真鶴町 卜部直也 | 16 | NEXTスーパー公務員
2019.09.11 UP

真鶴町 卜部直也 | 16 | NEXTスーパー公務員

WORK

神奈川県・真鶴町で、「美の基準」を長く担当し、その運用を担ってきた卜部さん。
対話と信頼を大切にしながら、企業誘致やスタートアップイベントの誘致など、
新しいチヤレンジを続けていく取り組みを紹介します!

「美の基準」の運用から学んだ、
対話に重きを置いた協議の重要性。
「真鶴らしさ」を大切にしながら、
さまざまなチャレンジをしていく。

 連載の最後に紹介させていただくのは、神奈川県・真鶴町の卜部直也さんです。神奈川県の西部に位置し、県内で唯一、過疎地に指定されている人口約7000人の真鶴町。卜部さんは、その真鶴町を心から愛し、「真鶴らしさ」の価値を信じて動き続けています。今ではその価値に気づき、サテライトオフィスを開設する企業が出てくるだけでなく、住民自身が、地元のために何かできないかと動き始めています。その成果から見える華々しさの裏には、絶え間ない努力がありました。この連載を通じて伝えたかった、行政が持つ本当の力、その中で公務員が果たす役割と可能性、そしてその裏で誰にも気付かれずに続ける努力について、お伝えできればと思います。

芸術祭「真鶴まちなーれ」では、真鶴港に現代アート作品が。
芸術祭「真鶴まちなーれ」では、真鶴港に現代アート作品が。

直接担当した「美の基準」。
対話型の協議を導入して
理念を運用につなげ、
制度に魂を入れる。

 卜部さんが真鶴町の職員を志望したのは、大学生の頃。「小さな町の大きな挑戦」という新聞社説を目にしてからです。そこに描かれていたのは、1990年代当時、国の方針で全国各地でリゾート開発が進められる中、国と闘いながら地域固有の風景を守り育てる建築ルールなどを定めた独自の基準「美の基準」をつくっていく真鶴町の姿。ここで行政の可能性に挑戦してみたい。そう思い、真鶴町に就職。すぐに「美の基準」を担当するも、いきなり理想と現実に直面します。

 「美の基準」は、通常の行政がつくるような「高さ10メートル以内」といった数値で決められたルールではなく、景観に「ふさわしい色を使う」といった、抽象的な言葉で書かれた基準です。抽象的だからこそ何が「ふさわしい」色なのか、同じ色でも使っていい建物とそうでない建物と結果が異なってくると、「公平性」や「客観性」を厳しく求められる行政としては、なかなか当事者に納得してもらえません。理念はよくても運用が十分に機能しない。そんな現実が待ってました。 それでもあきらめずに試行錯誤を繰り返す中で気づいたのが、施主の予算や好み、敷地の状況や行政の考えなど、すべてを資源として位置づけることで、一緒に最もいい解答=最適解を探していくという、対話型協議の有効性でした。あえて行政側では結論を用意せず、当事者からどうしたらいいか積極的に提案を受けて議論し、最終的に当事者が納得する解決策で確定させるスタイルを導き出しました。とても時間のかかるアナログな作業ですが、「真鶴らしさ」について考え継承されていく大事なプロセスが生まれます。美の基準の担当を担いはじめて、5年余りの月日が経っていました。

音楽家・エンジニア・クリエイターが真鶴で創作ハッカソンをする催しも。
音楽家・エンジニア・クリエイターが真鶴で創作ハッカソンをする催しも。

数字を追うのではなく、
地域と共生する企業誘致。
育てた信頼関係をもとに、
さまざまなチャレンジを。

 今では、企業誘致など民間の力を町に生かすための窓口、渉外を担当している卜部さん。思いは変わっていないと言います。美の基準が育てる真鶴らしい風景から生まれる豊かさの探求。そして、対話を通して、皆の力で新たな価値を生み出していく手法。卜部さんが企業の人たちに語るのは、真鶴町の強みではなく弱みです。地域課題をはっきり伝えることで、その課題を資源と感じる仲間と出会うことができる。実際に「子育て中の女性の働き口がない」という課題に対し、女性人材の確保と社会貢献を求める大阪のWebマーケティング会社がサテライトオフィスを真鶴町に開設しました。企業誘致にあたって真鶴町では、地元の受け入れと伴走型支援を重視し、一緒に何が必要かを考え共に行動することで、企業の事業展開に必要な、お金では買えない地元との信頼を得ることに注力しています。誘致企業のKPIは年間1件。数字を追う目標ではなく、「地域との共生」を理解してくれる企業とていねいにコミュニケーションをとることが、長期的な目で見たときにも重要だからです。

 卜部さんの取り組みからいろんな価値が生まれる秘訣は、周囲の人たちの「信頼」です。世の中に価値あるものを生み出すためには、一人ではできない。だからこそ、周囲の人たちの信頼と協力が不可欠。庁内外で育んできた信頼関係をもとに、今では、住民、そして民間の人たちにも支えられているからこそ、手触り感を持って、さまざまなチャレンジができる。最近、真鶴では、地元の人による芸術祭や、世界的な起業体験イベント「スタートアップウィークエンド」が開催されるなど、東京とは異なる独自の風景に魅せられて真鶴に来る「新しい人の流れ」が生まれています。これからも、試行錯誤を楽しみながら、真鶴町で生まれた子どもが、多様な生き方・選択肢を持てるような社会をつくっていきたい、と卜部さんは話していました。

 ”NEXTスーパー公務員”と題して続けてきたこの企画。紹介させていただいた公務員たち自身は、一ミリも自分がスーパーだと思っていません。派手なことではないけれど、目の前の仕事を人一倍頑張っていくその姿勢が、次の時代を担う公務員像なのだと感じています。「全国の公務員の志や能力が1パーセント上がれば、世の中もっとよくなる」。そう信じて、私自身これからも動き続けていきます。ぜひ皆さんも、周りの素敵な公務員も応援してください。長い間、ありがとうございました。

「スタートアップウィークエンド真鶴」で発表する卜部さん。
「スタートアップウィークエンド真鶴」で発表する卜部さん。

\首長は見た/
「提案より実行!」を合言葉に、町民と地域を元気にする行動力。

真鶴町 宇賀 一章町長

 2013年、私は「若い世代の力」を信じ、真鶴町・活性化プロジェクトを立ち上げました。「提案より実行!」を合言葉に、行政の中堅職員・若手職員と公募町民で好きにチームを形成してもらい、朝市やお試し暮らし事業、そして起業体験プログラムや公民連携の森林保全など今につながるさまざまな事業が立ち上がりました。思ったら即行動、アイデアをすぐに実装し、お客さんの反応をもとに修正を加えてあるべき事業を構築していく。そんなたくましい行動力が、行政職員と町民の垣根を越えていろんな形で展開されています。政策課にて新規事業の立ち上げを担当する卜部くんをはじめ、試行錯誤を楽しみ、町民とともに地域を元気にする職員の行動力に今後も大いに期待しています。

 

text by 脇 雅昭

記事は雑誌ソトコト2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

キーワード

脇 雅昭

わき・まさあき
1982年生まれ、宮崎県出身。2008年に総務省に入省。神奈川県庁に出向し、現在は観光部長と政策推進担当部長を兼任。 47都道府県の地方自治体職員と国家公務員が集まる「よんなな会」を主宰。「47都道府県の大人たちを仲間に」をコンゼプトに、民間企業の経営層はじめ国、自治体の公務員など「誰かのために何かできる」セクターを超えた仲間づくりを進めている。http://47kai.com