サブカルチャーのまちに生まれた現代版商店街、『BONUS TRACK』。
2021.03.19 UP

サブカルチャーのまちに生まれた現代版商店街、『BONUS TRACK』。

WORK

 若者がチャレンジをして新しい価値を生み出す。かつて東京・世田谷区下北沢が持っていたまちの魅力を現代的な感覚のもとに取り戻す、新たな“商店街”が昨年4月に誕生した。そこは、住む、働く、遊ぶが渾然一体となった場所。デザインしたのは、“多様性”だった。

豊かさを生み出すために多様性を取り入れる。

 小田急線・下北沢駅と世田谷代田駅の間に、2020年4月に誕生した『BONUS TRACK』。線路の地下鉄化に伴って生じた跡地で、新たなまちづくりが始まった。書店、飲食店、音楽やファッションの小売店のほか、不動産屋、シェアオフィス、シェアキッチン、住居までもがそろった新しいタイプの複合施設だ。手がけたのは、これまで下北沢でビールが飲める書店『本屋B&B』を運営してきた内沼晋太郎さんと、ソーシャルなウェブメディア『greenz.jp』の運営を経て、まちづくりなどに関わる開発・プロデュースを行う『O&G』代表の小野裕之さん。二人は新たに『散歩社』を立ち上げて、この『BONUS TRACK』を生み出した。

 
内沼晋太郎さん(左)と小野裕之さん。それぞれ『本屋B&B』と『日記屋 月日』、『お粥とお酒ANDONシモキタ』と『発酵デパートメント』の経営にも携わる。

 3年半前、若手男前農家集団『トラ男』をプロデュースする武田昌大さんと東京・中央区日本橋で『おむすびスタンドANDON』を営んでいた小野さんに、『小田急電鉄』から開発の相談があった。地下鉄の上部のため法規上重い建物が建てられない住宅専用地域であるために、いわゆる商業施設も建てられないエリアだった。「働くことと住むことに垣根のない暮らしを『greenz.jp』で追求してきた経験があり、ウェブでの発信だけでは社会が変わる限界を感じていたので、このようなまちづくりに関われることには覚悟がいるけれどチャンスと思って引き受けました」と小野さん。話が進むにつれ、開発依頼だけでなく、建物を一括して賃借するマスターリースの立場で事業を請け負うことに。一人でやり切れないと思った小野さんは、下北沢で店を営む仕事の先輩であった内沼さんにも声をかけた。内沼さんは一晩考えて、一緒にやることに決めたという。

 下北沢は古着、演劇、音楽、アートなどのサブカルチャーの街というイメージがある。しかし、人気が高まるにつれて地価が高騰し、これまでのように若者がチャレンジしやすい環境ではなくなってしまった。そこで、街の魅力を取り戻すためにも、『小田急電鉄』には、「若い人のチャレンジの受け皿になる」ような場にしてほしいという強い思いがあった。そして、行き着いたのが、2階で暮らしながら1階で店を営む「職・住・遊」が渾然一体となる商店街のような場だ。ワークショップを通じて店と住まいの広さ、家賃も決めた。「上と下、両方を借りられて15万円。ロマンとそろばんを必死にやって新しいことが生み出せるよう、ギリギリで支払えそうな金額にしました」と小野さん。小野さんはソーシャル系、内沼さんはカルチャー系でこの新しいまちづくりのチャレンジに乗ってくれそうな知り合いにそれぞれ声をかけ、また地元・下北沢の業者を含めて、感覚的に合いそうな分野が異なる人たちを選んだ。「『BONUS TRACK』とは、ボーナス的に生まれた路線跡(トラック)という意味があり、CD作品などの音盤ではアーティストたちが、実はやりたいことを表現できる“余白”のような場でもあります。入居者に存分にチャレンジしてほしいという思いも込めているんです」と内沼さんは説明する。

 
店舗のひとつである、世界中のユニークな音楽を中心にしたレコード、CD、カセットテープを扱うレコードショップ『pianola records』。中古品がメインで、自主レーベル「Conatala」からのリリース作品も。

 前述のとおり、ここには飲食店や小売店のほかに、シェアオフィスやシェアキッチンもある。それは、店の2階に住む人、働く人、店に来る人だけでなく、“日常的に働く”などの別の関わり方をするレイヤーも加えて、多層的な場であることを求めたからだった。「これまでは効率性を重視して、働くことと生活することを分けるのが当然で、多様な場所があまりありませんでした。しかし、それでは関係性がやせ細る。多様性や多層性は時には大変と感じることがあるけれど、それがあると豊かなことが起こる。このような理由からいろいろな関わり方を意識しています」と小野さんは話す。

 
『BONUS TRACK』の夜の風景。近くに住む人、働く人がふらっと飲みに来る。時間帯で使い方を変えられることも、多様性を生む。

関係を入り組ませて、コミュニケーションを促す。

“多様性”を意識したデザインは、『BONUS TRACK』の建物や広場にも及んでいる。この設計を担当したのは『ツバメアーキテクツ』だ。多様性を表現するとなるとカラフルな色づかいをしがちだが、周辺住宅と馴染むこと、長い目で見ても古びないことを考慮してシルバー基調の外観にした。しかし、よく見ると同じシルバーでも異なる素材を組み合わせたりデザインに変化をつけたりして、各店舗の個性が光る。また、中央に広場を設けたのは、関係性を入り組ませるため。各店舗が店内から拡張し、イベントなど新しいことを生む余白を残しているのだ。

 
中央の広場。イスやテーブルが置かれ、食事をすることもできる。

 そこで、それぞれが好き勝手に行動すると問題が起きるため、コミュニケーションを取ることが必要になってくる。月に一度、店長会議を開いて店舗ごとの売り上げを報告する機会があり、周囲への気遣いが醸成されているという。「若い人たちは多様性が苦手で、自分の領域に入ってほしくない人も多いのですが、そうは言っても人と関わらずに生きてはいけません。だから、こういう場所で自然と話ができるように私たちが促すことも一つの役割だと思っています」と小野さん。『BONUS TRACK』の運営が始まって約10か月。内沼さんの周辺では2店舗で働く人、副業を始める人が少しずつ生まれてきたという。

 また、ダルマのロゴは、『COMPOUND』のデザイナー・小田雄太さんがデザイン。グッズを作る権利はオーナーの『小田急電鉄』が独占しない柔軟な契約で、デザイナー発信のものづくりができる。この点も今までにない取り組みの一つだ。この生まれたての現代版商店街がどのように成長し、新しい価値観を作っていくか。今後が楽しみだ。

 
『COMPOUND』の小田雄太さんがデザインした『BONUS TRACK』のロゴ。

 

photographs by Hiroshi Takaoka text by Mari Kubota

記事は雑誌ソトコト2021年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。