幼馴染3人で農業に挑戦!「農業Crew」長野美鳳さんの“農家×デザイナー”という働き方
2021.04.03 UP

幼馴染3人で農業に挑戦!「農業Crew」長野美鳳さんの“農家×デザイナー”という働き方

PEOPLE

「農業やりたい」――SNSでつぶやいた一言から始まった「農業Crew」。新潟県三条市の幼馴染3人組が結成した、農業ユニットだ。全員が農業とは別の本業を持ちながら、それぞれ合間の時間を縫って活動している。

会社員を続けながら農業。“半農”の魅力とは?

 力仕事が多いイメージの農業。さらに平日は会社で働き、休日に農作業をする“兼業”のスタイルは負担が大きいのでは? そんなふうに思う人も多いだろう。

 しかし畑には、野菜とともにみずみずしく笑う3人がいる。本業を続けながら農作業に取り組む“半農”の魅力とは一体なんなのか? そのはじまりから現在まで、「農業Crew」の中心的存在である長野美鳳さんに話を聞かせてもらった。

農業Crew_長野美鳳さん
長野美鳳さん●新潟県三条市出身。1993年生まれ。県内の大学でプロダクトデザインを学んだあと、地元企業でブランディングやデザイン、マーケティングなどの業務に従事。2018年、会社員を続ける傍ら、地元の幼馴染とともに「農業Crew」を結成し農業をスタート。2021年3月にフリーランスのデザイナーとして独立し、農業とデザイナー、ふたつの活動を兼業している。

幼馴染3人で活動する「農業Crew」

 「農業Crew」の活動拠点、新潟県三条市。南北に長い新潟県のなかでもほぼ中央に位置し、隣の燕市とあわせて「燕三条」と呼ばれる。包丁や金物、洋食器などに用いられるこの地域の優れた金属加工技術は、世界中から注目を集め続けている。言わずと知れた「ものづくりのまち」だ。

 このまちで生まれ育った長野さんは、地元の同級生とともに「農業Crew」を結成。平日はそれぞれ別の本業をこなしながら、休日は畑に出て野菜をつくり、地元の朝市で販売。時にはイベントを主催し、野菜を使った飲食メニューを提供することもある。2020年の夏には、密にならずに楽しめるひまわり畑を作るなど、その活動は農業だけにとどまらない。

農業Crew
「農業Crew」の3人。左から、金子理紗さん、長野美鳳さん、小川沙織さん。

なぜ農業をはじめたのか?

 2018年に「農業Crew」を結成し、自ら農業に取り組む長野さん。生まれ育った実家も、兼業の米農家だ。幼いころから両親の農作業を手伝うのが日常だった。その経験から自身でも農業を始めたのかと思いきや、違うらしい。「汚いし、疲れるし、ずっと嫌々やってて。『嫌い』ってそもそもインプットされて育ってきました」。長野さんは、笑いながらそう振り返る。

 大学卒業後はプロダクトデザイナーとして地元企業に就職。初めは実家の農業を継ぐつもりさえ、まったくなかった。なのになぜ、自ら農業を始めたのだろう? そこには、長野さん自身の“農業”に対するイメージの変化があったようだ。

畑

脈々と続く、燕三条の暮らし方

 変化のはじまりは、新卒で入社した燕市の包丁メーカー「藤次郎株式会社」で、会社全体のブランディングに関わったこと。

 会社の歴史をひもとくと、もともとは農機具の製造からスタートし、農業の閑散期に家庭用ナイフなどの刃物を製造したことが、包丁メーカーとしてのはじまりだったことを知る。燕三条地域は昔から水害が多く、冬場には降雪もある。1年を通して農業ができる環境ではないからこそ、ものづくりと兼業する暮らし方が根付いてきた。

長野さん「その文脈を知って、『あ、うちもそうだな』って思ったんです。お父さんもお母さんも働きながら農業をやってるよなあって。そのときに、実は私の家も燕三条で脈々と続いてきた暮らしをしてたんだと知りました。この地域ではそうやってものづくりと農業がずっと発展してきた。そういう地域の文脈も素敵だなって思うようになったんです」

新潟三条_田んぼ
ご実家の田んぼの風景。田畑の上を上越新幹線が通る。

 “農業”そのものの魅力に気づいたのは、大好きなビールを勉強したことがきっかけだった。長野さんのビール愛は、一時期「醸造家になりたい」と思ったほど。結果的にその夢は、製造免許などの高いハードルに直面し諦めたが、ビールの歴史や成り立ち、味の違いを勉強するうちに、ひとつの答えに行き着いた。

 それは、「ビールって農作物だ」ということ。素材や原料の違いで、あらゆる違いが生まれる。素材の品質は、ビールになったときの品質にも影響する。農作物のおもしろさを実感したのは、そのときだった。

長野さん_ビール
ビールへの愛は年々高まり、手に持っているグラスの製造も自ら企画。イベントなどで販売している。

野菜の豊かな表情に魅せられて

 そんなビール好きが高じて、種類が豊富なオーストラリアのビールを飲むため、ひとりで現地を旅行したことも。そのときの体験が、農業を始める決定打になったという。

長野さん「オーストラリアで、たまたま現地のファーマーズ・マーケットみたいなところに行ったんです。そこで売り場に並ぶ野菜を見たときに、『めっちゃかわいいな』と思ったことがあって。日本の八百屋さんとは、また違う見せ方で野菜が売られていた。そのときに『場所が変わると野菜ってこんなに表情が違うんだ』と思いましたね。それがすごくおもしろかった。それで、日本に帰ってきて『農業やろう』って思ったんです」

マーケット
海外で訪れたマーケットの風景。同じ野菜でも、日本で見るものとは違って見えた。

 このとき同時に浮かんでいたのは、実家のお米のことだった。どんなに良いお米ができても、「新潟県産コシヒカリ」としてひとまとめになって販売される。でも、もっと見せ方を工夫すれば、自分たちが作るお米も野菜も、たくさんの人に直接届けることができるのでは? それまでのブランディングやプロダクトデザインの経験も相まって、「自分で農業をやってみたい」と思うようになっていた。

 そして、オーストラリアから帰ってくると、思いをそのままTwitterにつぶやいた。「農業やりたい」。その一言に反応したのが、幼馴染の小川沙織さんと金子理紗さんだった。

金子さん、小川さん
3人は小中学校の同級生。お互いの家も近い。

「農業Crew」結成、初めての野菜づくり

 長野さんと同じく農家の家に生まれ、県内の農業高校を卒業したふたり。長野さんのツイートを見て、「やりたい」とすぐに反応をくれた。これが「農業Crew」のはじまりだった。

農業Crew_農作業

 メンバー全員が、農家の生まれ。畑をやるための農地や農具はそろっていた。だからこそ「農業やりたい」の一言で始められたという背景もある。

 とはいえ、自分たちでやるとなるとわからないことだらけ。畑の上では、常にスマートフォンが必須だった。農作業のなかで壁にぶつかると、すぐに検索、実践。それを繰り返して、1年目でもなんとか自分たちだけで形にできた。初めてつくる、ビーツやコリンキー、サラダごぼうなどの珍しい野菜たちも、しっかり実をつけてくれた。

ビーツ
地元のベテラン農家さんがつくる野菜には勝てない!と思った3人は、朝市ではあまり並ばないような珍しい野菜づくりに挑戦していた。

 収穫後は、地元の朝市での販売も好調。オーストラリアで見たような魅力的な売り場を目指し、ポップやパッケージも手づくりした。野菜ごとのおすすめの食べ方や、「農業Crew」の活動、ストーリーを伝える接客も好評で、初出店にもかかわらず用意していたぶんはすぐに売り切れ。しかし同時に、野菜やお米の販売だけではなかなか売上につながらないことも実感していた。

農業Crew_朝市
朝市では、長野さんの実家のお米も販売。写真の「農業Crew」オリジナルパッケージは、長野さんのデザイン。

 そこで2回目の出店からは、育てた野菜をフードやドリンクにして販売。「農業Crew」の野菜をその場ですぐに食べてもらおうと考えた。自分で加工するのは手間だけど、誰かに調理してもらって食べれば「おいしい」と感じてくれる人も増えるはず。ただ売るだけではなく、つくったもののおいしさを伝えるための活動でもあった。今ではそのまま販売するよりも、調理して販売するほうが多い。何度も工夫を重ねてたどり着いた、現在のスタイルだ。

農業Crew_イベント
地元の朝市のほかにも、「農業Crew」としてイベントを主催。育てた野菜やお米を使ったフードメニューを提供している。

文:Miho Aizaki
写真提供:農業Crew、長野美鳳

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