多拠点生活の一つのカタチ。夫婦で始めた「バンライフ」。
2019.09.13 UP

多拠点生活の一つのカタチ。夫婦で始めた「バンライフ」。

SUSTAINABILITY

毎日通う職場があり、毎日帰る部屋がある。
そんな当たり前のことが、少し形を変えただけで、革命的な生き方になりました。
車1台で移動する職場と、移動する部屋。
その持ち主が見つけたのは、地方と都市の境目のない新しい働き方と、多拠点生活から生まれる可能性でした。

多拠点生活のひとつのカタチ。

車1台あれば、どこででも生きていける。

 「さあ、どうぞ」と二人が招いてくれたのは、大きな夏の空の下の小さなテーブル。ここが今日の二人の食卓だ。テーブルの上には、手作りの美しいケーキや瑞々しいフルーツが並び、かたわらには大きなバンが停まっている。キャンプを楽しむ休日のように見えるのだが、ジョニーさんとはる奈さんには、これは日常の風景。これが現在の二人の暮らし方であり働き方でもある、「バンライフ」だ。

 「僕らにとって、この車は移動する部屋なんです」というジョニーさんが、10年あまりの田舎暮らしを経て東京に戻ったのは一昨年前のこと。

 「当たり前ですが、東京はいろいろな面で変わっていました。便利にもなっていたし、なんでも手に入りますが、家賃は高いし、食生活でいえば地方のほうが豊かに感じて……。都市部に部屋を持ち生活コストをかける暮らし方に、違和感を感じました」。そしてジョニーさんが選んだのがバンで暮らすことだった。「東京に戻ったときの僕の荷物は、2つのスーツケースだけ。そして東京にはシェアリングサービスがたくさんできていた。ここで無理に家や部屋やモノを所有する必要はない、足りないものは借りたりシェアすればいい、と思ったんです」。

 運命の糸とばかりにタイミングよくバンが入手でき、日中は東京・千代田区永田町のシェアオフィスで仕事をして、夜はバンに帰るという生活が始まった。「都心にはシェアリングサービスが充実しているので、あれこれ自己所有するよりも、コスパよく豪華な暮らしができます」。

1987年式のメルセデスベンツ・トランスポーターT1。
1987年式のメルセデスベンツ・トランスポーターT1。

大切なもの、好きなものだけを詰め込んだ〟動くマイルーム〝は、大きなバン。

 大きなバンで暮らしていると聞けば、のんびり過ごす休日や車で各地を巡る旅が想像されるが、バン”ライフ“という言葉にもあるように、これは二人にとって”生き方“だ。大切なものだけを厳選して所有し、足りないものはシェアして暮らす。働く場所は、1か所に決めず各地のシェアオフィスや移動した先の車の中。そんな働き方ができる社会になりつつあるのだ。

居心地のいいソファは、はる奈さんがDIY。
居心地のいいソファは、はる奈さんがDIY。

 「自分の持ち物、一切合切を詰め込んでどこにでも移動できる。これって、すごく革命的じゃないですか? 震災の後、自分の周りにも『不安のある場所から離れたいけれど、仕事や学校の都合で無理』という人が多くいました。自分で自分の居場所を決められないのはある意味、社会の”バグ“だとさえ思うんです。バンライフに定義なんてないけれど、僕らが選んだのはこの形。二人ともノマドワークが可能な職種だからできた部分もあるのですが、家なんてなくても車1台あれば、どこへでも移動して生きていける。『自分で考えて暮らしを組み立てる、自分たちで制御できるシステムの中で生きていこう!』ということを実践して、道を示していきたいと思ったんです」。

壁面収納を手前に倒すと、ベッドマットが出現する仕組み。
壁面収納を手前に倒すと、ベッドマットが出現する仕組み。
ソファの対面の壁には、デスク(次ページ)や棚が取り付けられ、中にベッドマットを収納。セミダブルのベッドを展開してソファと合体させると、ダブルベッドに。
ソファの対面の壁には、デスク(次ページ)や棚が取り付けられ、中にベッドマットを収納。セミダブルのベッドを展開してソファと合体させると、ダブルベッドに。

バンライフから広がる、新しい働き方。

 「いくつかのシェアオフィスを利用するうちに、自分たちに必要なものがわかってきました。それに合う場所を探しているときに、ここを見つけたんです」。

長野県・富士見町にある『テレワーク&コワーキングスペース富士見 森のオフィス』。
長野県・富士見町にある『テレワーク&コワーキングスペース富士見 森のオフィス』。

 町のテレワーク推進計画の一環としてオープンした長野県・富士見町の『森のオフィス』が、いまの二人の働き場所のひとつ。

木造施設をリノベーションした建物で、都会では味わえない開放感のあるオフィススペース。シャワー室、食堂、会議室などもある。
木造施設をリノベーションした建物で、都会では味わえない開放感のあるオフィススペース。シャワー室、食堂、会議室などもある。

 必要なもののうち意外と大事だったのが、安眠のための水平な駐車スペースだったりもするのだが、ここを選んだ大きな理由は、キッチンスペースの存在だ。

業務用機器が並ぶシェアキッチンも完備。はる奈さんの仕事には欠かせない場所。
業務用機器が並ぶシェアキッチンも完備。はる奈さんの仕事には欠かせない場所。

 「オフィスと同じように、シェアできるキッチンです。いま私たちが進めている仕事のひとつが『食』にまつわること。バンには二口コンロがありますが、さすがにオーブンまではないので……」というのは、フードスタイリストとしてレシピ開発やフード撮影などの仕事を始めたはる奈さん。「食」を大事にしている二人はバンで移動する生活をおくるうち、移動先の地域の食材を使った料理を提案していきたいと、「Van à Table」という活動を始めた。「今日のケーキも長野県産の素材で作りました」と話す、はる奈さん。地場産の食材で作った料理をバンライフで楽しむ。そんな風景を主にSNSで発信中だ。

「ローフード」の手法で作ったブルーベリーチーズケーキ。ケーキの上には長野名物の食用ほおずきが。
「ローフード」の手法で作ったブルーベリーチーズケーキ。ケーキの上には長野名物の食用ほおずきが。

 ジョニーさんの本職はWEBデザイナー。パソコンとネットがあればできる職種だからバンライフが実践できたのだが、新しい働き方を始めたら新たな仕事のアイデアが湧いてきた。

 「バンライフ、多拠点生活という生き方、働き方を提案していきたいんです。たとえば、僕らも悩むのですが、移動してもどこにでも車を停めていいわけではない。けれど地方へ行けば車を停めて過ごしたくなる素敵な場所がたくさんありますよね。どこにでも移動できる強みを生かして、各地にそうした場所をつくり出し、食も含めて、地域を盛り上げていけたらと思っています」。

取材当日は霧ヶ峰高原付近で撮影を行った。
取材当日は霧ヶ峰高原付近で撮影を行った。

 これらは今後の目標なのだが、いまは体を張ってバンライフの未来を実践している、とジョニーさん。

 「これからは自動運転の時代。バンが自動運転化し、オフグリッドでどこでもエネルギーに困らなくなり、自動で快適に移動できるようになったとき、働き方、暮らし方、生き方、すべての考え方が変わっていくのではないでしょうか。そんな未来を、バンもライフスタイルもDIYで、手探りで実験中です」。

 そして不思議なことに、さまざまな事柄が絡まり、思い描く未来へと転がりだしているように見える。

 「バンライフと多拠点生活って、防災面でも強みだと思いませんか?」というはる奈さんの本職は、防災コンサルタント。ここにも自分のスキルを生かせるコンテンツを見出し、二人の発信するバンライフに防災というもう一本の柱が加わった。いままた、新しい働き方が生まれようとしている。

ミニマルだけど豊かな暮らしを送る、ジョニーさんとはる奈さん。
ミニマルだけど豊かな暮らしを送る、ジョニーさんとはる奈さん。

●「Van à Table」のHPはこちら:https://van-a-table.life

photographs by Kei Fujiwara
text by Keiko Tamura

記事は雑誌ソトコト2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。