていることも、母の工房での仕事も、全部プロセスのなかに入れていくんです。そういった自分じゃないものに遊ばれた結果、最後に出てくる表現が変わるし、その逆もあって、表現を変えるとプロセスがガラッと変わらざるをえない。それを繰り返すなかで5000年前の人や、5000年後の人もやっているみたいなものに触れられればいいなと思います」

 𠮷田さんの部屋に、無数の短い斜線で埋められた印象的な襖がある。これを描いたとき頭にあったのは、ただ余白を埋めることだけ。

 窓の外では街灯に照らされて、オレンジ色の雪が終わりなく斜線を描いていた。もう膝のあたりまで積もっている。「この分だと根雪になるかもしれないですね」。大昔から変わらず静かに降り続く雪が、襖を埋める筆先のイメージと重なった。

  
襖に短い線が描かれている。「ひとつの線を描くと次にどこに置くかが見えてくる。それを最後まで繰り返しているんです」と𠮷田さん。

photographs by Mao Yamamoto text by Atsuhiro Isoki

記事は雑誌ソトコト2021年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。