忘れられかけた価値の復活 ー 発酵文化人類学 第二部第23回
2019.09.08 UP

忘れられかけた価値の復活 ー 発酵文化人類学 第二部第23回

FOOD

 青森県十和田市に「ごど」という不思議な郷土食がある。今回はこの「ごど」をケーススタディとして、ローカルな文化が再発見される実例をみんなに知ってもらいたい。どのようにして価値は再発見されるのであろうか?

納豆×麹×乳酸発酵

 「ごど」とは、納豆に麹を混ぜてさらに乳酸発酵させた、納豆×麹×乳酸発酵という„ラーメンのトッピング全部盛り"みたいなハードコアな発酵食品。見た目はドロッとした納豆のような塩麹のようなテクスチャーで、発酵が浅いうちはご飯にかけたりおかずとして食べ、発酵が進んでドロドロに溶けたものはのように調味料として使ったりもする。

 十和田市をはじめとする青森県南部地方は、今でこそ稲作が盛んだが、かつては湿地が多く冷涼な気候で米のほかに豆を主食として多く食べていたようだ。その流れで家庭では当たり前のように納豆が手づくりされていた。で。納豆を手づくりしたことがある人だったらわかると思うのだが、納豆は発酵させるのに40度以上の温度が必要。昔は囲炉裏や炬燵の熱を利用していたのだが熱が弱いと発酵が進まなくてべしゃっとしたイマイチな納豆もどきができてしまう。「ごど」は、そういう納豆もどきをなんとかして食べてやろう! という発想から出てきたものだ。納豆のネバネバ感に麹の甘みや旨み、さらに乳酸菌の酸味が加わり、ものすごくクセになるパンチのあるフレーバーに仕上がる。

お母さんの”スタイル・ウォーズ”

 「ごど」は発酵を体系的に学んだ者からするとびっくり仰天のレシピ。酒屋や味噌屋が仕込みの時期に納豆を食べるのを禁止するように、麹と納豆は相性が悪いとされている。コウジカビよりも繁殖力の高い納豆菌は、麹の発酵を台なしにしてしまう。ところが「ごど」では、納豆に確信犯的に麹を混ぜ、そこにさらに乳酸発酵を呼び込むという、発酵学でいうところの「コンタミネーション(雑菌汚染)」を意図的にやってしまっている。十和田市のお母さんたちによるパンクな文化なのだ。さらに。それは「ごど」をつくるお母さんの数だけスタイルがあるヒップホップのような文化でもある。あるお母さんは発酵初期の麹の甘みを押し出した「フレッシュごど」がおいしいと言い、もう一人は発酵が進んで酸味が濃厚になった「ヴィンテージごど」がおいしいと言う。

忘れかけられた 価値の復活

現代性の再発見

 十和田市で受け継がれてきた「ごど」には現代性がある。原料は大豆、米(麹)、塩なのでどこでも容易に調達できる。難しい技術や高価な設備もいらない。そして和食の発酵文化のいいとこ取り的なリッチな旨みがある。これは単に伝統食品としてアーカイブだけではもったいない。現代の発酵ラバーたちに普及啓蒙せねば! と確信し、十和田市の郷土食研究家とともに「ごど」をつくるワークショップを東京で開催した。誰がこんな謎の講座に参加するのか?という周囲の心配をものともせず、全国から30組以上の「ハードコア・発酵ラバー」が集まり「何だこのおいしさは!」と熱狂した。これをきっかけにSNSで「#ごど」タグが誕生し、都内で、「手づくりごど」を提供する飲食店まで現れた。このように各地に眠っている伝統文化には思いがけない現代性を持つものがある。この現代性をテコにしてデザインを施せば、伝統は新たな発明品として蘇るのだ。現代性はトレンドの中にだけ存在するものではない。忘れかけられた小さな文化の中で、僕たちと出合うのを待っているんだよ。

文・イラスト●小倉ヒラク

記事は雑誌ソトコト2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

キーワード

小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。近著に『発酵文化人類学』(木楽舎)。