当たり前である場所をつくる。梅守志歩さんの、大切な村と宿。
2019.09.16 UP

当たり前である場所をつくる。梅守志歩さんの、大切な村と宿。

DIVERSITY

与えられた境遇で、望まれた役割を成し遂げながら自分がやりたいことにも結びつけて、働く──。
そんなしなやかな働き方を始めたのが、梅守志歩さん。
「大好きな人たちと自分のため」、2つの事業に関わっています。

家族を助けたいと、がむしゃらに働いた。

 奈良県奈良市に拠点を持つ『梅守本店』の取締役で、1988年生まれの梅守志歩さん。社名から分かるように、同社は家業。1994年、父・康之さんと母・節子さんが創業した寿司製造・販売の会社だ。

 実は、志歩さんは四姉妹の三女で、長女の姉は心の病を、妹は白血病を患っている。「長女の姉と妹の状態はよくなかったし、次女の姉はすでに結婚していたから、私しかいないって思ったんじゃないでしょうか(笑)。『梅守本店』は、父の寿司事業と祖父が経営していた不動産事業を合併させて新たにスタートした会社です。祖父に万が一何かあれば、不動産事業を父がやらねばならず、寿司事業の責任者がいなくなってしまう。自分のやりたいことを続けるか、家族に求められていることを選ぶか……、すごく悩んで、私は家族のほうを選択したんです」。

建設中の宿からの眺め。山々に寄り添い暮らす地域の人々の生活を、体感することもできる。
建設中の宿からの眺め。山々に寄り添い暮らす地域の人々の生活を、体感することもできる。

 2013年、『梅守本店』に入社した志歩さん。ここから、苦しい日々が始まった。「前職では数千万円規模の仕事に関わっていたのに、直営の販売店で一日10万円ほどを稼ぐ日々。そのギャップに『私はこんなんするために帰ってきたんじゃない!』と思っていました」。ストレスからか体に蕁麻疹ができ、何度も両親に辞意を伝えたこともあったが、康之さんは首を縦に振らなかった。

 「あのとき止めてくれたからこそ、今の生き方にたどり着けました」と振り返る志歩さん。その頃康之さんは、寿司職人を体験できる『うめもり寿司学校』を始めていた。当初は日本人客を想定していたが、末娘が入院する小児がん病棟で「好きなものを食べることを楽しみにしている子どもたち」に触れたことが康之さんを揺さぶったのだという。その経験こそが同社の方向性を決定づけ「国籍、人種、宗教、障害、病気にとらわれず、すべての人が食を通して笑顔で楽しい場をもつこと」がミッションになったのだ。『梅守本店』の客には奈良を訪れる外国人観光客が多く、彼らを対象にするのは自然な流れだった。

 康之さんは、営業の得意な志歩さんを頼りにしていたのだろう。志歩さんは企画書をつくって海外を飛び回り、ミッションや思いを熱心に伝え、旅行会社から団体客の申し込みをどんどん得ていった。現在は東南アジア、ヨーロッパ、北米、ロシアなどから客が訪れ、参加者は40万人を突破している。

茶畑見学などを盛り込んだツアーの様子。外国人ともすぐに親しくなれるのが、志歩さんの魅力の一つ。
茶畑見学などを盛り込んだツアーの様子。外国人ともすぐに親しくなれるのが、志歩さんの魅力の一つ。

今の私にできる働き方って、何だろう。

 2015年、ある働き方との出合いで志歩さんの心境が変化し始める。県内の東吉野村にオープンしたシェアオフィス『OFFICE CAMP HIGASHIYOSHINO』で、村に移住したデザイナー・菅野大門さんから「拾った流木をフリーマーケットで販売した」と聞いたのだ。「会社に入ってしまうと、会社員以外の生き方にあまり出合えません。私には、自分の身近にあるものに自分で価値を付けてお金を得られるんだと衝撃で(笑)。自然あふれる自分の好きな環境で好きなものを取り扱いながら生きていけると教えてもらったんです」と志歩さん。アラスカを撮り続けた写真家・星野道夫さんの本を読んで以来、「自然の近くで暮らしたい」と考えていたこともあり、菅野さんの働き方に強く惹かれたのだ。

 「私は営業くらいしかできないけれど、自分の今のリソースで自分のやりたいことに合わせて、できることをする。そう考え方を変えたら、少しずつ楽しくなってきたんです」。奈良市の本社に通いやすく自然が豊かな土地に拠点を持ち、仕事をしながら新しい活動ができないか。そう考え、「寿司づくりに使うわさび葉の生産地で知人もいる山添村にしよう」と決断。空き家を探し回ってシェアハウスとして住み始めた。

志歩さんたちが住むシェアハウスは、村内の立派な一軒家! 地域の人たちとホームパーティを開くことも多い。
志歩さんたちが住むシェアハウスは、村内の立派な一軒家! 地域の人たちとホームパーティを開くことも多い。

 その頃、会社側にも再び転機がやってきた。2016年度の農林水産省の「近畿の食と農インバウンド優良表彰における近畿農政局長賞」などを受賞したことで、同省が公募している「農山漁村振興交付金」(農泊推進対策)を知ったのだ。しかし、締め切りはわずか約2週間後だった。「その頃、地域に住むおじいさんやおばあさんの日常が楽しくなったり、彼らの知恵が伝承されたらいいなと、農家民泊を企画したいと思っていました。中山間地域が生き残るには、あるものを活かして経済が回る仕組みをつくることが必要です。人と自然が調和している山添村の暮らしに価値を感じる人はいるはずだし、私は観光で産業をつくることならできるなと」。志歩さんはそのアイデアを、会社の新事業としてスタートすることに。営業の実績もあり、ミッションにも沿っていたことから、康之さんも承諾した。志歩さんは村に掛け合い、徹夜で資料をつくり、村と『梅守本店』などで構成される『やまと観光推進協議会』を発足させ、ギリギリでそれを提出。無事、2017年に採択された。

志歩さんと志歩さんの働き方を応援する山添村のみなさん。気にかけ合い、サポートもし合う大切な仲間。
志歩さんと志歩さんの働き方を応援する山添村のみなさん。気にかけ合い、サポートもし合う大切な仲間。

 こうして協議会が、外国人観光客を迎える民泊プロジェクトを2018年からスタート。宿泊の受け入れ先探しでは、シェアメイト(同居人)であり村内でコミュニティナースとして活動する荏原優子さんが協力してくれた。現在、山添村を中心とした大和高原エリアで15軒ほどが受け入れている。

『やまと観光推進協議会』で受け入れている民泊の宿泊客と。「地域のみなさんのご協力があって成り立っています」。
『やまと観光推進協議会』で受け入れている民泊の宿泊客と。「地域のみなさんのご協力があって成り立っています」。

 また2019年より『梅守本店』でも、国内の大手旅行会社と協働して外国人観光客が村内で茶畑見学などをする日帰りツアーをスタートした。観光客は日本の田舎やお茶文化に関心が高くとても喜び、地域側でも「予想以上に楽しい」「収入にもなる」と大好評。2020年には16回も開催される予定だ。志歩さんは今、寿司事業の営業と観光事業を兼務し、民泊やツアーのアテンドも行っている。

『やまと観光推進協議会』で受け入れている民泊の宿泊客と。「地域のみなさんのご協力があって成り立っています」。
『やまと観光推進協議会』で受け入れている民泊の宿泊客と。「地域のみなさんのご協力があって成り立っています」。

 さらに『梅守本店』で進行中のプロジェクトが、村内で建設中の宿『ume.,』だ。客は村の環境に心身を委ねてのんびりしながら寿司や郷土料理などの食の体験ができ、村の人はふらっと立ち寄れる。志歩さんは単なる宿泊の場づくりではなく、会社のミッション同様、優しい世界を見つめている。「どんな人もそのままの状態で満たされ、自分の日常や人生を楽しいと感じられる場や、そういう価値観を醸成していきたいんです」。宿は10月にオープン予定だ。

宿の共用スペースの外観(建設中)。全面ガラス窓で、明るい空間に。
宿の共用スペースの外観(建設中)。全面ガラス窓で、明るい空間に。

 

photographs by Yuta Togo
text by Yoshino Kokubo

記事は雑誌ソトコト2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。