ゆうれいのほし | 90 | こといづ
2019.09.07 UP

ゆうれいのほし | 90 | こといづ

SUSTAINABILITY

ゆうれいのほし

 ホォーウォッ………………、ほぉおぉぉ………………。ワッホホッ…………、わっおぉぉぉ………………。

 たくさんの声が投げかけられては、別の声に変えられ、空に消えていくようだった。巨大な切り立った岩壁がまんまると僕たちを包み込んでいる。ここは、まるで天然の教会。音がよおぉぉく響く。ホホホホォォォ。少し遅れて声が返ってきた。ほおおぉぉぉ……。見知らぬ自分と会話しているみたいだ。

 アメリカ、ニューメキシコ州にあるゴースト・ランチにやってきた。この辺り一帯に広がる雄大で不思議な光景に身を置いてみたかった。どこまでも続く乾ききった荒涼とした大地。植物も生えてはいるけれど、すでにドライフラワーのような草花はポツリポツリ慎ましやかで、木があってもヒョロヒョロと小さく心許ない。砂漠になる一歩手前のような、地球ではない別の惑星に降り立ったような。

 そんな静かな大地を進んでいくと、突如、ストンと巨大なナイフが下され、切り分けられたケーキのように、何層も何層も重ねられた色とりどりの地層をあらわにしてそそり立つ岩壁が次々と現れた。壮麗だった。大地は太陽そのままだと感じた。大地の内側に隠されていた秘めた色彩、太陽をそのままに受け取った色彩で大地は充ちていた。赤い崖、オレンジの岩山、黒々した溶岩、純白の尾根、肌色の地表。ここには、すべての人間の肌の色が揃っているのかもしれない。美しい裸の人間が、何人も重なり合ってゆったりと横たわっているような。そういえば、以前、生命溢れる大海に潜った時、さまざまな色形の巨大なサンゴ礁を目の当たりにして、人間の内臓を見ているみたいだ、躰のなかを泳いでいるみたいだと感じたけれど。大地は外側、海は内側。おおらかに、人と、大地と、海と、地球と、宇宙と。この世にあるものは、みな同じ、繰り返し繰り返し、連なっているのだろう。

 日本の我が家では山の谷間のすっかり小さな空しか見られないものだから、こんな大空を見られただけで旅に出てよかったと感動する。ぐるり、空の様子がありのままに見渡せる。遥か遠くの空にピカッと稲妻が見えたかと思うと、真っ黒な雲が集まってきて、いくつもの黒い筋がクラゲの足のように垂れ下がりはじめた。なんだろう、あの黒い筋は……。もしかすると、雨が降っているのだろうか。これまでに見てきた雨とはまるで違って、柱か、滝のよう。そう、黒い滝が、いや、黒い蛇がにょろにょろと大地に頭をつっこんでいるみたいだった。毎日同じことが起こったので、もし僕がここに生まれていたら、雨と言ったら巨大な黒い蛇を描いていたかもしれない。

 お祭りがあるというので、インディアンの村まで車を走らせた。入り口に大きく「写真禁止」の看板が立てられていて、カメラやスマホを手にしている人はいない。録音やスケッチも禁止。誰かに記録されるために歌ったり踊ったりするのではない。みんなの精神がこの瞬間に集中されて、とてもゆったりとした空間が生まれていた。地を這うお経のような歌とともに脈打つ鼓動の太鼓がドンドンドンドン延々と打ち鳴らされる。僕たちによく似たインディアンの男女が単純な動作を繰り返し繰り返し、円を描いて舞っている。まるで盆踊りのよう。ぐるぐるぐるぐる、円が渦になって。死んだものも生きているものもゆうれいも、耳をすませば聞こえるだろうし、語りかければ届くのだろう。男も女も植物の葉を身にまとい、泥で肌を覆っていた。彼らが動くたびにカサカサササササ、森が動いているような音があまたに交差して、祭りの場を太古の懐かしい姿へと変えてゆく。虫や獣や草花や樹々が、あらゆる生きものたちの優しい尊厳が蘇ってきたようだった。

 「夕陽が見たかったら湖に行ったらいいよ」と宿の人が教えてくれたので行ってみる。宝石のような丸い石が数え切れないほど散らばっていて、ひとつひとつ手にとって眺めているだけでいくらでも楽しめた。

 そのうちに、太陽が遠くに大きく輝きながら沈んでいって、辺りを薄紫に染め上げた。すると、それまで見ていた石のひとつひとつが、とても特別なものに、いままで見てきた大地や空や雨がすべてこのひとつの石の中に入っている、隣の石にも入っている、次の石にはまた別の景色が、その隣の石にはまた別の水の流れや生命の輝きが、この星の写し姿が、それぞれの石にきっちりとくっきりと記されているのがわかった。

 元に広がる無数の石が、宇宙を旅する星々のように見え、ぐるぐると回りはじめる。僕はしゃがみこんで石を拾い上げ、この辺りで一番音が響きそうな大きな石と、石同士こすり合わせてみる。さりさりさりさり。ゆっくりゆっくり、天体の運行のように、しゅ〜りしゅ〜りしゅ〜り、円を描いてゆったり大きくこすり合わせる。力を抜けば抜くほど、我を忘れて耳を澄ませるほどに、りりりりりりりり、とぅとぅとぅとぅとぅとぅ、きりきりきりきりきり、すわ〜んすわ〜んすわ〜ん、りろろらろろたととと…………。美しい歌声が湖に鳴り渡った。

文・高木正勝
絵・たかぎみかを

記事は雑誌ソトコト2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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高木正勝

たかぎ・まさかつ
音楽家/映像作家。1979年生まれ、京都府出身、兵庫県在住。長く親しんでいるピアノで奏でた音楽、世界を旅しながら撮影した“動く絵画”のような映像、両方を手掛ける。細田守監督最新作『未来のミライ』の映画音楽をはじめ、CM音楽などコラボレーションも多数。2018年11月、この連載をまとめた初の著書『こといづ』を木楽舎より上梓。 www.takagimasakatsu.com